C'est la vie!

カテゴリ:心境( 18 )

空港にて

2012.08.12


340日目・空港にて

フランスへの任国外旅行も終わりを迎え、
モロッコの空港で久々に日記を書いている。

さっき、フランスの空港でブルキナとフランスの国籍持ってる白人男性に出逢った。
彼も今からブルキナに戻るらしい。
そしてSIAOの日本パビリオンの建設に関わってるらしい。

本来の職業はアーティスト兼医者らしい。
アートの関連で山本寛斉さんとかハリウッドで活躍する日本人メイクアップアーティストともも知り合いらしい。
で、日本・六本木に5年住んでたとか。
で、外科手術もやっちゃう人。
とにかくすごい人。

そういう人に出逢って、ブルキナでうち来なさいと呼ばれるあたり、自分持ってるなぁと思う。
まぁ彼の作ってるアートはうちの任地の作品とは比べ物にならないくらいのクオリティだけど、
勉強させてもらえればと思う。

ところで、
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by nao24d | 2012-08-12 23:00 | 心境

私だけが観た夕陽

2012.06.22


289日目・私だけが観た夕陽

2010年6月22日にBurkinaの大地を踏んだ私にとって、
今日はそれから2年と1日目、私だけの延長戦が始まった。

先輩隊員曰く、
先に帰国する同期隊員のfacebookは帰国前・帰国直後は集合写真で溢れ、
その後日本のクオリティの高い食べ物がニュースフィードを埋め尽くし、
次第に旅行の写真がどんどんUPされ始め、
3カ月経って就職(できない)ネタで盛り上がるらしい。

月曜に同期が帰国し、
空港での再会の写真に始まり、
早くも日本めしが並び始めてて面白い。

彼らが帰るまでは、
同期がいようがいまいが私の活動に関わることはほぼ無く、
別段影響は無いだろうと高を括っていたが、
ふと隊員機関誌のことで電話しようとしたときに、
あぁ、もうみんないないんだなぁと我にかえり、
思ってた以上に喪失感が大きいことに気付いた。

それにもすぐ慣れるのだろうけど、
やっぱりなんだかんだで支えられていた部分は大きく、
文字通り同じ釜の飯を食ってアフリカまでやってきた仲間の存在の大きさを知ることになった。

そう考えると25人一気に帰ってしまうよりは、
退避があって段階的に人が減ったのは私にとって幸いだったかもしれない。

これからの活動に対しては、
みんなの最終報告を聴いたことや、自分だけ残る意味についていろいろ考えるから、
今はやらなきゃって気持ちがプレッシャーになりそうなほど大きい。

と、精神的には結構ダメージあるような気がするのに、
それとは裏腹にこの火曜から金曜でいろいろ進んだ。
悶々としてるのに、活動だけすーっと流れていくと、
心のバランスが崩壊しそうでちょっと怖くも思う。

上手くいきそうで悩むってなんとも贅沢な状況ではあるが…


と、なんだかスッキリしない気持ちで今週の就業を終え、
家路につこうとしたとき、
ふと、目の前に、
雲に埋もれても、それを分かつように放たれる夕陽の光を観ることができた。

そのとき思わずシャッターを切ったのがこの1枚。
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<雲を分かつ光>

これを観ていると、いろんなことを考える。

まず、他に何も撮らなかったのに、なぜか一眼を持って職場に行ったのは幸運だった。
思えば今までの人生トータルで考えると、基本的に自分は運が良い。
だからこの選択(=任期延長)もきっと間違いじゃなかった!なんてちょっと前向きになれた(まだ評価するのは早すぎるとも思うが)。

そして、もし日本に帰ってたらこの夕陽は見られなかったわけで、
やっぱり残った自分にしか観られないものがこの先もいくつもあるんだろうなって再確認できた。

また、見方によっては太陽が雲に飲み込まれた構図ではあるけど、直観的にそうは感じず、
今は雲に隠れてちゃんと観えないけど、その一筋の光の向こうにもっと輝く太陽があるというのは、
私と活動の行く先を暗示しているに違いない!とすら思えてきた。
(太陽は沈む一方で、次は背中側から出てくるにも関わらず、なんともめでたいポジティブシンキング!)

