C'est la vie!

カテゴリ:Japon( 30 )

そうだ 『鈍行で』京都、行こう。③

2011.07.08


一時退避78日目・そうだ 『鈍行で』京都、行こう。③

一夜明けて快晴。
昨日と打って変わって蒸し暑い夏の旅。

鈍行で京都へ、3日目の記録。

08:34@浜松
浜松のネットカフェ、FREE SPEACE。かなり快適で今までで泊まったネットカフェの中で一番眠れた気がする。携帯、ウォークマン、デジカメ、どれもフル充電!浜松城見たら次は愛知へ向かう予定!

09:09@浜松
徳川家康のゆかりの地、浜松城。出世城とも言われるそうな。ここで、家康公の名言を。

人の一生は重荷を負うて
遠き道を行くが如し
急ぐべからず
不自由を常と思へば不足なし
心に望起らば
困窮したる時を思ひ出すべし
堪忍は無事長久の墓
忿りは敵と思へ
勝つことばかり知りて
負くることを知らざれば
害その身に至る
己を責めて人を責むるな
及ばざるは過ぎたるに勝れり


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<浜松城>
09:48@浜松
浜松城で社会見学の小学生らと出会う。語尾に『ら』がついて、しっかり訛ってる!西に来たんだなぁと実感。

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<浜松市役所>
10:00@浜松
浜松思ってたよりかなり栄えてる。いろいろあるみたいやけど一人やと迷う。ビルがデカい(京都は景観規制があるから低い)!市役所やらその周辺の通りの花壇が素敵♪

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<ポルトガル語可なのであろう携帯ショップ>
11:00@浜松
浜松はブラジル人多いんやっけ?そういえば中学校社会の地理的分野で習った気がする!領事館まであるんだねぇ!

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<車内広告:金麦の夏>
12:03@豊橋周辺
豊橋通過。鈍行の旅と言いつつ快速乗ったら、感動的な速度!車窓から見る豊橋は瓦の屋根が目につく。住宅が多いってだけでなく、ほんと屋根が瓦葺きになってる割合が高かった!まもなく岡崎!

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<岡崎駅のエスカレーター>
12:25@岡崎
エスカレーターで、お姉ちゃんたちがばらばらな位置に立ってた。左側で止まる文化圏から外れたのだろうか?

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<岡崎駅バス停>
12:36@岡崎
それにしても今日は天気良い♪名鉄バス、かなり涼しくて快適☆

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<龍城神社と岡崎城>
13:18@岡崎
in岡崎城。浜松城に続いて、家康の生涯を辿ってるみたいだが、日本史履修してないから、さっぱりその重要度が分からず…。教養の無さを痛感。

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<ホトトギスのポーズ、ひとり命になってるけど…>
14:28@岡崎
岡崎城は頑張ってるなぁ。イケメン武将隊のおもてなしを受ける。まるっきり興味無かったのに家康公自らピンポイントに悩み相談をして下さって、その模様がyoutubeにupされるとか…急に悩みって言われても、ちょうど良い軽さの悩みって出てきませんなー。

14:31@岡崎
岡崎の家康公はとにかく『堪忍じゃ』とおっしゃっていた。浜松でも家康公の名言に触れたが、そこにも堪忍のワードがあったし、これで堪忍=家康、家康=堪忍のイメージが完全に固まった。武将の皆さん、暑い中お疲れさまです。郷土愛感じたー!

14:40@岡崎
愛・地球博跡地のさつきとめいの家は予約が要るようなので、今回は諦めて名古屋に向かうことに。さっき今日の宿に関して、家康公から岡崎の民は優しいからDoor to doorで1件ずつ探せば誰かしら泊めてくれるはず、とアドバイスを頂いたが、先に進ませていただこう。かたじけない!!

