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ふと思ったこと(あくまでも個人的な意見)。

2012.11.14


433日目・ふと思ったこと(あくまでも個人的な意見)。

来年開催されるTICAD V。
それに向けて日本の学生も様々なアクションを起こしているらしく、
そのひとつにTicadv学生プロジェクトというのがあって、
それに所属する学生さんたちが今Burkinaの首都で事前会合などに参加しているそうだ。
Facebookページはコチラ

その中で最近は毎日Burkinaでの活動の様子がレポートされているのだが、
今日は読んでいて少しスッと入ってこない箇所があったので、
それについて書いてみたいと思う、ただしこれはあくまでも個人的な意見であることをお断りしておく。

以下抜粋

衛生環境に関して言うとまず水は薄茶色です。ここいらで手にはいる一番きれいな水なんだろうけど、ミネラルウォーターを近くのガソリンスタンドで買って凌いでいます。アフリカで安定のファンタ、コーラ、スプライトは手に入ります。食事に関しては新鮮なバナナ、グアバ、トマトなどが手に入り、同じホテルに泊まっているJICA関係者の方に安全な食べ方を教えてもらっておいしいご飯を楽しんでいます。レストランは現地のローカルなアチェケやアリコを筆頭に、アフリカらしくチキンがメインです。キャッサバからできたヤムっていう餅に似た食べ物と、肉のシチューは絶品でした。でも水が飲めなくて日本人メンバー一同苦しいを思いをして、かえってから速攻ミネラルウォーターを飲んだ、みたいなこともありました。

以上

この文章をほとんどBurkina Fasoを知らない人が読めば、
どんな感想を持つのだろうか?

場所によりけりだとは思うけれどこの国の水道水は全く飲めないレベルではないと思う。
実際水の専門家が飲めると言っている地域もある。
水が茶色いのは主に停電後で、しばらく出していればほとんど透明になる気がする。
そしてペットボトルでなくても私がリサイクルに使っている袋水なら割とどこでも買える。
きっとそのレストランにもあったはず。
少なくともお金を持っている私たちにとってBurkinaは水が簡単に手に入らないところではないことは、
私のBlogの読者にはお伝えしておきたい。

もちろん病気にならずにここでのスケジュールをこなして帰るのは素晴らしいことだと思うけれど、
もっといろいろ体験したり、試してみたりしても良いのではないかと感じてしまう。
せっかくアフリカまで来たんだから、会議に参加するだけでなく、
現地の人そのままの食べ方で食べたり飲んだり、それももっと格安のその辺の食堂で。
学生ならきっと体力だってあるんだから。

そうしてみたら、わかることがもっとあると思う。

もちろん、彼らが今回感じた違和感が原体験になり、
その状況を改善するためにこれから活動していかれる可能性もあるわけで、
無理にこっちの生活を体験する必要は無い渡航なのかもしれないけれど…

ほとんどの読者が私を知る人、とくに最近は身近な人ぐらいにしか読まれていないこのBlogと違って、
500人近くの人が「いいね!」を押しそのレポートを読んでいる状況を見ると、
Burkinaの過酷さや貧しさが強調されるようにも取れるその感想に、
なんだかなぁ、というモヤッっとしたものを感じた。

私が見ている、感じているBurkinaとのズレがそうさせるのだろうか?

とにかく、ここにはたくさん住んでる人がいて、
その人たちはその環境の中でもへっちゃらで暮らしてる、

そういうところも見て帰ってもらえたら良いのになぁ、と
同じ学生の一人として思った、最後の新月の夜…
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by nao24d | 2012-11-16 08:15

SIAO 5日目

2012.10.30


418日目・SIAO 5日目(たまにはリアルタイム更新)

~今日の流れ~
連日の疲れか朝は少し寝坊して、
行きたかった歯医者に行けなかった。

気を取り直して10時ごろ会場に着く。
昨日今日の感覚から、平日の朝は客足が少ないと見て良いようだ。

昨晩焼き直したJICAボランティアの活動紹介DVDは、
今日も会場のデッキで観ると字幕が切れてしまう。
PCで観れば問題無いのにどういう理由からなのだろう?
ちょっとこの件は保留。