乾季の空は灰色で、しばらくそうすることを忘れてたけど、
改めて空を見上げると、日々の悩みなんて些細だな、とつくづく思い知らされる。
夕陽の美しさはいろいろな雑念を洗い流してくれるし
最近の晴れてるときの夜空の星なんて感動半端無いし、
青く澄みきった空にでかでかと浮かぶ入道雲は気分を上げてくれる。

久々に空の持つパワーを感じ、
しばらく同期と同じ時間帯に星を眺めたり、夕陽を観たりはできないけれど、
これからも空を観ることは続けたいと思ったし、
次に同じ夕陽を眺めるときに、胸を張っていられるように居たいと思った。

来週はもうちょい上げていこう!
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by nao24d | 2012-06-22 23:00 | 心境

いつの間にか見失っていたもの

2012.01.18


133日目・いつの間にか見失っていたもの

期待のゴールデンルーキーがやって来て、
去年の新人は新人ではなくなり、
おととしの6月にやって来た私は
もはや肌が白いだけで何のフレッシュ感もない一職員になりつつある今日この頃。

なんと最近は職員のCotisation(分担金、会費)まで支払っている。
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<支払いチェック表>
使途を聞くと、誰かに何かあったときの慶弔費にされるらしいので、
Burkinaじゃ慶事も弔事も私には無いだろうなんて思ったりもするのだが…

まぁでもその頭数にカウントされると言うのは、
言い換えれば、特別扱いのお客様ムードでなくなったということ。
それはある意味とても喜ばしいことなので、
そのCotisatonが誰かのハレの日に使われることを祈りつつ毎月500Fcfaを納めている。
考えてみれば大した額でもないし、いざというとき役立つ、ほんとに素晴らしいシステムだとも思う。


それはそうと、
今日、同任地の図書館隊員のところに行ったときの話。

普段から彼女の職場には多くの中高生が勉強しに来たり、
本を読みに来たり、借りに来たりしているのだが、
11時30分という時間になぜ制服を着た中高生がそこにいるのか、
少し疑問だったので、彼女にその理由を尋ねてみた。
しかし、彼女は曖昧な答え。

ちょうど横にいた高校生に尋ねると、
今日はその時間授業を担当する先生が体調不良で、午前の授業が11時までだったという。
それに、普段は12時までが午前の授業だが、
クラスの時間割によっては、この曜日は11時まで、ということもあるのだと教えてくれた。

言葉が通じるからと安易に日本人に聞いてしまいがちだったが、
最初から彼らに聞けばすぐにスッキリできる疑問だった。反省。

しかし、曖昧で全然違う適当なことを言ってた図書館隊員の彼女だが、
なぜ1年半も活動した今の時期でさえ、それを知らなかったのだろう?
…なんて、最初は思ったのだが、
そもそも彼女がそれに疑問を抱いていなかったのだとしたら、それは仕方の無いことかもしれなかった。
いや、彼女も最初はもしかしたら疑問に思っていたのだが、いつの間にかその光景に慣れてしまって、
聞かないうちにそれを当たり前のこととして捉えてしまっていたのかもしれない。

そこで、改めて考えてみると、
私自身も、赴任当初気になっていたのに、
聞ける語学力が無いせいで曖昧に解釈し、そのまま放置している疑問が山ほどある気がする、自分の職場のことに関しても。
もはや、何を疑問と思っていたのか、掘り返せないところまで来てしまっているものも多いはず。

そうならない為には、あの頃諦めずに聞けば良かったのが、まず第一だが、
でも、今なら聞ける力も多少あったりするわけで、今からでも疑問は解決していきたい。
勝手のわからない他人の職場に行って、そんなことにふと気付いた。