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<中京工業地帯あるある>
15:00@岡崎
下り坂で前に並んだ車見たら、トヨタ、トヨタ、トヨタ、ダイハツって光景。バスはさすがに三菱ですが、愛知県恐るべし。

18:13@名古屋
in山本屋本店。味噌煮込みうどん待ち♪名古屋駅はすごい人やけど、駅以西は人おらん…東側が栄えてるんかな?そういえばSKE48が栄に?栄てどこや?また今日も携帯の充電が切れそう。

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<味噌煮込みうどん>
18:25@名古屋
味噌煮込みうどんって、うどんじゃなくて、味噌煮込みなんだな。関西人のうどんの感覚とは違う!麺ツルツルしてないし、固い。名古屋は名物料理が多くて、制覇するには手強い街だ。

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<名古屋の夕焼け>
19:22@名古屋
さすがに7月は日が長い。空の色綺麗♪晴れてて暑かったけど、これ見れたら全部吹っ飛ぶ。

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<テレビ塔と噴水>
20:02@栄(名古屋)
明日京都まで帰ろうか迷う。in栄,byバス。サンシャイン、賑やか!

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<巨大な田舎の夜>
20:49@栄・錦通り周辺
栄って完全に歓楽街。なんかむわっとした感じで怖いような…遊ばずに通過するとこでは無かった感全開。バックパッカーの私だけ呼び込みもされず…

20:53@栄・錦通り周辺
と思ったら「錦通りに来てキャバクラ行かないのは、徒然草の仁和寺にある法師が石清水見ないで帰ったようなもんですよ!」と熱烈に呼び込みされる。

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<夜の商店街>
22:48@大須(名古屋)
銭湯探して大須までやってきたものの、既に閉店…道中通ったこの商店街、昼間はどんな賑わいなんだろう?明日の旅はここからにしよう!

本日行ったところ:浜松・岡崎・名古屋(豊橋経由)。
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by nao24d | 2011-07-08 23:00 | Japon

そうだ 『鈍行で』京都、行こう。②

2011.07.07


一時退避77日目・そうだ 『鈍行で』京都、行こう。②

七夕に一人旅。
世の中はカップルだらけ。

鈍行で京都へ、2日目の記録。

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<玉簾の瀧>
09:10@箱根湯本
温泉の裏にある2つの滝のうちのひとつ。
2つの瀧の間を登ったところには、神社が。
箱根大神が祀られており、縁結びや無病息災、この地の水の守り神の社として、古くから崇められているそうだ。

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<玉簾神社の紫陽花>
09:16@箱根湯本
箱根は7月のこの時期でもまだまだ紫陽花の季節らしい。

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<箱根登山電車の運転室>
11:02@箱根登山電車
小雨が降り山からの見晴らしは悪かったけど、雨に濡れる紫陽花の中を行く電車というのは、ええ味出してた。

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<箱根写真美術館>
12:03@強羅-公園下(箱根)
本日最初の目的地:箱根写真美術館。写真美術館と言えば東京都写真美術館と入江泰吉記念奈良市写真美術館の2館しか知らなかったが、ここ箱根にも個人の小さな写真美術館があった。風景(自然)写真の写真家さんが設立なさったもので、自然の神秘を感じるというか、精霊的なものの存在を感じる写真が展示されており、癒され、またパワーを得ることができる空間だった。

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<箱根登山ケーブルカー>
13:00@公園下(箱根)
強羅駅から早雲山駅まではケーブルカー、それより上はロープウェイで昇る。写真は下りの途中で写したもの。かなりの急勾配。ちなみに天気悪いけど中はカップルとお年寄りばっかり。

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<小田原~熱海間の車窓>
14:28@熱海近郊
東海道線、かなり海沿いを走ってるんだと気付く。韓国に世界一海岸の近い汽車駅っていうのがあったけど、これもかなり善戦する気がする。ただ、東海地震あったらどうなるのか?と思うけれど…

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<沼津港>
16:20@沼津
in沼津。小田原、熱海を通過。沼津で海産物食べて浜松まで行く!が今日の予定。東海道線は奈良線以上に空いている。そして静岡入っていきなり中高生が田舎っぺ感を醸し出し始めた。東海道『本線』なのに、ローカル線の匂い。素朴な感じで印象は良いが 笑

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<魚河岸丸天丼>
16:42@沼津
沼津港、丸天さんの『魚河岸丸天丼』を頂く。刺身も美味いが、付いてくる味噌汁が感動的に美味い!!アラでダシ取ってるみたいで、さすが沼津港!って思える逸品。

17:17@沼津
どんぶりの縁にへばりついて気付かれない白子を見てると、切ない。捕まり損な感じ。お姉ちゃん、彼も残さず食べたげて!!

