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カテゴリ:ニュース・出来事・事件( 9 )

ひどく寒いぞ 2・26

2012.02.20


166日目・ひどく寒いぞ 2・26

2月26日と聞くと私の頭に浮かんでくるのが1936年の2・26事件。
タイトルはその語呂合わせ。
ちなみにBurkinaの2・26は恐ろしく暑い。

その2月26日に、今年はSénégal大統領選が行われる。

さてさて、現職のWade(ワッド)大統領が3選を目指し立候補した、そのSénégal大統領選。
アフリカ諸国やフランスでも連日大きなニュースとして扱われている。
Sénégalの憲法では3期連続で大統領の座につくことは禁じられているが、
そう決まったのが1期目の途中であったことから、
「1期目に関してはノーカウント」という反則技?で憲法評議会が立候補を認めたらしい。

対して野党側からは、
米グラミー賞を受賞した国民的歌手Youssou N'Dour(ユッスー・ンドゥール)氏が立候補を表明したが、
憲法評議会はこれを認めないとの決定を下した。
理由は提出された1万2千人分の支持者の署名のうち4千人分の確認ができないという
なんとも政治的な力の働きが臭う内容。

以降、市民の激しい抗議デモが相次ぎ、治安部隊との衝突でこれまでに市民ら6人が死亡したという。

26日の選挙ではほぼ間違いなくWade大統領の勝利宣言が流れると見られ、
まだ記憶に新しいCôte d'Ivoireでの大統領選・内戦の件を思うと、
Sénégalでもさらなる混乱に発展しかねないと考えるのはごく自然な流れだろう。
アラブの春の影響も否めない。

Wade大統領は85歳。一説によると90歳を超えているとの噂もある。
今ここで退けば西アフリカのNelson Mandela(ネルソン・マンデラ)にもなれるという声もあったが、
なぜ彼は立候補することを選んだのだろうか。

ある人が言うには、大統領でなくなってしまった瞬間、彼は犯罪者として牢屋入りすることが確実で、
そのためなんとしても大統領で居続けなくてはならないとのこと。
Sénégalは、Côte d'Ivoireと並んで、西アフリカのフランス語圏諸国をリードする国だが、
その発展の陰には賄賂が山積みされていて、政権が代わればそれが明るみに出されてしまうのだそう。

Burkina Fasoも長期独裁と言われ、おそらくそうした闇の部分を同じように抱えていると思われるが、
ここでそれがまだ大きな問題にならないのは、
この国の民主主義がまだうわべのもので、強い権力によって闇はうまく隠ぺいされているから。
Sénégalではさらに民主主義が進み、どうしてもそれが市民の目に映ってしまうのだそうだ。
(Burkinaでもゴシップ記事を扱った雑誌があるにはあり、Burkinabéもそれが大好きだが、
あまり大統領や政権に批判的な記事を出すと、その記者が暗殺されてしまうような事件も実際にあった)

さらに、Dakarの街の人口増加に電力供給が対応できていないことなど、
市民の不満の矛先が現政権に向かってしまうことが多く、イメージ・評価が「悪の独裁者」に固まりつつあるのが現状。

息子に政権を委ねようとしていたこともあるそうだが、
その息子は議員選に敗れてしまったらしく、
その当時には既にWade大統領の民衆からの評価はかなり落ちていたことが伺える。

以上のように彼を取り巻く状況は厳しく、
大統領という権力を笠に着ない限り、彼はもう彼でいられないのだろうと思う。
発展に貢献した人物でもあるだけに、かなり皮肉な現実だと思うが、一方でそれにはかなり自業自得な面もあるわけで…

彼が長生きし過ぎてしまったことが、彼やSénégalの最大の不幸だと言う声が聞かれるが、
その意見が本当に的を得ているような気がする。

果たして26日の大統領選後、Sénégal、そして西アフリカはどんな未来を辿るのだろうか。
同じく3選を禁じられながらも、2015年の大統領選の立候補がささやかれるBlaise Compaoré(ブレーズ・コンパオレ)を大統領とするBurkina Fasoにとっても、このSénégalの大統領選は人ごとではない。

語呂合わせするなら、ブレイズ(2012)の未来占う2・26といったところだろうか。

とにかく協力隊員も多数いるSénégal。その安定を願ってやまない。
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by nao24d | 2012-02-20 23:00 | ニュース・出来事・事件

