C'est la vie!

カテゴリ:レビュー( 3 )

Lost In Translation

2012.01.08


123日目・Lost In Translation

今日はLost In Translationという映画を観た。

そんな感じの外国人もそりゃ東京に滞在してるでしょうよ、
って感じの人たちが(CM撮影にきた中年俳優のボブと旦那の仕事についてきた人妻シャーロット)が何日間か日本で過ごす中で、
それなりに用事済ませて、時間つぶして、誰かと出逢って、で、別れる、帰っていく、
っていう、"theとある日常を切り取りました"って感じの展開。
ま、最後別れの瞬間は若干いろんな気持ちが溢れる感じもあるものの、
特に起伏があるわけでもなく、逆にものすごく淡々としていて、それでいて退屈でない不思議な空気感の作品だった。

外国人目線での日本への違和感が描かれているのだろうと勝手に思い込んでいたので、
冒頭シャーロットの涙は、独特すぎる文化が彼女に疎外感を感じさせ、
日本って冷たい・おかしい、みたいな印象を描いていくのかと思ったが、
見ていると日本をどうこう批評する感じの映画では無かったように感じた。


個人的な話になるが、
私は東京に行く際、一回の滞在でいろんな用事を済ませよう、たくさんの人に会おう、とするため、
どうしても滞在日数が長く、そして持て余す時間も多くなってしまいがちだ。
暇を持て余すと、無駄にいろんなことを考え、孤独感や、焦り、そういう不安感に苛まれることも多い。

そして、そこで会う人たちとは、
実はほとんど日常での接点がなく、共通の非日常的な経験を有していることが多い。
そのため、勝手に私が同じ臭いのようなものを感じていたりするのだが、
その経験だけが特別で、彼らは普段全然別の日常を生きている。
そうすると、学校に行くでも仕事に行くでもなく暮らしている私が、
そこで自分のするべきことをしながら暮らしている人たちの生活に割り込んでいることに、
とてつもない違和感を感じてしまいもする。

東京で感じるそうした孤独感、違和感、不安感の類は、
おそらく旅先でひとりで飯を食っているとき、
Burkinaの首都でひとり買い物をしているとき、
Seoulをひとりで歩いているときに感じていたものと似ているのだけれど、

ひとりでも時間つぶすに困らないであろう、いろいろなものが溢れた東京でだからこそ、
もっとでっかくなって、襲ってくる気がする。

日本人にもそういう街なのだから、言葉の通じない外国人にはなおさらだろう。
そして、言葉が通じなくて、こんなに栄えた都市を探そうとするなら、
おそらく、トーキョーが一番で、唯一の街なのかもしれない。
だから、この映画は日本・東京を舞台とすることで、そうした心情をあぶり出そうとしていたのではないだろうか?


言葉も通じない異国の地で、何をするでもなく持てあます時間の中で、
ボブとシャーロットは、今まで気付かず過ごしてきた、なんとも言えない人生の閉塞感に苛まれる。
でも行き詰ってはいるのに、日本には違和感しか感じず、そこに解決の糸口は見いだせずにいる。
むしろ深みにはまっていくかのように。

救いを求めた家族との電話は、普段通りの生活でいっぱいいっぱいでそそくさと切られたり、
寂しくて仕方ないのに「トーキョー、楽しそうで良いわね」と言われたり、
結局、今、気付いてしまったその違和感を誰にもシェアできずにいて…

で、眠れぬ夜を過ごしているところで、
同じような孤独感を持ち合わせた彼らが出逢い、
ふっと、心を通わせていく。


シャーロットには2年半の結婚生活で抱いた、旦那へのおいてけぼり感があって、
ふと、"結婚生活は歳を重ねれば楽になるの?"と尋ねたとき、ボブは"それは難しい"と答えた。
そして"子どもが生まれればそれまでの慣れ親しんだ生き方はもうおしまい、2度と戻らない"と語った。
"子どもが生まれたとき、なによりまず恐ろしかった"とも。