17:25@沼津
美味しいからって味噌汁最後まで残してたら、冷めてて非常に残念なことになった…性格上良くやるミス。

17:30@沼津
いざ浜松!2時間くらいかかるらしい…(~∑~;)

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<魚河岸丸天>
17:36@沼津
次は彼女と来なさいって言いながら、水筒に冷たい麦茶まで頂いた。小さい子どもには帰り際うまい棒のお土産。そういう食堂すっかり減ったよな。温かくて懐かしい感じがして、お腹だけじゃなく心も満たされる。ご馳走さまでした。

18:06@沼津
七夕やのに天気悪い…沼津じゃおそらくベガもアルタイルも見えない。そういえば去年の七夕はマラリアやったし…織姫と彦星に見放されてる?浜松に期待。

19:40@静岡周辺
東海道線の車内で、車掌さんが優先席付近で携帯を使う男性を注意していた。JR東海、お見事。それが仕事だと言っても、だめなことをだめって言うのは、なかなか勇気が要ることだと思う。電車の旅、良いもの見させてもらった。

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<鈍行2時間の途中>
20:44@浜松周辺
負けないぞ岩手のTシャツを着て京都弁を話す旅人に静岡県民はとても優しかった。

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<雨の浜松駅>
21:30@浜松
浜松着。ここも結局雨。途中で携帯の充電が切れた為、かなり迷いながらも栄えたところをうろうろしていてネットカフェ発見。充電と休息、そして明日どこを観光するかの情報収集中。静岡県はマジで長かった。熱海からだと浜松の方が東京より遠いっていう…

本日行ったところ:箱根山・沼津・浜松(小田原・熱海経由)。
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by nao24d | 2011-07-07 23:00 | Japon

そうだ 『鈍行で』京都、行こう。①

2011.07.06


一時退避76日目・そうだ 『鈍行で』京都、行こう。①

日本での退避生活が2か月を超え、
できること探しをしながらの日々。

たぶん、一番すべきは語学なんだろうけど、
せっかくの日本、家にこもるのは勿体ない気がして、

岩手からの帰り道、
東京から京都までを特急を使わずに進んで、
道中観光したり、旨いものを食べて帰ろうなんて思い立った。

その道中のつぶやきを写真と合わせてまとめておこうと思う。

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<コメダのモーニング>
08:12@武蔵中原(川崎市)
「洗っていいとも」というコインランドリーで洗濯しながら、コメダコーヒーでモーニング。

09:00@武蔵中原
荷物をクロネコさんに預ける。私より早く京都に着いてしまうらしい。恐るべし日本の運輸業界。あぁ身軽だ♪♪

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<街の古本屋さん>
12:11@相模原
商店街の古本屋。Book Offとかよりこういう古本屋の方が粋な感じ。意外にも高校生が結構入店してた。未来に残したい場所、残したい光景。米軍の住宅とかあって驚いたけど、アットホームな街並みだった。

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<刺身定食>
13:36@小田原
大学の先輩に「小田原には何も無いぞ!」と忠告を受けたものの、小田急と東海道線の乗り換えもあったので、ちょっと散策!小田原城に行く前に、駅前のampmのお姉さんのオススメに従って、魚食べることに!寿司だ~♪寿司屋「入船」より

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<安全第一>
15:31@小田原
小田原城に向かう道中。工事のおっちゃんらの遊び心。

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<小田原城>
15:43@小田原

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<箱根湯本の温泉街>
17:53@箱根湯本
小田原城で東京から来られたご夫妻と話し込んで、急遽箱根へ。で、もう一度小田原に戻って今日は休もう。箱根、山だー!すごい!

