C'est la vie!

カテゴリ:Japon( 30 )

夜歩き

2011.08.24


一時退避125日目・夜歩き

東京からの来客があって夕食を一緒に食べた。

その後、ちょっと夜の京都を散策しようと思ったのだが、
意外に終電が早くて、
東山から二条城前のホテルまで歩かせることに。

当然自分が伏見の実家まで帰るための電車も無く…

タクシーに乗ることも勿論考えたのだが、
もうすぐここを離れるんだなぁという思いから、
行けるところまで歩いてみることにした。

そしたら、すんなり家まで帰れた。
炎天下なら話は別だろうが意外に何ともない距離(1時間30分あれば余裕で着く)だった。

観光客で賑わう街も夜はひっそりしてて、
歴史の重みみたいなのは暗さの中でより引き立つ気がした。
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<世界遺産・西本願寺>

良いもの観た気がする。

Burkinaではそう言えば深夜徘徊できないんだった。
軍人が暴れてた時期以外は禁止ではなかったけど、
単に街灯少なくて暗いし、Burkinabé闇に紛れるし怖いから。

最近Burkinaのこと考える割合が確実に増えてきた。焦る。
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by nao24d | 2011-08-25 03:00 | Japon

再赴任のお知らせ

2011.08.18


一時退避119日目・再赴任のお知らせ

待機中のBurkina隊員は9月上旬に再赴任出来ることが決定しました。

成田空港から、
4日に首都隊員と残り任期の少ない隊員11名が出発し、
私を含む18名が7日に出発します。

フランス語のことを思うと胃が痛いし、
長く日本に居ることで間違いなく下がってしまったモチベーションのことを思うと不安は尽きませんが、
戻れない人の分まで、残りの任期、しっかり活動に取り組みたいと思います。

もう10ヵ月も無いけど、続きから出来ることはありがたいこと。
職場に異動などが無い事を祈るばかり…

Burkinaのみんな、元気にしてるかなー?
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<仲良しのオリビア>
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by nao24d | 2011-08-18 22:00 | Japon

南禅寺

2011.08.17


一時退避118日目・南禅寺

広島帰りの山形出身協力隊員が来たので今日も京都観光。
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<南禅寺・山門>
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<南禅寺・水道橋>

南禅寺は世界遺産では無いけれど、京都で一番好きな寺。
山門の上は涼しい風が吹いて、改めて秋の気配を感じた。
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by nao24d | 2011-08-17 23:00 | Japon

五山の送り火

2011.08.16


一時退避117日目・五山の送り火

物議を醸した五山の送り火。
詳しい経緯はこちら

京都バッシングが凄いけれど、
放射性物質云々の前に、
この行事は1年以上かけて入念に準備することで守られて来た京都の伝統だっただけに、
陸高の松が簡単にそこに割り込むことができなかったのだろうと思う。

でも保存会が一度受け入れると発言したのが問題だった。
最初から毅然とした態度で受け入れ拒否し続ければ良かったのではないかと思う。

たられば、言っても仕方がないけれど。
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<送り火:大文字>

そんなこんなで複雑な気分ではあったけれど、
大半の人はお構い無しな雰囲気で、
今シーズン最後であろう浴衣に身を包んだ大勢の観光客が場を賑わしていた。

私自身この五山の送り火に関して、今まではただのイベントって思っていた。

しかし、震災があって祖母も他界した今年は、
例年以上に感慨深く、そして本来の意味を噛み締めて観れた気がする。
みんなちゃんとかえって行ったかな?

そろそろ夏も終わりだ。
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<送り火:法>
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by nao24d | 2011-08-16 23:00 | Japon

Welcome to Kyoto!

2011.08.11


一時退避112日目・Welcome to Kyoto!