しかし、"やがて子どもこそ人生で何よりも素晴らしい存在になる"と話し、
最後にはシャーロットに"君は絶望的じゃない"と声をかけて眠る、そんなシーンがあった。

そこがすごく優しい感じで、心地いい場面だった。


結局それで恋愛に発展するわけでもなく、
最初に述べたように別れていくだけの話なのだけど、

ひとりになると、否応なくそういう自問自答に陥る瞬間があって、
そこで、そのモヤモヤをシェアできる相手と、ほんの少し通じ合う感動、
全然永遠のものじゃない、そういうふとした瞬間が描かれている感じが良かった。


ソフィア・コッポラの作品、もう少しみてみたいと思う。
[PR]
by nao24d | 2012-01-08 23:00 | レビュー

Gran Torino

2011.12.06


90日目・Gran Torino

今日はGran Torinoという映画を観た。

朝鮮戦争の壮絶な戦場を生き残り、
フォードの職人としてかつてのアメリカを支えていた自負のある主人公。

しかし、最愛の妻に先立たれからは、
日本車を売る息子や、礼儀を知らない孫たちから年寄り扱いをされ、
移民が増え荒れた街で、
日々悪態をつきながら孤独に暮らしていた。

しかし、彼の愛車Gran Torino(グラン・トリノ)を盗みにやってきたモン族の青年との出逢いが彼を変え、
青年の人生の師として、友人として、彼なりの男の美学を伝えていく物語。

一見古臭い彼の生き様には、おそらく今の社会が失ったものがたくさん詰まっている。

私は不器用で自分のやり方を変えられないこの手の英雄に弱い。
ただの偏屈親父に見えて、実は人一倍熱い信念があり、
その美学というか絶対領域には誰も触れさせず、黙ってやり抜く感じ。

まだまだ自分とは程遠いけれど、理想。

d0159222_753156.jpg
<映画"Gran Torino"より>
『将来 何になるんだ?』

  「セールスでも やろうかなと」

『セールスか
俺の長男もセールスマンだ』

  「優秀なの?」

『儲けてる 口先三寸でね
俺は50年 フォードで働き
奴は日本車を売ってる』

  「フォード工場?」

『ああ
あのグラン・トリノのステアリング・コラムは
1972年に俺が付けた』

  「そんな昔に? カッコいい」

『将来はセールスか
大学には行かないのか?』

  「行きたいけど金がかかる」

『学費を稼ぐんだよ
一生 俺んちの庭で
堆肥をこねてるのか?』

  「タダでね」

『調子に乗るな!』

  「僕に仕事がある?」

『そうだな 誰も雇わない』

  「だろうな」

『冗談だよ アホ 仕事はあるさ
どこにだってある』

  「例えば?」

『建設現場は?』

  「僕が?
  あんた ボケてんのか?」

『建設の仕事だったら
俺にコネがある
その前に男らしく見せにゃ』

  「男らしく?」

『ああ
ミス・ヤムヤムともデートしろ
男が上がる
少しは自分に磨きをかけろ』


一番好きなシーン。
このやりとりに全部詰まってる。

男上げねぇとなー
[PR]
by nao24d | 2011-12-06 23:00 | レビュー

Blood Diamond

2011.11.24


78日目・Blood Diamond

今日はBlood Diamondという映画を観た。

"ダイヤモンドは永遠の輝き"の裏側でこんな事が起こってたことを知ると、
そもそも贈る相手がいない、ということはさておいて、
これから先、簡単にダイヤを贈るなんて出来ないと思った。
少なくとも紛争ダイヤがこの世から消え、ダイヤが平和の象徴にでもならない限りは。

1960年代にアフリカ諸国は独立したと言えど、
アフリカに20万も銃を持った子どもがいる現実、
それは紛れもなく先進国によって引き起こされたもので、
搾取とか不公平な貿易とか、
まだまだ支配する側される側というような構造が残っている。

ブルキナでも、ダイヤではないがわずかに金が採れるようで、
そうした資源が豊かさではなく争いを生むかもしれないと思うと恐ろしい。


d0159222_829316.jpg
<映画"Blood Diamond"より>
『私は性善説を信じたいが、現実を見ると違うと思う。
君はどう思う?多くの人間は善だと思う?』

『いや、ただの人間だ。』

『そのとおり、善悪は行動で決まるんだ。
悪人でさえ、一瞬の愛情があれば人生に意味を与えられる。
正しい道の選択は難しい。』

[PR]
by nao24d | 2011-11-24 23:00 | レビュー