C'est la vie!

いんしゃーら

2011.12.15


99日目・いんしゃーら

キリスト教の街Koupélaではあまり聞かないが、
イスラム教圏の国々では、アラビア語の「いんしゃーら(神の御心のままに)」って言葉がときどき会話に挟まる。

これを聞くと大概の日本人はがっかりすると言うのだが、それは…

例えば、何か約束したときに「いんしゃーら」と返ってくると、まぁ約束は守られないとか、
ぐったりしてる子どもがいて親に大丈夫か尋ねたときも「いんしゃーら」と片づけられて、医者に行かないとか、
厄介なことは大体「いんしゃーら」ってされるのが原因。

神様もそんな神任せにされても困るだろうに。

でも、
今日クリスチャンの友人らに、「いんしゃーらってどうよ?」と興味深い答えが返ってきた。

「いんしゃーらで何でもOKなのはまずいだろう。
だってそのせいで偉大な神のおぼしめしって飛行機でビルに突っ込んじゃうんだよ。
あれは尋常じゃない!」って。

確かに。自分の言いたかったスケールとは全然違ったけど、
彼らの言い分だと、なおさら「いんしゃーら」はよろしくないもののようだ。

「日本人もカミカゼとかって、若い兵士が帰ってこないつもりで酒をあおってから、
アメリカの船に突っ込んでいったろう?あれもいんしゃーらと一緒じゃないか、おそろしい」

良くご存知で(Burkinaでも歴史でWWⅡ・太平洋戦争のことは学ぶらしい)。
でも、それは今の日本ではないと釘をさしておく。
なんかここまでくると、彼らの認識ではいんしゃーらはただの危険思想とされているかのように思えてくる。

彼らの話から、
Burkinaの人が「いんしゃーら」で、日常的に、直接的に、イラっとしてる様子は無いのだろうなと思ったけれど、
逆にこんなに宗教観が寛容なBurkinaでも、いんしゃーらはヤバい、とクリスチャンが話してるんだから、
そりゃ馴染みの無い他の宗教がマジョリティの国に行くと、なおさらなんだろうなと思った。
そして、こういうのはあんまり煽るのも良くないし、これからはいんしゃーらでムッとすることがあっても、
クリスチャンの友人にはあんまり言わないでおこうと思った。
それに「一方聞いて沙汰するな」じゃないけど、
ムスリムの人にもちゃんと話を聞かないで、クリスチャンの人とだけどうこう議論するのもおかしな話だし。

まぁでも現地の人に宗教観について聞くのは興味深いのだけれど、
あんまり深く立ち入ってもいけない気がするので、ほどほどにを心がけなければ…
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by nao24d | 2011-12-15 22:00 | 宗教・文化・習慣