CAN2012

2012.01.22


137日目・CAN2012

今アフリカはCAN2012に湧いている。
CANとはCup d’Afrique Nations(英Africa Nations Cup)のこと。

2年に1度、今年までは偶数年に開催されるCAF主催のサッカーの大会で(来年からは奇数年開催になる)、
今年はGabon(ガボン)とGuinée Équatoriale(赤道ギニア)での共同開催されている。

欧州リーグの有名クラブに所属する選手も、
シーズン後半を目前に控えた大事な時期であるにも関わらず、皆母国の為にアフリカに帰ってくるらしく、
それだけアフリカ人サッカー選手にとって権威のある大会らしい。

この大会に於いてのBurkina Fasoの成績は、
母国開催となった1998年のBurkina Faso大会でのベスト4進出が最高である。
当時は2002年のワールドカップ日韓大会で日本代表を率いたフィリップ・トルシエが、Burkina代表の監督を務めていた。

今年の代表は、
CAN2012のプレ大会にあたる、昨年のU-18アフリカネイションズカップで、
Burkinaが優勝したこともあり、その活躍が一層期待されている。

大会中継の時間帯になると、街のあらゆるテレビはサッカーのチャンネルに合わされる。
通勤ルートのテレビのあるカフェは、学校帰りの子どもたちの人だかりができている。
私の知らない昭和の日本の風景がここにひろがっているようで、
懐かしいのか何なのか、とにかく不思議な感覚だ。

私も今日はお隣のテレビで、我が家の警備員と観戦してきた。
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<観戦中>

同じ組にはAngola・Côte-d’Ivoire・Soudan。
上位2カ国が決勝トーナメントに進出できるが、
格上はCôte-d’Ivoireだけ、決勝トーナメント進出は堅いと言われていた。

しかし、今日早速出鼻をくじかれ、Angolaに負けを喫してしまった。

以下、完全に素人目線だが、観戦した感想を。

Burkinaは終始押していた印象があるが、ディフェンスがかなりもろかった。

特にFrance Ligue 1のOlympique Lyon(オリンピック・リヨン)で活躍するセンターバックのB.Koné・6(バカリ・コネ)が、
格下相手に余裕を見せたのか、ゴールエリア内でクリアできるボールを脚や膝でトラップした後、
曖昧にクリアしたのを拾われ先制点を許したり、
2点目もゴール前で簡単に抜かれたように見え、かなり期待外れだった。

しかも、審判の見てないところで、相手選手にグーを喰らわしていたのが、
カメラにバッチリ抜かれていて、印象も最悪だった。
彼は23歳、まだ若いから今後に期待したいところだが…

同じ23歳でもAJ Auxerre(A.Jオセール)のA.Traoré・10(アラン・トラオレ)は素晴らしかった。
ロングレンジからでも積極的にシュートを狙っていく姿勢は、
日本代表で言えば、かつての小笠原なんかを彷彿させる。
ゴールキーパーが釘付けだったFKは絶妙なゴールだった。

私と同い歳(25歳)のBurkinaの英雄、J.Pitroipa・11(ジョナタン・ピトロワパ)は、スピードスター。
左サイドをスルスルっと抜けて行く姿は、観ていて実に爽快なのだが、
フィジカルが弱く、簡単に倒されてしまうのが歯がゆかった。
こちらもFranceリーグ1部のStades Rennes(スタッド・レンヌ)の選手。

と、個人的に3人がかなり目立ったゲームだったが、
あとこれにOlympique Marseille(マルセイユ)のC.Kabore・18(シャルル・カボレ)あたりがキーマンらしい。

さてさて、次節はCôte-d’Ivoire戦。
A.Traoréの弟で、EnglandのChelsea(チェルシー)所属ののB.Traoré・19にも期待しているが、
果たして彼の出番はあるのだろうか…
関連記事:ブルキナファソ、チェルシーアカデミーの16歳を招集

しばらくは、Côte-d’Ivoireのユニフォーム着て外出するのは避けよう。
で、試合の日はBurkinaのユニフォームになるようにローテーションしよう。
帰国までに今回のBurkinaのユニフォーム(PUMA製)をどうにか入手して帰りたい。

日本で買えるんかな?