18:10@箱根湯本
やっぱり箱根に泊まろうかな…?迷う。ちょっとノープラン過ぎたから、1日通して地元民に話しかけまくってる。

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<箱根登山電車の車窓から>
19:15@箱根
沿線の紫陽花が見どころの箱根登山電車。

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<箱根登山電車宮ノ下駅>
19:40@宮ノ下(箱根)
沿線の紫陽花が見どころの箱根登山電車:宮ノ下駅。

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<第三新東京市のローソン>
19:52@宮ノ下(箱根)
箱根のローソン、エヴァ土産が充実してる♪こりゃまた来ないとな…

22:00@箱根湯本
川が流れてるからか?天気が悪くなったからか?とても涼しい。温泉に浸かって、今日はここに泊まることに決定!

本日行ったところ:川崎・相模原・小田原・箱根。
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by nao24d | 2011-07-06 23:00 | Japon

見送りPart2

2011.07.04


一時退避74日目・見送りPart2

今日は岩手県の災害復興ボランティアのときに出逢った
日系社会青年ボランティアのブラジル隊の出国日だった。

昨日の朝東京に着いたので、
今日成田に見送りに行ってきた。

そしたら偶然にも駒ケ根の同期、
私の生活班の班長である、
エルサルバドルの隊員N氏に遭遇。
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<班長と再会記念!>

一時帰国していたらしく、
今日任国に戻るとの事だった。

世界って広いようで以外に身近なものなのかもしれない。


本題に戻って、

ブラジル隊は30人の大所帯。
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<遠野隊+1名>
私たちブルキナの22年度1次隊が、
多い多いと言われても27名だったことを考えれば、
その人数がいかに多いかがおわかり頂けるかと思う。

でも、毎年一隊次しか無いことを考えれば、
やっぱりブルキナ22-1は奇跡的な大家族だったんだけれども。

その中で国リーダーをしているのが、
私と同じ86年組のY氏。
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<同い歳のY氏>
彼には遠野で本当にお世話になった。

今日まで国リーダーをしてるとは知らなかったけど、
ブルキナ隊の弟ポジションの私からすれば、
その年齢で30人をまとめるのは本当にすごいことだと思う。
「このゆとり世代が~」と言われながらも、彼は確かにしっかりしている。
見習うべきところの多い友人である。

彼の見送りには家族や大学時代の友人が集まっていて、
出国の瞬間はかなりジーンときた。

無事に2年間の活動を全うして下さい、それが一番の願いである。


自分のときは家族や友人が成田まで来ることも無かったし、
両親とはわりとあっさり(バタバタ)な感じで京都駅からバイバイしたので、
「別れ」自体にあまり特別な感情は無かったけれども、
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<ガラス越し>

「旅立ち」に関しては、
1年前に、同じ志を持つ仲間とそこに立っていたことがフラッシュバックして、
もう、同じメンバーでそこに戻ってくること、ブルキナで集まることが出来ないんだ、と思うと切なくて、
なんとも言えない、やりきれない想いがこみ上げてきた。
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<私たちの出国・2011.06.21@成田>

みんなに逢いたい。
去年の出国のとき、全然写真を撮っていなかったのが非常に悔やまれる…
(ブルキナ隊のは上の含め3枚しかなかった)


と、かなりしめっぽい気分になってたけれど、

空港は別れの場所でもある一方で出逢いの場所でもある。

その後見送りに来ていたY氏の友だちと親しくなり、
そのまま飛行機が飛び立つのを観れるスポットに連れて行ってもらったり、
成田山に参拝に行ったりした。
帰りの電車でも、途中まで一緒に話すことができて、
ひとりじゃ確実に落ち込みかけてたところだったから救われた。
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<テイクオフ!>
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<うっちぃとてるみぃ@成田山>
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<三重塔@成田山>

2人には本当に感謝。


そしてその後、学生時代に一緒に韓国で研修を受けた学生と飲み、
どんなに離れても想いが繋がっていれば再会できるんだな、って再確認。


次に成田を発つとき、
自分はどんな気持ちでその日を迎えるのだろう?