そう言えば、最近も森林官の階級制度、昇進・異動の話、仕事内容まで、
知らなかったことがボロボロでてくる。
語学力的に、今やっと理解できることが多いのだろう。
それに、年末、スタディーツアーにやって来た日本の方から質問を受けて、
改めて自分が得た知識も山のようにあった。彼の目を通して浮かび上がった疑問があったのだ。
まだまだ知らないことだらけなのだ、実際は。

長くここに居るおかげで知った事がある、得た繋がりがある、
でも、その一方で、慣れがアンテナを錆びつかせている、それを痛感した。

写真を撮るという行為に関しても、
赴任当初ほど、感動でシャッターを切るという回数が減っている。
築いた関係の中で産まれる写真は確実に増えてはいるものの…

このタイミングで、それらに気付けて良かった。

まだチャンスは残されている、
これからは臆することなく、いろんな事にもっとちゃんと向き合おうと思う、曖昧にせず。
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<新人と去年の新人>
活動だけでなく、人生に於いて、

いつまでも、初心を忘れず、
いつまでも、感動できる素直な心を持ち続け、
いつまでも、好奇心を原動力に、
いつまでも、謙虚に問う姿勢で…
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by nao24d | 2012-01-19 19:00 | 心境

路線バス

2012.01.14


129日目・路線バス

2010年の6月21日に日本を発った私の協力隊員としての任期は、
2012年の6月20日まで、この日にまた日本に到着するのが本来の予定。
同期のほとんどもこのくらいの時期に日本に帰ってくる。
それまでおよそ5ヵ月。

ところが、私は現在半年の任期の延長を考えている。
それが叶えば帰国は12月の20日となる。あと11カ月。

この差は結構でかい。

任期をあと1年近く残している頃、と言うのは、
これからいよいよ自分の活動が波にのる!ってそんなタイミングなんじゃないかと思う。
他の国はそうではないのかもしれないが、特に西アフリカ、Burkina Fasoではそんな感じだと思う。

でも、半年を切ると、もうみんなの目は帰国に向いていて、
帰ったらあれしよう、これしよう、
そんなフレーズが合言葉にでもなりつつあるかのようだ。

この心境の差がひしひしと感じられる、最近。

多分、帰ったら~って話ができる隊員は、しっかりまとめの段階に入れている方々なのだろうと思う。
だから、私はたとえ6月にそのまま帰国することになるとしても、
今の段階でそういう気分には全然ならない、というかなれない。

そう思ったとき、いよいよ、あの退避の4カ月半が効いてるんだな、と実感する。

まだすべきことが山積みなのが現状。

でも、現職教員特別参加制度で赴任されてる学校の先生方は、残り日数がもう70日も無いようで、
Burkinaの現職2名は延長を選択する余地も無く活動のまとめに入っておられる。
他のBurkina隊同期も、まだまだ活動のまとめとはいかないまでにしても、6月に帰る為に必死のスパート。
振り替えになった元Burkina隊員はもっとシビアな状況で残り任期と闘っているはず。
だとしたら、やってやれない残り時間では無い、それはわかっている。

けれど、自分が残りたい、そう思う理由は、
10月末から11月にかけて行われる国際工芸見本市に参加したいから、
そこで任地のリサイクル製品の販売を行いたいからである。
その日程は自分の力ではどうにも動かせない。

今まで、駒ケ根で出逢った素敵な仲間と同じベクトルで進んでるつもりで、
折々でいろんな出来事、想いをシェアしてきたけど、
それって乗り合いの路線バスみたいな感じで、
一時期同じ空間を共有してたけれど、自分は終点まで乗ります、
みんな別の目的地で降りていきます、みたいな感じの付き合いなのかなって思う。

みんな一斉にスタート切ったから、あたかも観光バスで出発進行した気になってたけど、
たまたま始発駅から乗り合わせただけで、路線バスでしたっていうような、
話途中なのに降りちゃうんですか?みたいな感じで、たいそうあっけなく思えたりもする。