お昼はラスマネさん(日本食レストラン「東京ですか?」のシェフ)の唐揚げ定食を食べたのだが、
その後はものすごい眠気に見舞われ、
ブースの後方で2時間ほど気を失っていた。

起きてからは飲料水パックを切り開く作業×80袋ほど。
それが終わるとさらに回収する作業。
会場内にポイ捨てされている飲料水を約150袋ほど集めて帰って来た。
そこからはまたそれを切り開き、
途中で期間中2回目のラジオのインタビューを受けたりしながら、
20時頃まで作業してからブースを閉めてパビリオンを出てきた。

ドミに戻ったあと持って帰ったそれらの袋を午前1時過ぎまでかけて手洗いした。

今日の売り上げはトータル2万フランほど。
もう売れるものが無いので結構限界に近い状態。

しかし、袋を集め、それをまた仕立て屋のVincentがトートバッグにしていく作業で、
今日は7つを完成させることができた。
またこの作業は人々の注目をかなり集めるので、
このリサイクルの取り組みを周知させる意味では大きな効果があると感じている。

売ること、販路を増やすこと、これは序盤でかなり達成できたと思うので、
ここから最後の週末までは、時間的な余裕もあるので、
リサイクルであったりポイ捨てに対しての啓発の意味を込めたアピールが出来ればいいと思う。


~気になったこと①~
Benin人のお客さんがSIAOのPagne(布)で作ったトートバッグをおととい発注して下さり、
今日はその受け取りの日になっていた。
15時頃一度ブースを訪れて下さった際まだ完成しておらず、
仕立て屋のVincentは「17時に来て下さい」と言った。
相手は「19時に来るからそれまでに仕上げてくれ」と言ったのだが、
Vincentは「いいえ、17時で構わないです」と言い張った。

結局17時10分にお客さんが来て下さったのだが、
そのときにはまだ完成しておらず、
お客さんはまた明日来る、と言って去って行った。

Burkinaではこういう風にいついつまでに出来る、と言って結局出来ない、
というパターンが仕立て屋でも、家具屋でも、電気会社でも、役所でも非常に多い。
今回の場合、お客さんの方から余裕のある時間を設定してくれたわけで、
なぜそれに従わないのか理解不能だった。

私はVincentに言った。
日本が発展してる、Burkinaは貧しい、とよくBurkinabéは言うけれど、
それはこういうところに起因するのではないのだろうか?と。

日本ではお客さんとの間で、期日を守るというのは、絶対に外せない要素。
だから全力で納期に間に合わせる。
そして、アクシデントも想定して、余裕のある期日を予め設定するし、
出来ないなら出来ないとはっきり言う。

こっちは大口叩くと言うか、アクシデントを想定しないで約束をし、
出来なかったことすらÇa va aller.(なんとかなる)で済ませてしまう。

それではこの先、せっかく獲得した販路をふいにしてしまう。

停電だって多いBurkina。
それに彼は8月上旬にバイクで転んだこともあり、
SIAOに向けても数百個作る予定だったトートバッグが結局50個も作れなかった現実がある。
何でもかんでも安易に請負ってはいけないことを誰よりわかっているべきなのに…

そんなこんなでちょっと言い合いになってしまったけれど、
最終的にはラスマネさんのカツ丼を2人で食べ、
「明日も水パック集めて来るからお仕事頑張ってね」
「明日も縫製頑張るからパック集めよろしくね」
と言い合って今日を終えた。
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<カツ丼を食べるVincent >

ここ(Burkina)で仕事をするだけならば、
私たちの感覚に合わせる必要は無いのかもしれない。
でも、それに合わせる合わせないの前に、そういう信頼関係の築き方があることを知っておくのは、
きっと彼や任地の人々にプラスになると信じている。
その上で最終的にどうするかは彼自身が決めれば良い。

だから、向こうが不機嫌になろうが私は思ったことを言うし、
今までやってきたことを考えれば少し険悪になっても、
それで崩れてしまう関係でもないとも思っている。
それにこうやって、共に歩んでいけるのも、もう残り少ない期間しかない。
この時間を大切に、どんどんぶつかりながら磨き上げたものを日本に届けられれば最高なのだが…