最後に、
ドイツのNGOがやってる手洗い促進キャンペーンで配られるノート。
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<ドイツのNGO WASH Unitedのノート>
この表紙を飾っているのはさっき挙げたJ.Pitroipa・11。
最初受け取ったときは全然知らなかったけど、やっぱり英雄を表紙にすればキャンペーンの効果も上がるのかな?
「飲料水、衛生、トイレ:3-0 下痢に対抗」
自分も活動がんばろ。
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by nao24d | 2012-01-22 23:00 | ニュース・出来事・事件

牛丼屋WAGAYA

2011.12.18


102日目・牛丼屋WAGAYA(追記アリ)

昨日首都Ouagadougouに牛丼屋WAGAYAが開店した。

「わがや」と言えばBurkinaFaso在住の日本人なら誰でも知るのが、
今年初頭の騒乱の影響を受け、惜しまれつつも閉店した居酒屋「和が家」。

そう、その「和が家」の店長・飯田さんが今回新たにオープンさせたのが、
この牛丼屋WAGAYAなのである。

「和が家」というネーミングに関して、
以前、「世界の秘境で大発見!日本食堂」という番組で、
オードリーの若林が「和が家」の漢字に関して間違ってるのかどっちなんですかね?
と発言しているが、これは断じて間違いではない(飯田さんはテレビ出演歴が多い)。

我が家のようにくつろげる場所でもある日本風居酒屋、
ということで、我が家をもじって、敢えて「和(=日本)」が家だったが、
WAGAYAというのは、実は、Burkina Fasoの首都Ouagadougou(ワガドゥグ)にもかかっていて、
Ouaga屋(家)とすることもできる、もうこれしかない!ってネーミングなのである
(と、店長の飯田さんも毎回Burkinabéに説明しているらしい)。

本当は昨日のオープンに駆けつけたかったのだが、
任地で祭りがあったこともあり、今日上京してきて早速お邪魔することにした。

昨日もいらしたそうなのだが、開店2日目の今日も日本からメディアが取材に訪れており、
店は多くの日本人と、飯田さんを知るBurkinabéで賑わっていた。
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<取材陣に囲まれるWAGAYA>
(中央左側白髪の男性が飯田さん・右端のチューリップハットの方がレポーターのスマイリーキクチさん)

今後メニューは増えるらしいが、とりあえず牛丼で勝負という飯田さん。
そろそろ発行される(らしい)隊員機関誌(※①)のインタビューを見て頂ければわかると思うが、
Burkinaで調理済みのものを温めて出すファーストフードの形態がどこまで通用するか、
というチャレンジでもある。

味はまだ未完成で、迷いもあるそうだが、
現地の方の味覚とも折り合いをつけながら、今後も改良していくそう。
隠し味は飯田さんの汗と涙らしい。

それにしてもこの店で驚きなのが、
看板娘のオリビアさん。
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<新生WAGAYAの顔・オリビア嬢>(奥の女性)
いらっしゃいませー、と通されたところまでは、仕込まれたんだなぁと思って見ていたが、
風通しが若干悪く、火を扱う為相当暑い店内で、ふと、「暑いねー」と日本語で話していたら、

「今度、後ろの壁、穴あけて窓付けるからー」とのレスポンス。

一緒に行った2人の隊員と共に、一同驚愕。

実は日本に8年ほど住んでいたという、Hyper日本語ペラペラLadyだった。

東京出身の隊員と「代官山とか、あっちの方よく行ってたりー」とか話してたけど、
日本じゃ京都以外に住んだことの無い私には、言うまでもないが正直どっちの方なのかちんぷんかんぷんだった。

そんなこんなで、隊員3人ともあっさりフランス語で話す事を放棄したという。

メディアの方もめちゃめちゃ頼りにしていて、場はまさにオリビアさまさまだった。

牛丼食べたくなったときはもちろんだけど、むしろオリビアさんに会いにWAGAYA!?
テイクアウトも出来るらしいけど、日本人には1度は必ずオリビアさんと話して欲しい、そんな新生WAGAYAだった。