まぁでもそういうものなんだろうな、この先の人生も。

なーんかちょっとみんなとワイワイ帰国のこととか話してみたかったなぁって、
そういう話。


でも、今日言われたのが、
そうやって任期延長したり思い切った決断できるのは、
自分の場合、あと(=大学院への進学)が決まってるからちゃうか?ってこと。

確かに、帰国後の進路がこんなにはっきり決まってるのって、
現職の方を抜いたらわずかな人だけ。

それだけに、帰国したらあれしよう、これしよう願望より、
もっと他に目を向けてられるのかもしれない。

結局、みんなと同じとこでバスを降りない決断をしたのは、紛れもない自分。
それを忘れかけて、勝手に隔たり作ってすねかけてたっていう、情けない。

ということで、こうなったら(と言ってもますは延長申請が通ってからだが)、
その終着点で何が見えるのか、どうせならみんなとは違う景色を思いっきり楽しもうじゃないか!
と思うことに決めた!

おおきに、ちあき姉さん!
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<次降ります!>
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by nao24d | 2012-01-14 23:00 | 心境

新年のご挨拶

2012.01.01


116日目・新年のご挨拶

2011年は同期旅行でスタートした。
そして退避、再赴任を経て、12年を迎えた瞬間は、
Burkinaの首都Ouagadougouで、同期と離れ、首都の隊員たちと過ごした。

協力隊員としてまるまる1年を過ごした2011年の漢字は、「絆」だったが、
私自身は、同じ人と過ごして確かな絆を築く1年だったと言うより、
いくつもの出逢いを経てたくさんの人と繋がった1年だったと思う。

昨日はまさにそれを象徴するかのような締めくくりの1日だった。

新年1発目の朝日は、Ouagadougouで自転車を漕ぎながら拝んだ。

アフリカで年を越せるなんて人生に何度もあることじゃないと思うが、
今当たり前のように感じているブルキナでの暮らしも、もうこの2012年のうちには終わってしまう、
なんて考えると、つくづく月日の流れってほんとあっと言う間だと思い知らされる。
遂に帰国の年を迎えてしまったわけである。

残った時間、瞬間を大切に、
謙虚に、些細なことにも幸せを感じながら、
日々を積み重ねて行きたい。

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<2012年元旦>

去年お世話になった全ての方へ暑く御礼申し上げます。

また今年も宜しくお願い致します。2012.1.1 Burkina Faso Ouagadougouにて
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by nao24d | 2012-01-01 23:00 | 心境

ふたご座流星群

2011.12.14


98日目・ふたご座流星群

私たちが観ている星たちの輝きは、何十万年、何百万年も前のもので、
そんな果てしない輝きの前に、私たちはあまりにちっぽけな存在に過ぎない。

恒星の命に比べれば、私たちの命はほとんど流星ほどの短さでしかないわけで、
そう考えると夜空の星々の前では、私たちの富や地位や名誉なんてちっぽけなもので、
怒りも悲しみも迷いも憂いも葛藤も、ほんとくだらない、大したことないものだと思えてくる。

しかし、星が落ちるが如く一瞬の人生だとしても、
数多の流星のうち、私たちの目に届くほんの一握りの箒星ように、
どうせならその刹那に、少しは煌めくときを過ごしてみたいとも思う。
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<冬の大三角に飛び込む箒星>

今夜はふたご座流星群のピークだった。

ふたご座流星群の安定感は実に素晴らしい。
世界各地で流れ星観た!って報告があったけど、Burkinaでも流れる流れる♪

いろーんな人がきっと今の流れ星を観てたんだろうなぁって思うと、ひとつひとつ感慨深い。

出逢いの数だけ別れはあって、
どんなに仲良しだろうがずーっと同じところで同じ時間を共有し合うのは不可能で、
でも、離ればなれのその人も同じ星を見ているかもしれないなぁと思いながら、
なんとなーくでも空を見上げることを忘れずいたら、気持ちはずっと繋がっていられそうな気がしてくる。

今夜は良い夢見れそうだ!
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by nao24d | 2011-12-14 23:00 | 心境