ただワクワクしていた1年前とは確実に違うのだろうけど、
前向きな気持ちでそこに立っていたい、そう思う。
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by nao24d | 2011-07-04 23:00 | Japon

実用フランス語技能検定試験

2011.06.19


一時退避59日目・実用フランス語技能検定試験

今日は仏検の試験日だった。
受験したのは3級。

3級からは記述式の問題が出題されるのだが、
勉強しなさ過ぎで活用を忘れまくっていて、本当に酷い内容だった。
28点中、14点。

文法も細かいところが全然わからなかった。

ただ、センター試験の英語のときは大嫌いだった単語の並べ替え問題は全問正解できて、
英語と少し違うフランス語の構文には慣れてきたのかもしれないと思った。

最終的には奇跡的に7割取れていた。
仏検は合格点が変動するようなので受かったとは限らないが少しホッとした。
リスニングで稼いだ感は否めないが、
やっぱり住んでたっていうのはすごいアドバンテージだ、と韓国語に続いて実感。

ただ、ほんとはもっと出来たはず。それは事実。
たとえ受かったとしても自分の中でサボってたことが浮き彫りになった。

もう少し真面目に、計画的に勉強して、
来年ブルキナから帰国したときには2級が受かるくらいになっておきたいと思った。

戒めの3級…
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<帰りに通った鴨川>
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by nao24d | 2011-06-19 23:00 | Japon

教授からのアドバイス

2011.05.19


一時退避28日目・教授からのアドバイス

木曜日は卒業した研究室でゼミの授業がある日。

教授に会って活動のことを少し話した。

帰国することになったときから、
これを機に任地の人々が作ったモノを日本でフェアトレード製品として販売できたら…その販路を開拓できれば…
と考えていたのだが、

教授から、
「フェアトレード」
と示す必要性についてご指摘頂いた。

最近はフェアトレードに関しての認知度が上がり、フェアトレード製品の中でも競争が起こっている。
フェアトレード業界は多様化もさることながら、どんどん高品質化もしている。

任地の製品も同じようにフェアトレードとして並べた場合、それらと他の製品が比較されることになる。
そのとき、敢えてBurkinaの製品を手にとって下さる方がいくらいるだろう?
残念ながら贔屓目に見てもクオリティで敵うとは言い難い。

つまり、教授がおっしゃったのは、
フェアトレード・ブランドに置かずに、単に
「西アフリカの最貧国で作られたリサイクル製品」
とした方が差別化が図れ、購買に繋げられるかもしれない。
ということだ。

これは盲点だった。

さすが経済学の教授のお言葉。
全然そういうつもりじゃなかったけど、話してみて良かったと思う。

この場を借りて御礼申し上げます。

だがしかし、
そうするとどういうところを販路に選べば良いのだろう。
全く以てわからなくなってしまった。

新しい課題。。。
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by nao24d | 2011-05-19 23:00 | Japon

10ヵ月

2011.05.15


一時退避24日目・10ヵ月

Burkina滞在は10カ月だった。

その間に、家の近くには新しい自転車屋がオープンしていた。
そこで今日は、この10カ月間乗らずに傷んでいたマウンテンバイクを修理してもらった。

この自転車屋以外にも10ヵ月という時間に新しく建った建物は数えきれない。
日本は変化のスピードが速いなぁと改めて思う。

しかし私がそうした変化に違和感を感じるのは一瞬で、
その後、案外簡単に新しい風景を受け入れ、適応し、
少しすれば元の風景がどんなだったかさえ、あっさり忘れていることが大半である。

マウンテンバイクの「10か月」が埋められるほんの一瞬の間、
私はその作業を見つめながら、京都の「10カ月」と、Burkinaの「10カ月」を擦り合わせた。

変化のプロセスや、埋もれてしまった一過性の出来事に関する情報は中抜けしているものの、
10カ月が生み出した結果には、いとも簡単に感覚をadjustできている、
いや、もはやadjustしている実感すらないとも言える。

そして、普段通りペダルを漕いでうちに帰った。
任地で別の自転車を漕いでいたはずなのに、10mも漕げばまるで違和感は無かった。
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by nao24d | 2011-05-15 23:00 | Japon

2年前のある朝のこと

2011.05.13


一時退避22日目・2年前のある朝のこと

2011年5月10日、13時24分。
祖母が旅立ちました。
12日、葬儀・告別式を終えた今、
弔いの言葉にかえて、
協力隊に受かった1ヵ月後、2009年9月6日に私が書き留めた言葉を載せておこうと思います。


↓以下本文↓

夜勤明けの日曜の朝


家に帰るとおばあちゃんが迎えてくれた、

かと思いきや

「いってらっしゃい」 ?!