というわけで、もしかして、もしかしたら、汗だくの姿がテレビ映ったかも(※②)。
Burkinaのハンカチ王子とは私の事です(自称)。アハ。



~追記(2012.01.30)~
※①:機関誌p.20~23参照ぶるるへのリンクはコチラ

※②:このときの取材が放映される時間が決定。
2012.02.23 TBS系列・スパモク「世界の果ての日本人・ここが私の理想郷」19時~
自分が映ったかもしれない箇所は全然重要じゃないのでカットされてる気がするけど、
珍しくBurkina Fasoが取り上げられる機会なので、是非(でももし、映ってたらそっと教えて下さい)!
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by nao24d | 2011-12-18 23:00 | ニュース・出来事・事件

11 Décembre

2011.12.11


95日目・11 Décembre(オーンズ・デサンブル:12月11日)

今日はBurkina Fasoの独立記念日、通称11 Décembre。
アフリカの年と言われる1960年に独立したので、今年でBurkina Fasoは51歳を迎えたわけだ。

本来ならKoudougouで大規模な式典が催される予定だったが、
今年は2月頃から相次いだデモの影響で中止になったので、任地Koupélaで過ごしている。

先ほど市長さんのおうちにお呼ばれし、任地の隊員らとごちそうを頂いてきた。
派手さは無かったが、やはりお祝いムードを実感。
Burkinaの国営TVでもBurkinaおめでとうソングが流れていて、やはり特別な日なのだなぁと思った。

ところで、
11日と言えばやはり3.11が思い浮かぶ。
あれから9カ月。
こちらは相変わらず暑いが、
もう東北は四季を一周し、また長い冬を迎えているわけで、
被災地は今どんな様子なのだろうと気にかかるところだ。

しかし、数日前同僚と、"11日"についての話をしていると、
9.11が世界的なことであるのに対し、3.11は『?』といった様子だった。
地震があったことは知っていても、その日付まではアフリカの人々には一般的でないようだ。
忘れられてしまわないように、語り継ぐ必要がありそう。

Burkinaでは11日と言えばむしろ、
隣国コートジボワールでバグボ前大統領が拘束された、4.11の方が印象的な11日であるようだ。
現大統領ワタラ氏はBurkinaと血統的な関係が深いこともあり(これがコートジボワールで長期にわたり問題になっていた)、
確かに当時、彼の勝利に湧くBurkinabéをたくさんみかけたものだった。

ちなみに日本の建国記念の日も2月11日と同じ11日シリーズの一角を担っており、
11日という日に、少しだけ縁を感じてしまう。

2月11日:建国記念の日(日本)
3月11日:東日本大震災(日本・2011年)
4月11日:バグボ氏拘束(コートジボワール)
9月11日:同時多発テロ(アメリカ・2001年)
11月11日:ポッキー&プリッツの日(日本・平成11年11月11日~)
12月11日・独立記念日(ブルキナファソ)

Bon anniversaire! Burkina Faso☆
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by nao24d | 2011-12-11 23:00 | ニュース・出来事・事件

Où est-ce que Qadhafi est?

2011.09.10


3日目・Où est-ce que Qadhafi est?(カダフィはどこ?)

出国の前日あたりからにわかに、
Libyaのカダフィ大佐が隣国Niger入りし、Burkinaを目指しているのでは?
というような憶測が飛び交っていたが、今日現在そういうことは無いようだし、
Burkina政府もカダフィの受け入れを拒否する声明を発表したようで、
何とかすぐには再び"退避"にはならなさそうだと思っている。

そんな国際情勢を気にしながらも、
着々と任地再配属へのカウントダウンは進んでいる訳で、
今日はそれに先立つ中間語学研修(9/12~16)の研修所を確認し、
ついでに毎日の送迎をしてくれるタクシーの運転手を探してきた。

そして、運よく気さくなドライバーが見つかった。
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<ドライバーOusseni氏>
時間厳守・時間厳守!とうるさく言うだけでは気を悪くするだろうと思い、
ジュースをごちそうするなど、ゆっくり世間話もして、人間関係も築いてきたつもりだ。

でも、ここでも話題の中心にカダフィさんが登場する。
来る前に全世界に2兆円超の資産があるだとか、
日本にも3千億オーバーの資産を保有しているなんて聞いた気がするが(ちょっと記憶は曖昧)、
Burkinaにも、
・BCBやBSICという銀行
・Libya Hôtel(リビアホテル)
・診療所
・ガソリンスタンド etc...
いくつもカダフィ所有の施設が置かれているという。
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<ドミ近くにもカダフィの銀行>

Burkinabéからすると、大変世話になった人物、ということだそうで、
そりゃ亡命先の候補にも挙がるわな、と納得せざるを得なかった。

カダフィさん、どこにいらっしゃるんだか??
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by nao24d | 2011-09-10 23:00 | ニュース・出来事・事件

Après cet accident...