ブルキナファソとフランス

2011.12.04


88日目・ブルキナファソとフランス

Koudougouからの帰り、おそらく旅行者であろう10人のフランス人が乗り合わせるバスでの出来事。

私の任地が近づいたところでひとりのBurkinabéが突然飴を配り始めた。
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<人参糖>
配られた飴は人参糖と書かれた中国製のもの。

受け取った瞬間、これは食べられないかもと思ったので(その味は苦手)、
自分はそっとカバンにしまったものの、
そんな分かち合いの精神があるのかぁ、と温かい気持ちになっていたとき、

後ろの席にいたフランス人の集団が突然騒ぎ始めて、
おそらく学生なのだろうと思われる若い女性が、
口に入れた飴を、たいそう大袈裟に吐き出した。

大笑いする周囲のフランス人たち。
そして、後に続いた者も、ことごとく同じ茶番を演じ、
皆が渋い顔と大笑いを繰り返していた。

先ほどまでの温かい気持ちが、
踏みにじられたような気分。

それを配ったBurkinabéに向けられていた嘲笑なのか、
それとも、飴を作る中国に対してのしかめっ面なのかわからないが、
品が無いあの笑いは決して気持ちの良いものではなかった。


その後しばらくして、
飴を配ったBurkinabéが今度はとあるシロップの説明を始めた。

先ほどのフランス人の言動に感じたモヤッとしたもの、
Burkinabéの行動自体も、100%善意ではなく、、営業の手段だったことがわかり、
高ぶった感情の矛先をどこに向けるべきかわからなくなり、
さらにモヤモヤしてしまう。

が、しかし、しばらくするとすぐに、

案内の用紙を手に取ったフランス人の彼女らが、再び大笑いを始めた、

アロエやなんやらが混ざっているとされるそのシロップの薬効が、
あまりに多岐にわたっているため、そんなわけないだろうという笑い。

昨夜奇しくも、マルシェで売ってるおそらく不認可の薬の話題になったが、
どんな効き目やねん!という話をしつつも、この安い不認可の薬が無いと困る人もいるんだよね、と、
JOCVの間ではそんな風に話が落ち着いたものの、
彼女らの笑いはただただそれを馬鹿にしているように思われた。
(もちろん同じ日本人に対して贔屓目はあるにしろ、それを差し引いても酷かった)

あれを見て、Burkinabéはどう思ったのだろう。

旧宗主国のフランスに対して、Burkinabéの感情は悪い。
何かしらの恩恵を受けているだろうからその言い方は酷いだろうと思うことがある程、
とにかく盲目的にに嫌っていて、韓国や中国が日本に対して時折り見せる強硬な姿勢に近いようにも思っていた。

しかし、今日のあんな笑いを受ければ、その嫌悪感は確実に増幅されて焼きつけられると思う。
今まで具体性を欠いた嫌悪感が、しっかりとした経験則にもとづく嫌悪感に変わったに違いない。

そんな光景を眺めながら、
ソウルの地下鉄で、同じように物売りを始める韓国の人々に対し、
日本人はどんな眼差しを向けているだろうと、ちょっと不安になった。

中・韓の日本への感情も、フランスに対するBurkinabéの感情も、
宗主国側の立場からしか見ない限りいつも疑問だったけど、
今日、Burkinabé側からそれを感じたとき、
「過去」だけが問題なのではなく、そこに+αされたものも影響しているしているのだろうと強く感じた。

いつまで戦時中の話を持ち出して日本を悪者にしつづけるのだろう、なんて思うことがあったが、
過去に対するマイナスイメージだけで生み出された反応ではなく、
どこかで馬鹿にする態度を見せた日本人に遭遇して、それが増幅した結果なのかもしれない。

そう考えると、やっぱり過去の問題を抱えていることは大きなハンデで、
すぐに嫌いのレッテルを貼られる危険性があるのだな、と思った。

私も知らずのうちに海外の人々に嫌悪感を抱かせたことがあるかもしれないが、
既に持たれているマイナスのイメージに、うまくマイナスをかけてプラスにできるような、
ハンデをチャンスに変えれるような、そんな日本人になれたら良いなと思う。
その道のりはかなり険しいのかもしれないが。
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by nao24d | 2011-12-04 22:00 | 心境