あわてて、今帰って来たことを説明する。

「おかえり」


おばあちゃんは、

大学5年生になっていることや、

韓国に留学したりして、未だにフラフラしている自分に

言いたいことも多いようである。


でも、そのことには触れず、

あとでわざわざ2階の僕の部屋まで上がってきて、

ご飯は食べたのか?と聞きながら、

おもむろにお金の入った封筒を手渡してくれた。


いい年して自分はまだおばあちゃんからお年玉をもらっているし、

それ以外にも、韓国に行ったり、東京に行ったり、

何か遠出をするたびにおばあちゃんは決まって軍資金をくれる。


今回は朝まで働く自分に、無理をするなと言いたかったのだろう。



ただ、いつもはピン札の1万円が入っているのだが、今日は違った。

封筒の中身は、ちょっと皺になった2枚の5千円札。


うちの家は決して裕福なわけではないと思う。

同居するおばあちゃんも例外ではない。

それがありありとわかる、皺になっ2枚の5千円。

何日も前から渡さなくてはと貯めていてくれたようだ。


いつもはありがたく使わせていただいていたが、

このお金は使えそうもない。

なぜか自分がとてつもなく情けなく思えてきた…

自分は身勝手だったとか、そんな考えがいきなり頭の中を渦巻き始める。

これはおばあちゃんの愛であり、そして戒めでもある。


「なをちやん おばさんです」と書かれたその封筒も全部ひっくるめて、

大事にとっておこうと思った。
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<封筒と2枚の5千円札>




このおばあちゃんに自分はまだブルキナファソの件を伝えていなかった。

ちょうどカメラのフィルムが2枚残っていたから、

おばあちゃんを撮ろうと外に誘った。
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<うちのおばあちゃん>



そしてその件を話すと案の定、

「さっさっと身をかためなあかんやないの~、何でまたそんな遠いところに…」

と、今まで何度も聞いてきたお言葉。

今回もおばあちゃんは不満気だ。



しかし、大正2年生まれ、96歳のおばあちゃん。

改めてその歳を考えると、

そんな遠いところに行って、おばあちゃんにしばらく会えなくなることが、

いよいよ怖くなってきた。

いくら健康とはいえ、もうそんなに長くは無いに違いない。

その不満をあと何度聞けるかもわからない。

何度でも聞ける気がしていたが、それは甘えだったと今更気づいた。




自分が派遣されている2年間、元気でいてくれることを願う。

ブルキナファソに行くまでおばあちゃん孝行しようと思う。

写真はさっきの封筒と一緒に、お守りにしよう。

そして帰って来たら、うんとおばあちゃん孝行しようと思う!


夜勤明けの日曜の朝。

おばあちゃんは土いじり(野菜づくり)を始めた。

自分はこの出来事を記録して、眠ることにする。

↑以上↑


享年98歳でした。

ブルキナに派遣された日からまだ11カ月も経っていませんが、
こうした出来事が起こってみて、改めて2年という時は本当に長いものだと感じます。

しかし、不謹慎かもしれませんが、幸いにも2年の真ん中でここに帰ってこられて、
このタイミングで日本に居れたことは幸せだったと思います。

写真と、封筒と、2枚の5千円札は、これからもずっと私のおまもりであり、宝となるでしょう。

祖母にはお疲れさまでしたと冥福を祈るばかりです。
ゆっーくり休めたら、どこかから見守っていてほしいな。

また小言をつぶやいてもらえたらなぁ…
なんてこのときのことがすごく懐かしく思える、おばあちゃんのいない夜…

またこの出来事を記して、眠りに就こうと思います。

おやすみなさい。
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by nao24d | 2011-05-13 02:00 | Japon