~気になったこと②~
SIAOの会場では毎日
「おい、中国人」
とよく声をかけられる。

今回のSIAOは日本が特別招待国。
直接の投資では無いにしろ、間接的に日本の資金で建てられたパビリオンもあり、
テレビでも連日日本が取り上げられているのにも関わらず、
それでもまだ「中国人」と言われるのは少しがっくりくるところがある。

とくに、ソーラン節の衣装でいるのにそう言われると、
ほとんどイラっとしてしまう。

今日も帰り道、会場から出てタクシーを探している道すがら、
物売りの男たちがいつもと同じように「おい、中国人」声をかけてきた。
私は「私たちは日本人です」と大声で叫びながら道を進んだ。

そうすると1人、わざと何度も「中国人、中国人」と言って、
おもしろがる輩が現れた。
これには正直ムカっときて、名札に書かれたJaponの文字を見せ全力で否定した。

周りのBurkinabéの1人が本当に申し訳なさそうにして、
ふざける男を止めてくれたが、
最大の援助国とも言われる日本をそうやって侮辱するのはどうなんだろう?
という想いがこみ上げ、しばらくおさまらなかった。

でも、あとになって考えてみると、
その援助も彼には直接届いて無いのかもしれないし、
だとしたら、別に日本人に対して感謝の気持ちも無いだろうし、
彼自身が中国に悪い印象を持っていなかったら、私たちが怒る理由もわからないだろう。

私は今の日中関係を見ていて、中国に好意的な印象を抱けないし、
だからあんな風に怒ってしまうのかもしれない。
でも別に直接何かされたわけでもないのに嫌うという行為はおかしいような気もする。
そして国際協力してるぞーって偉そうな面をしながら調子に乗ってる日本人を、
ちょっと冷やかしてやりたかったのかもしれない。

彼は傲慢になりかかった私に、そんなメッセージを発していたのだろうか?

もちろん、そこまで深く考えず、ただおもしろがってただけかもしれないけれど、
なんだか自分が試されているような感じで、とてもモヤモヤした気分になっている。
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by nao24d | 2012-10-31 12:17

国際工芸見本市に向けて6

2012.10.21


409日目・国際工芸見本市に向けて6

今日はソーラン節の練習のあと、
午後から会場設営の準備を手伝った。

指揮を執って下さる隊員のY氏は、
午前中からいろいろ作業して下さっていたようで、
遅れて参加することになり非常に申しわけなかったが、
最後にほんの少しだけ木材を切らせてもらった。
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<全然切れて無いけど血管だけそれっぽい図>(Y氏撮影)
ちなみにこのBurkinaのノコギリ、
押したときに切れるタイプで、
うまく体重をかけられず、さらに全然切れ味よくないし、木材も超硬くて…
というか、切れなかったのは、単に非力なだけか…

ちなみに一緒にお手伝いに参加してくれたM氏は、
日本では建築専攻だったらしく、意気揚々と建築学科卒の維持見せるから!と、
警備員のBurkinabéにも熱く語っていたが、
「木を切るのは建築の人の仕事じゃないよ」と苦笑いでつっこまれていた。

そう言えばBurkinaじゃ、
建築は泥と家畜の糞と藁を混ぜたバンコと呼ばれる材料で行われるか、
最近はセメントブロックを積み上げたタイプばかりで、木造のものはまず無い。

考えてみればわかるんだけれども、
自分たちの当たり前が通用しないって感覚が久しぶりな気がして、
2年4カ月経ってもまだまだ出てくるなぁ文化の違い、と思った瞬間だった。

つづく…
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by nao24d | 2012-10-21 23:00

New和が家

2012.08.26


354日目・New和が家

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<新しい和が家にて>
飯田さん家にカウンターが出来ていて、
いつの間にか会員制の居酒屋?になっていた。

モデルは小林薫の深夜食堂らしい。

それにしても、
思い浮かんだことをパッと実現できるフットワークの軽さ、
恐るべし、Mr.BURKINA FASO.
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<自家製ソースが決め手!>
お好み焼き、アフリカカレー、ごちそうさまでした!
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by nao24d | 2012-08-26 23:00