正義の味方の功罪

2011.12.01


85日目・正義の味方の功罪

あんなに戦隊モノのREDが好きだったのに、
これは善だと決めた瞬間、どこかに悪が生まれる、
悪は、善によって生み出される、と気付いたときはショックだった。

でも確かに傲慢なほどのおせっかいは、相手を否定しているだけに過ぎない。
善かれと思ってやっているにも拘わらず…

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<デスクで新聞を読む同僚>
ブルキナファソ人が本を上に上にと積み重ねるのは、
棚に立てて並べていく多くの日本人からすると、探しにくそうで、カイゼンしたくなる光景なのかもしれない。
それはどこかで、自分たちのやり方が正しいと思っているからなのだと思う。
でも、彼らは意外にあっさりと意図する資料を引っ張り出すことができ、
彼らには彼らのやりやすい方法があることを知る。

私は彼らの空間認識の仕方が日本人と違うのかもな?と思ったりしていたが、
今日他の隊員と食事をしていて、
彼らがその積み重ねる方式の中で、横に並んだ各固まりに意味を持たせていることに気付かされた。
確かに、年毎の固まりになっていたのは見た経験があったし、
各々何らかのルールで並べていたからこそのあの速度だったのだろう。

しかも、立てて本棚に並べると、まとまりを作るためには何か別の工夫が必要になるわけだ。

このとき私たちのやり方が正しいと思っていては、
彼らのやり方は悪いやり方になるわけで、彼らの方法の良さにも気付けない。
そう思っているぶんには、カイゼンはままならず、
ずーっと彼らのやり方に即した方法も見いだせないだろう。

ところで、
先進国のやり方はみんな良いのだろうか?
先進国の制度は必ず正しいのだろうか?

「ゴミはゴミ箱に捨てないと汚い」というのは、私たちの価値観でしかないのではないだろうか。
「あとで掃除するから問題ない」という現地の人の考えは間違っていると言いきれるのか?

私は正しい、あいつらはできないなんて決めつけて、
援助だからこれは善だと言って、
それは客観的な事実に基づいています…なんてこっちの物差しで線を引いた資料を引き合いにだして、
それじゃあもうほとんど暴力的に支配してるのと変わらないだろ、とも言えなくはないような気がしてくる。

自分のやり方一番主義の人間が、
他人の自分のやり方を全否定するって何か矛盾してるだろ?って思う。

国際協力の現場でそんなあまっちょろい考えじゃ何も変えられないのかもしれないけど、
だとしたら、そもそも何も変える必要なんて無いのかもしれない。

それでも何かしたいなら、
相手が自分でもっとやりやすいやり方を見つけられるように、
こういうやり方もありますよ、ってそっとささやくような、
そして、相手のやり方も尊重し、自分が感動できた部分をコピーするような、
お互いシェアし合うような関係が、
まず第一にリスペクトありきな関係が、
善悪も優劣超えた関係が、

もっと人を育てる気がする。

もっと世の中を豊かにする気がする。

援助じゃない、協力っていうのは、そういうことなのかなって、
なんとなく思った日。
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by nao24d | 2011-12-01 23:00 | 心境

カメラの話

2011.11.28


82日目・カメラの話

ここ数日は12月に発刊予定の隊員機関誌の制作が忙しく、
ブログの更新もおろそかになっているが、
いろんな方の文章を読んでいてちょっと刺激を受けたので、
今日は活動や生活とはあまり関係がないが、
カメラの話をしてみようと思う。

この数日、前述の通り家では隊員機関誌のレイアウトをしている時間が長い。
その中で、ある原稿に添えられていた写真が、すごくきれいだった。
何がきれいか、と言うと"青"がきれいだった。
空の青も、海の青も…