2011.09.09


2日目・Après cet accident... (この事件の後…)

今日は再赴任オリエンテーションがあった。
その中の所長からのお話から…

今回の騒動で1番傷ついたのはBurkinabé(ブルキナベ=ブルキナファソ人)だということ。

事件の中に流れ弾に当たった子どもが亡くなってしまうというものがあった。
しかし、そのニュースは国内外でそこまで大きく取り上げられなかったという。

私たちはそれが揉み消されたのか?と思っていたが、
何かしらの圧力が働いた、というようなそういうきな臭いものではなく、
①政府の要職の辞令が相次ぎ、細々したニュースを取り上げられなかった;
②海外の特派員などの多くが国外退避を強いられ、報道に携わる人員が少なかった;
③自国の社会はこうした事態が起こる社会であるということをBurkinabéの多くが恥じていた
 =積極的に取り扱いたい話題では無かった.
などの理由からではないか?とのことだった。

この事件の後、Burkinaに残ったモノは、
"平和"と"安定"が強みだったBurkinaに対する国際社会からの"脆弱国家"という再評価。
これはBurkina史に残るであろう大きな問題だったようだ。

Burkinabéがまた平和と安定を誇れるように、
また世界からそれが認められるように、
この国の政治が、文化が、健全に発展していくことを願ってやまない。

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<マルシェでお手伝いする女の子たち>
街で出逢った見知らぬ日本人にも笑顔で挨拶してくれるBurkinabé、
以前にも増して温かい感じがして、
外を歩いてるだけで嬉しい気分になる。
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by nao24d | 2011-09-09 23:00 | ニュース・出来事・事件

Je suis arrivé au Burkina Faso.

2011.09.08


1日目・Je suis arrivé au Burkina Faso.(私はブルキナに到着しました)

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<ニジェール・ニアメ>
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<ブルキナファソ・ワガドゥグ>
ニジェール・ニアメ経由のフライト。
雨季のブルキナはニジェールより相当緑が多い印象だった。

16時40分入国。
空港でいきなり荷物が1つ届かないというアクシデントに見舞われる。
エールフランスのTシャツと歯ブラシなどのセットを貰う。
他の隊員から"良いなぁ"との声もあったが、
要はこれでしのげよってことだろう、にしてはしょぼい…
初っ端からやってくれるなぁ、ブルキナ。

街は一見そのまま、というか少し新しい建物もあるかな?という感じで、
去年の着任時のような新鮮さや違和感はなく、
あ、帰って来たんだな、とそこに見なれたブルキナの風景が残っていることに安心感を覚えた。
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<学校が長期休暇で平日から盛り上がるサッカーのグランド>

しかし、夜、隊員宿舎の近くのスーパーに行ってみると、
以前PCや時計・宝石などの並んでいた棚がすっからかんになっていのを発見する。
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<強奪を受けたショーケース>
やはり今回の騒乱の影響なのか?と店の人に尋ねてみると、
軍人たちがacheter(buy)ではなくprendre(take)していったとのこと。
発砲までされたらしい。
店の顔ぶれが同じだったことが幸いだが、
彼ら、彼女らも、こうした被害を受けたり、
それはそれは恐ろしい思いをしたのだろうと思うと、
驚きと、モヤッとしたのが混ざったような複雑な気分になった。
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by nao24d | 2011-09-08 23:00 | ニュース・出来事・事件

La vie du Burkina. Jour:282

2011.03.30


La vie du Burkina. Jour:282・クーデターか?