震災ボランティアで出逢った仲間が京都に。

伏見稲荷では
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<千本鳥居>
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<願いの詰まった鳥居の山>
ガッツリ山登って、

川床では、
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<まさかの川床>
京都の味を楽しみ、

夜の祇園界隈では
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<八坂の塔(法観寺)>
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<二寧坂>
ちょっとした冒険。

日本全国うろうろして最近思うけど、
京都ってすごい街やと思う。

街一帯が文化財。

もっと地元のこと知りたい。
日本文化ちゃんと知りたい。

ちゃんと勉強しときますさかいに、みなさん京都へお越しやすー!!
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by nao24d | 2011-08-11 23:00 | Japon

結婚式@佐賀

2011.08.06


一時退避107日目・結婚式@佐賀

服装散々迷った人生初の友人の結婚式。

自分が主役なら服装なんて迷わないのに、ってそんなこと言ってたけど、
良く考えてみたら、
あほみたいに目立つ格好しなければ、
正直脇役の自分がどんな格好しようが誰もみてないわけで…杞憂だった。

とにかく素晴らしい時間だった。
アットホームな感じで、職場結婚なこともあって、
いろーんなところからほんと祝福されてたのが羨ましかった。

個人的には、
生い立ちから今までのスライドショーの中に自分が入ってたのがすごく嬉しかった。
誰かの人生にこんな自分でも刻まれてるのだな、って妙に感慨深い気持ちになった。

大学の同期、同い歳の男性が結婚したのだけれど、
実はうちの学科では2番目のことで、今月末にはもうひとり結婚するらしい。
一緒にいた同期の仲間からは、
「早すぎないか?」という声もあったし、
彼のことに関しては特に「モテるだけになぜ今この時期に踏み切ったのか?」
なんてことも言われてたけれど、

奥さんからの押しもあったみたいで 笑
(あとで一緒に飲んだときに聞いた!)

あと、お母さんの涙が印象的だった。

自分が結婚式できるか自信はないけど、
例えば弟が結婚したら、うちの母もぼろぼろ泣くんだろうなって思った。
誕生日もそうだけど、結婚記念日も感謝の日だなぁと思う。
いろんな人に支えられて子どもって生きてる、生かされてる。
新郎と新婦だけでなく、家族と家族が結ばれる日、いろいろ考えさせられる日だった。

と、
ほんとに、ほんとに、微笑ましい披露宴で、

相手もおらんのに結婚したくなったなぁ。

幸せって伝染する気がする。
今日は自然に顔がほころんでしかたなかった。

お二人とも、末永くお幸せに!
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<手を取り合って…>

결혼식,어머님의 눈물이 인상적이었다.
내가 결혼할 수 있을지는 모르겠지만 만약해 남동생이 결혼하면 우리 어머니도 눈물이 흘리시겠다라고 생각했다.
생일도 그렇지만 결혼기념일도 감사의 날이구나.
여러 사람들의 더움을 받으면서 아기들은 살고 있다, 살 수 있게 돼고 있다.
가족과 가족의 날.
많은 것을 생각하는 날이었다...
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by nao24d | 2011-08-06 23:00 | Japon

夜空の下で

2011.08.03


一時退避104日目・夜空の下で

東北を18きっぷで南下し、新宿へ。
これから夜行バスで京都に。

その前に新宿駅西口前の屋台でラーメンを頂いた。
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<雑踏の中の屋台>

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<期待感煽る湯気>

外食するときBurkinaでは屋外で食べることが当たり前だった。
なんてことをふと思い出して、妙にしみじみした気分になった。

戻れるのだろうか?Burkina

また同期みんなで、星空の下、ワイワイ言いながらアフリカンな料理に喰らいつきたかったなぁ。
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by nao24d | 2011-08-03 23:00 | Japon

【YF3×NICCO】 現地災害ボランティアプログラム15期(7月24日~30日)レポート

2011.07.31


一時退避101日目・【YF3×NICCO】 現地災害ボランティアプログラム15期(7月24日~30日)レポート

私にとって3度目の被災地入り。
その1週間のまとめとなるレポート。
拙い文章ではあるが読者のみなさんにも共有したいと思う。

↓以下↓

【参加日程・活動内容】
Youth For 3.11と公益社団法人 日本国際民間協力会NICCOが提携した現地災害ボランティア。
私たちはこのプログラム第15期のメンバーとして、16名(+継続の2名)のチームで、一関を拠点に、気仙沼・大島・陸前高田で活動しました。
なお、15期は、