火起こしの哲学

2012.02.08


154日目・火起こしの哲学

人付き合いって難しいけど、
その中で共同作業していくのってもっと難しい。

「いい加減大人でしょ?」と言われても、意見が食い違うとついカッカしてしまったり、
最近気付いたけど、自分はとことん面倒だ、ってとこまで行くと、何でも放棄してしまう。

それは大人・社会人がすることじゃないわけで、
そこから抜け出せない限り、学生気分・サークル気分と言われても仕方なく、
また、背負っている責任の大きさも理解できていないと、苦言を呈されることも。
まだ言って頂けるならありがたいのだが…

えぇーいっ!何でも一人でやってしまえ!自分の思い通りに!
と独りよがりなことを思うときもやっぱりある。

でもでも、
むかーし、燃えさかる火を見て、あぁ、なんとなく人と人の関係っぽいなぁって思ったことがあった。

1本の薪でつく火と、2本の薪でつく火を比べると、
2本の方は1本+1本分の炎より、大きな炎にすることが出来る。
人だって同じで、1人の力と1人の力が合わさると、うまく行けばそれ以上の力になることがある。
そう、昔そんなことを確かに考えていたのだ。

ただ、薪で火を起こすには、空気の通り道が必要で、あまりに薪同士の間隔が狭いと火は消えてしまう。
間隔を広げ過ぎてもまた然り。
人もあまりに親しくなって距離が近づきすぎると逆にうっとうしくなったり、干渉が過ぎると関係に亀裂が生じたりする。
けれど、いつまでも避け合っていては相乗効果は期待できない。
共同作業に行き詰まるのはきっとこのせい。

上手に火をつけるにも、人付き合いにも、距離感が肝心。
なぁなぁにならず、干渉し過ぎないで、信じて見守る距離感、
人付き合いに関して、それを信頼感と言うこともできるのかもしれない。

自分がいて、相手がいて、それで一番うまくいく距離を見つけることが出来るようになったら、
自分の存在にもっと大きな意味を見出すことができるはず。

2006年秋の気づきから。
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<焚き火>
いつか、人付き合いなんてシンプルなもんだ、って言えるようになると良いな。
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by nao24d | 2012-02-08 23:00

Harmattan(ハルマッタン)

2012.02.06


152日目・Harmattan(ハルマッタン)

Harmattan(ハルマッタン):
西アフリカのギニア湾岸地方に吹く局地風。
東ないし北東寄りの風で、11月から2月までの乾季に多く現れる。
その範囲はマデイラ島よおり黄金海岸の地方にまで及ぶが、
内陸のサハラ砂漠のほうから吹いてくるために非常に乾燥しており風塵を伴うことが多い。
成因的にはアフリカ大陸上の亜熱帯高圧帯の南縁に吹く北東風であり貿易風の一種である。
(出典:ブリタニカ国際大百科事典)

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<霧じゃなくって砂で霞む道>
今日は今まで1年7ヵ月を超える任期で一番のハルマッタンが吹いた気がする。
昨日洗濯しておいたのは我ながらファインプレーだった。

我が家は窓ガラスもあって、他の隊員の家に比べ相当家の中に砂が入る量が少ないはずだが、
今日は昼には玄関付近が砂だらけになっていた。
うちの警備員も思わずマスクをくれないかと言ってきたほど。

そして、ここ数日徐々に気温が上がっていよいよ一番熱い季節がやってきたと思っていたのに、
今日は太陽の光が遮られた分かなり気温が低かった。
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<晴れているのに霞む太陽>

のどとか鼻が弱い自分にはほんと勘弁してもらいたいHarmattan。
今日はモハメッド生誕祭の振替休日で家で過ごせたから良かったけれど、
早くおさまってもらわないと明日からの仕事が辛い。

ただ、これを体験したら、STOP温暖化、STOP砂漠化、みんな真剣に考えられると思う。
先進国の皆さんには一度くらい味わってもらうのも良いかも知れない。

止んだらまずは掃除、大変だろうなぁ…
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by nao24d | 2012-02-07 06:06

Au Burkina Faso -Septembre-

2011.09.30


23日目・Au Burkina Faso -Septembre-(ブルキナファソにて-9月-)

9月に撮った写真のうち200枚を選んでfacebookにUPしました。
↓↓リンクはこちら↓↓
facebookのアルバムへ…
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by nao24d | 2011-09-30 23:00