平和!これが自慢の任国Burkina Faso。
しかし、その根幹がもしかしたら揺らぎ始めているのかもしれない。

今日大使館から来た通知。

↓以下↓

在留邦人の皆様へ

ブルキナファソ各地で発生している,軍人による威嚇発砲・破壊行動に関し,28日のファダングルマ市での事件以降の経過につき,お知らせいたします。
邦人の皆様におかれましては,不要不急の外出は避けるとともに,外出時には安全に十分な注意を払ってください。なお,JICA関係者の皆様はJICA事務所からの指示に基づき行動願います。

Ⅰ.29日,ブルキナファソ南西部のガウア市において,ワガドゥグ市及びファダングルマ市で騒動を起こしている軍関係者への支援を表明するために,午後10時から翌午前5時頃まで軍人が威嚇発砲を行った。

Ⅱ.29日深夜から30日未明にかけて,首都ワガドゥグ市で軍の暴動があり,大使館事務所,大使公邸が所在するワガ2000地区内に居住するバリ治安担当大臣宅及びジェンデレ陸空軍幕僚長宅が襲撃されただけでなく,旧市街のコンパオレ・ワガドゥグ市長宅も襲撃され,同市長が負傷するなど,治安は悪化の一途を辿っており,軍規及び指揮系統が乱れ,政府がこれを制御することは困難な状況にある。

Ⅲ.30日午後2時15分より,コンパオレ大統領による国民に向けたメッセージが国営ラジオ・テレビ放送を通じて全国に発信された。内容は,軍規が遵守されず,未来世代の財産でもある公共施設や一般市民,司法当局が危険にさらされている状況を憂慮しつつ,国家の平和と民主主義を守り強化するために“組織化された陰謀(Complots organaise)”には断固たる措置をとる一方で,民主的解決策を見いだすべく,全当事者代表と話し合う用意があると述べた。
しかし,AU会議の場でインタビューに答えた際の文言とさしたる違いはなく,具体的な解決策は示されなかったため,当事者の不満は解消されなかったと推測され,今回の騒乱が短期間で収束する可能性は低いと思われる。その証左として,本声明が発表された直後,ブルキナファソ第2都市であるボボ・デュラッソ市において,軍人による同様の威嚇発砲事件が発生した。

↑以上↑


事の発端はFada N'Gourma(ファダングルマ)で軍人が女性に暴行して逮捕されたところかららしい。
まず軍がその軍人の解放を求めて司法関係の組織に威嚇行動に出た。
その後威嚇だけに収まらず、戦車が動いたり、裁判所にロケット弾が撃ち込まれたりで…

そしてさらに、FadaからTenkodogo(テンコドゴ)に威嚇デモが飛び火。

ということでFada - Tenko間にある私の任地Koupéla(クーペラ)でも
空砲を鳴らした軍用車がドンパチ言わせながら通過して行くという事態に(28日午後)。
あんなに間近で銃声を聞いたのは初めて。

おかげで29日は自宅待機だった。


女性を暴行した軍人の解放を求めに、
軍が"武力を行使した"というのを聞いて、
最初は"けしからん!"と思ったけれど、
大統領声明にある

"組織化された陰謀"

それがこの裏には確実にあるのだろうと思う。

この間の首都の軍人の威嚇行動もきっとその流れだろう。
ってことはクーデターの危機なのかも?

白人やアジア人がターゲットで無いにしろ、
穏やかでない…
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by nao24d | 2011-03-30 21:00 | ニュース・出来事・事件

La vie du Burkina. Jour:275

2011.03.23


La vie du Burkina. Jour:275・[緊急]首都Ouagadougouで軍人による抗議行動発生

3/23 10時30分発(=Burkina時刻)の緊急連絡

3/22夜22時頃から、
政府の対応に不満を持つ若い軍人の一団が
Ouagaの街を武器を使って威嚇しながら抗議行動を行うという事態が起きました。
23日現在も市の中心部では一部では銃声が聞かれる等、
状況は安定していません。
この情報を受け、Ouagaに滞在している隊員については自宅・ドミで待機措置をとっています。
地方滞在中の隊員については次の連絡があるまで都市間移動は禁止とします。
尚、同連絡は安否確認も兼ねているので確実な情報伝達をお願いします。


学生の次は、軍によるデモ。
武力行使はマズい。

首都にいた隊員の話では、ドミでも相当銃声が聞こえたらしい。
この間紹介したスーパーなども結構な被害があったらしい。

自宅に帰れなくて事務所からホテルを斡旋されたけど、
そこにすら移動できる状況じゃなかったとかいう隊員もいたらしい。

一応静まったらしいけど、
BurkinaもNigerみたいに退去!みたいになったら、本気で困る!
(Nigerは日本時間22日までに撤退となった)
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by nao24d | 2011-03-23 10:30 | ニュース・出来事・事件