・ガレキ撤去班
・炊き出し班
・某劇団OGの方々のイベント補助班
・建設班

に分かれての作業となりました。

なお、私自身はイベント補助1日、ガレキ撤去1日、建設3日という順で作業にあたりました。
各作業の内容は以下に示します。

①イベント補助
某劇団OGの有志の方が実施される被災者に向けた公演の補助、具体的には音響装置のセッティング、操作、及び片づけをしました。3日連続・計7公演の、1日目2公演に携わり、この日は陸前高田市の病院とかつて避難所となっていたお寺が会場となっていました。

②ガレキ撤去
2日目のガレキ撤去班の活動は、陸前高田市での水路に溜まった泥・ヘドロの除去作業でした。また水路の先をガレキの山が塞いでいたので、本来の流れから逸れたところに別の水捌け口を作ろうと試みました。

③建設
NICCOの東北支援活動拠点となる事務所建設が進んでおり、その補助の仕事が活動3日目から追加され、3日目~最終日5日目までこの現場での作業にあたりました。すさきり(わらを適当な長さに切り分ける)・土壁の素材作り(泥をだまが無くなるように踏む)、及びそれらを混ぜて均質になるように練るという作業が2日続き、最終日はそれに加えて屋上緑化用の土作りとして、山から運んできた土に赤土を混ぜふるいにかける作業を行い、出来たものを屋上に運搬しました。
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<土壁の素材作り>

【心に残ったこと】
・つながり
自分が被災地の方と繋がりを持てると、被災地で起こったことの見方が変わってくるのを感じました。
どんどん知るに連れ、繋がるに連れ、それが別の世界で起こった出来事では無く、自分に近いところで起こった問題として感じられるようになりました。
活動の当初は、自分の無力さを感じることも多くありましたし、先の見えずらさに辛くなるときもありました。
でも、自分の中で「きっとあの人の笑顔に繋がるんだ」、と誰かの顔が見えるようになってからは、前向きな気持ちで取り組めたと思います。
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<陸前高田・希望の一本松>

・学生ができること?学生だからできること?
私が以前別のプログラムで訪れたときに比べ、現地のガレキの整理は進んでいるように感じました。ですが、ガレキもヘドロもまだまだ残っていて、この「100年分のごみ」を片づけるにはまだまだ重機も人の手も必要だと感じました。
しかし、事前研修で聞くまで知りませんでしたが、今回の震災に関わるボランティアの数は阪神大震災のそれよりも随分少ないそうです。
時間的にも体力的にも余裕のある学生が現地でマンパワーとなることは、復興の大きな追い風になると思います。
そして、被災地を見た私たちが先頭に立って、まだまだガレキは山積みなこと、そして支援の手はまだまだ必要だということ、これを継続的に発信しなければならないと思いました。最終日のリフレクションで話題になった、「利害関係に囚われていない学生からの呼び掛け」が持つ意味、力は大きいはずです。

・某劇団OGの方々から伺ったお話
公演の演目にAKB48のヘビーローテーションがあり、そのパフォーマンスに、当初反対意見を持っておられた方がいらっしゃいました。しかし、実際蓋を開ければ被災者の中にもこの曲を踊れる方がおられて、その方と一緒に踊ったことで会場は大盛況となり、おそらくこの日一番の盛り上がりを見せました。そのとき、某劇団OGなのに、どうしてそんな音楽をやるのか?と自分のやりたい曲を見せたい、自分が得意なものを見せたい、という想いが先行し、被災者がみたいもの、聴きたい曲を届けよう、という想いがなかったことに、ボランティアとして、歌手として、自分は了見が狭かったとおっしゃっている姿がとても印象的でした。私たちも、ともすればボランティアをしに来ている、何かを届けに来ている、そんな錯覚に陥りがちですが、復興の主役はやはり被災地の方々で、私たちはそれをお手伝いさせて頂いているのだということを忘れてはいけないと感じました。