8月31日病

2011.08.31


一時退避132日目・8月31日病

毎年8月の終わりってのはどうも焦ってる。
今年は再赴任と受験に向けてあたふた。
今どき夏休みは31日までじゃないみたいだけど、
しみ付いた8月の怠け癖はそう簡単に治らない。

そんな中、出国準備と託けて、念願のマクロレンズを購入。
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<新しい相棒:Carl Zeiss Makro-Planar T* 2/100mm ZF.2>

約15万の代物だが、存分にアフリカを切り取ってこようと思う。
ちなみに、今どき珍しいマニュアルフォーカス。

高まる~。
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by nao24d | 2011-08-31 23:00

見送り

2011.06.13


一時退避53日目・見送り

駒ケ根で一緒にフランス語を勉強したC姉さんがガボンへ旅立たれた。
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<大阪空港にて>

彼女は元々ニジェールの隊員だったが、
アルカイダが原因でニジェールの協力隊撤退が決定し、
我々ブルキナ隊員よりも少し早く退避していた。
退避の決め手になったと見られるアルカイダによるフランス人2名の殺害事件に関して

我々ブルキナ隊と違って彼女らは最初から再赴任が不可能なのもわかっていた為、
荷物をまとめることも含め、最初からそういう心づもりで様々な準備ができたようだ。

ただし、その帰国オペレーションに関しては職場の方へも口外禁止で、
それは相当心苦しかっただろう。

ニジェール隊の面々は、
その後日本で意思確認が行われ、
任国振り替えを希望するか、そのまま任期短縮の道を選ぶかが迫られた。

同期では2名が任期短縮を希望したと聞くが、
残りはガボン以外にもモロッコ、セネガル、ジブチ、ケニア、ソロモン、フィジーなど、
様々な国に振り替えられたという。

再赴任までは3ヵ月程度かかった。

残りの任期はほぼ1年、
新天地での活躍を祈っている。

いってらっしゃい!
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<まさに今、Take off!!して飛び発ったところ(空中の光の線がC姉さんの乗った飛行機)>


一方でブルキナ隊は、
6月8日、意思確認のメールが届き、
そこで帰任の可否が任地ごとに発表された。

自分の任地は帰任の可能性を残していたが、
全員で戻れると信じて情勢を見守っていただけに、これはかなりショックだった。

33名が戻れる可能性を残し、44名が帰任不可。
22年度1次隊の9名と、任期延長されていた2名の隊員も任期終了となった。
(同期は25名中・10人が帰任不可)

私は戻れることを信じ、
このまま待機継続を申請することにしたが、
期限の20日まで悩む隊員も多いと思う。

遺してきた荷物、果たせなかった約束、
いろんなものが一気にこみ上げている隊員も多い。
そして、これからまた振り替えの作業が行われるということは、
退避期間が長期化することも確実で、活動への焦りもあるだろう。

私たち33名の方も、戻れる可能性が残っているだけで、
帰任日程の目処が立つどころか、戻れると決定したわけでもなく、
まだまだ宙ぶらりんの状態が続く(最長8月末まで)。

あんなに平和で安全だったブルキナが、
まさかこんなことになるとは…

みんなとブルキナで再会できないのは、本当に辛い。

次の道が決まるまで、
日本で会えるだけブルキナ隊員に会っておきたくなった。
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by nao24d | 2011-06-13 23:00

地震の影響で…

2011.04.30


一時退避9日目・地震の影響で…

地震の影響でたばこの生産が止まってるのか、
流通が止まってるのか、

関西では水の買い占めは無いけども、
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国産のたばこが品切れ状態(黄色くなってるところが品切れ)。

経済が回らないのはよろしくないけれども、
非喫煙者としては、これは歓迎すべき事態だったりもする。


「節電節電!」と、
関東ではネオンの電気がだいぶカットされてたし、
エレベーターも2台のうち1台の運行なんてのもあったのだけれど、

チームマイナス6%なんてスローガンで、
環境省がやってたキャンペーン、
あれ全然達成できそうも無かったけど、
今ならこの調子でいけば結構良い線行く気がする。


切羽詰まった時に、
大事なものが見えてくるというか、なんというか…
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by nao24d | 2011-04-30 10:00