こいのぼり

2011.05.05


一時退避14日目・こいのぼり

5月5日。子どもの日(国際助産師の日)。

日本では"青い鯉のぼりプロジェクト"という運動が起こっていた。
詳しくはこちら

青い鯉のぼりは子鯉。
震災で亡くなってしまった子どもたちの為に、それを津波の心配の無い大空の海へ…
という運動。

発案者のおられる、宮城県東松島市大曲浜ではたくさんの青い鯉のぼりが空を泳いでいた。
復興のシンボルとして、これからも毎年掲げていくそうだ。


かわって京都の5月5日。

空を見上げても、どこも電線があって、
のびのびとした"大空"っていうのは、なかなか見られないなぁなんて思う。
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<屋根より低い鯉のぼり>

ブルキナでは毎日どこかしらで目にした国旗。
日本だと右翼だとかどうとかいうイメージでなかなか掲揚しないものだけど、
今日はちらほら国旗が掲げられているところを目にした。
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<国旗>

お隣韓国では97%くらいの家庭に国旗があるという。

復興だ!って団結ムード出すとき、
国旗がもっと当たり前に掲揚される国のほうが、わかりやすくモチベーション上がる気がするけど、
そういう考えってやっぱり右傾化してるってなってしまうのかな?

この震災の復興のシンボルは鯉のぼり、
□□のシンボルは○○、
××と言えば△△、
日本じゃそういう風に区別することが習慣的なんだな、って感じる。

右傾化とも言われんし、
より意味あるシンボルってなるんかな。

そう言えば1日の天皇賞のとき、
淀の競馬場では復興支援シリコンバンドが飛ぶように売れてた。
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by nao24d | 2011-05-05 10:00 | Japon

La vie du Burkina. Jour:292

2011.04.09


La vie du Burkina. Jour:292・東日本大震災のためのチャリティー活動へのご協力のお願い

学生時代のバイト先の友人から届いたメール。
以下、そのまま貼り付けます。


『チャリティーへのご協力のお願いです。

3月11日、東北関東地方を襲う激しい地震、津波が発生しました。
多くの被災者の方が不安と混乱の中で耐えておられ、また復興のために様々な方がご尽力されています。

今、様々なところで復興に向けた動きがあります。
そんな中、わずかではありますが、僕たちでもできることがあるのではないかと思い、チャリティーのポロシャツを販売し、利益を全額寄付しようと計画するに至りました。

ポロシャツは黒と白の2色で、デザインは胸にワンポイント、ピンク色の文字でHEART TO HEARTとプリントされているものです。サイズはSS、S、M、L、LLで、原価は1260円で、販売価格は2300円、利益1040円は全額寄付します。

寄付先についてですが、活動に透明性の高いこと、僕自身が将来医療関係に進むということがあり医療資源、医療関係の人的資源に使っていただきたいという思いで、全額を日本赤十字社に寄付する予定です。

また、http://ameblo.jp/heart-to-heart-kyoto/におきまして寄付していただいた方のご芳名の記載(記載不要の場合、匿名とさせていただきます)と、寄付の模様を随時報告させていただくことをもちまして、寄付活動が正しく行われたことの保証とさせていただきたいと思います。

目標は1000枚の販売で104万円の寄付を行うことです。
何かご不明な点、ご質問等あればお手数ですが、京都大学医学部5回生中村聡宏eau-de-vie--love-too-much@docomo.ne.jpまでご連絡ください。
是非ともご協力よろしくお願い致します!!

京都大学医学部有志』


皆様の中にも、既に何らかの形で活動をされているという方も多くいらっしゃることとは思いますが、
もし、私たちの活動にご協力、ご賛同をしていただけるという方がいらっしゃいましたら、
色、サイズ、枚数、氏名をご明記の上、私の連絡先...北岡梓a-chan1011@hotmail.co.jpまでご連絡よろしくお願い致します。
また、皆様のご家族や友人、お知り合いの方々の中にも、私たちの活動にご協力、ご賛同をしていただけるという方がいらっしゃいましたら、是非ともご協力よろしくお願い致します。

どうぞ、よろしくお願い致します!

最後になりましたが、この度の大震災で被災された方々やご家族の様には、心からのお悔やみとお見舞い、そして1日も早い救援・復興をお祈り致します。


北岡梓

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by nao24d | 2011-04-09 23:00 | Japon