・チームで動くこと
このプログラムではグループではなく、チームとして動くことが求められました。仲間とゴール(目標)と思いを共有し、活動にあたるということです。他の期に比べ男性の割合が高く、そして試験期間と重なった為か年齢層も少し高かったようですが、私たちも他の期に負けないチームワークを築けたのではないでしょうか。リピーターでもあったリーダーがみんなを良くまとめてくれましたし、叱ってくれる先輩、勢いのある高校生、学問的にも得意分野の異なるメンツが揃っていて、それぞれがそれぞれのカラーでチームに良い風を送っていたと思います。
毎晩のリフレクションではついつい時間を忘れて話込んでしまうこともありましたが、各々の主観がぶつかり合うその濃密な時間が、絆を深め、士気を高めてくれたと思います。これもこのプログラムの大きな特徴ではないかと思います。日常のコミュニケーションの中で、聴く、受け止めて考える、発信する、という作業をここまで大切にすることはなかなかありません。被災地では身体はもちろんのこと、心が疲れてしまうことがありますが、それをみんなで分かち合えたことが、一丸となって活動できた大きな要因だったと思います。
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<銭湯にて、15期男子>

・最後に
実質5日間の活動では、やっと感覚がつかめてきたというところで終わってしまった感があります。私たちはまだボランティアのスタートに立ったばかりだという声もありましたが、まさにその通りだと思います。あれが一週間の被災地ツアーになってしまわないように、このあとどう繋げていけるかが重要だと思います。
私を含め、簡単に答えの見つからない問題の前に、各々がモヤっとしたものを感じたと思います。それに対して悩み続けること、同じ想いを抱える仲間と共に考えること、そしてその気持ちを周りの人にも共有すること、これは今すぐに始められる事であり、また、継続していかなければならない事だと思います。
復興の狼煙を絶やさないようにと、すでに被災地へ戻ることを決めたメンバーもいます。私はしばらく被災地には戻れないかもしれませんが、自分の居場所でできる事を探します。

なにがなんでもみんなボランティアに行って下さい!とは思わないですが、行かない前向きな理由を考えるくらいなら、行って欲しいと思います。もしそれができないなら、関心を持ち続けること、忘れずにいることだけでもしてもらえればと。被災地のためにできることは日常の生活の中にもあるはずです。

西出直哉

↑以上↑

ちなみにこれは学生が参加できるボランティアだったが、
今秋大学院を受験するということで、参加させて頂いた経緯があり、
「学生」というワードが出てくるのはその為。

受かれば良いのだけれど…
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by nao24d | 2011-07-31 23:00 | Japon

天橋立

2011.07.18


一時退避88日目・天橋立

なでしこ優勝!

そして天橋立(人生初)
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<天橋立>

雨降ったし、帰り渋滞するし大変やったけど、
そんな弾丸ツアーもなかなかできるわけじゃないと思うので、
結果的に楽しかったかなぁと。

いや、おもしろかった。
いろいろおもしろかった。

1000km軽く超える運転してたドライバーのおふたり、
お疲れさまでした。

若干スピード狂なのが気になったけど、
さらなる道中お気をつけて!
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by nao24d | 2011-07-18 23:00 | Japon

天橋立へ

2011.07.17


一時退避87日目・天橋立へ

16時、協力隊の友人から1本の電話。
これから天橋立行かない?

18時半頃、合流。

で、さらに2時間くらいかけて宮津まで来た。
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<宮津の海>

私を誘った協力隊員の御一考は、
16日朝、宮城・松島
16日夜、東北六魂祭を仙台で楽しみ、
17日朝、祇園祭の山鉾巡行まで楽しんだらしい。

松島からの、、、天橋立らしいが、
宮島には行かないらしい。

一貫性あるのか無いのか??
まぁでも、協力隊員の行動力恐るべし。

テント泊、なでしこ決勝はワンセグ…

久しぶりの同期にも会えたことだし良しとしよう。
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<宮津市民と再会>
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by nao24d | 2011-07-17 23:00 | Japon