海、という時点で気付く方もいるだろうが、
これらは、そう、内陸国のBurkinaの写真ではない。
沖縄やスイスで撮られたものだった。

モロッコに行った隊員が言うにはモロッコの空は青い、海も青いらしい。
Burkinaでは撮れない青がそこにはあるのかもしれない。
事実Burkinaの空はそんなに青くない。

ただ、これは被写体だけの問題ではない気がする。

それが、カメラの問題。


あまり難しく書いても仕方ないかとは思うが、
一眼や、ある程度の高級デジカメになると、RAW(=生)というモードで記録できるが、
大半のデジカメユーザーはJPEGで撮影しているかと思う
(この話がわからない人はJPEGで記録していると言って間違いないだろう)。

JPEG撮影の際は、例えばシャッターを切ると、
画像の色温度(ホワイトバランス=WBで調整)がある数値に固定されて記録される。
WBが仮にオートだったとすると、
そのときはカメラの判断で画像の色温度が決定されるわけだ。
少し上級者なら、雰囲気に合わせてWBを変更し、
赤みの強い画像にしたり、青味の強い画像にしたりとアクセントを加えることができる。

それと同様に、彩度(鮮やかさ)、コントラストなども、オートだとカメラの判断で決定される。
もちろん、これも同様に予め設定しておくことができる。
そして、画像が出来上がる。

RAWというモードなら、WBなどのパラメータを、
撮影後にPCあるいはカメラ本体の機能を使って、自分の手でひとつひとつ決定していく(かなり細かくこだわれる)。
この作業をRAW現像という。
言い換えればカメラがオートでやっている作業を手間暇かけて自分でやるわけだ
(ちなみに私の一眼で撮った画像は9割以上この作業を経ている)、フィルムの現像のように、1枚1枚。

しかし、繰り返しになるがJPEGの場合は、撮影前に設定は出来るものの、
撮ったものにあとから手を加えることが基本的にはできない。
もし仮に修正するとすれば、その作業は現像ではなく加工で、もとの画像に比べて劣化してしまうのだ。

つまり、RAWは現像で私好みの仕上がりに、
JPEGはある程度設定はできるにしろ、基本的にはカメラの、というかメーカーの好みの仕上がりになるわけだ(加工をしない限り)。

最近、
このメーカーの好みの仕上がり、というのが各社なかなかバラバラな気がするようになった。

それが、冒頭に挙げた「青」でより明確に差が出るように思われる。

オート任せにしたとき、
基本的にFUJI、PENTAXは鮮やかで、個人的にはかなり好みの仕上がりになる。
Canonもバランスが良い。

でもNikonはちょっと違う気がする、重いトーンになるような。

夜景には昔からCanonが強いと言われているし、
私がたまに取り組む星景写真の分野は、業界ではほぼCanonユーザーと言われる。

そうやって考えたら、
ときどき自分でもなんでNikonなんだろう?と思うことがある。

その理由としては、
最初の入口がNikonで、今更他社に移行できる経済力も無い、というのもあるが、

なんとーなくNikonのシャッター音や、本体・レンズのフォルム・デザインが好きだという、
出来上がる画と関係無い部分での好みのせいなんだと思う。
最初にNikonを選んだのは、事実、企業イメージ+そういう部分が由来だった。

カメラってやつは、
持ってなければ当たり前だが何も撮れないわけで、
持ちたくなるデザインや、撮りたくなるシャッター音っていうのは、
画素とかなんとかって画質面のスペックより重要なのかもしれない。

新聞社で採用されるカメラマンは、
カメラに詳しい人より、オートで撮りますって人の方が好まれると聞いたこともあるくらいで、
報道業界なんかでは、構図うんぬんこだわって瞬間を逃す人より、
オートでも何でもとにかく撮りまくる人が重宝されるとか…

これは完全にデジタル時代ならではの発想だが、
でも確かにある程度良いカメラになってくれば、
もう誰が撮ってもある程度のクオリティのものは写せるわけで、
そうなると、差がでるのは、その場にカメラを持ってるかどうか、
つまりここぞというタイミングでカメラを持っているかどうかということになってくる。

カメラってのは何より持ってることが重要なのである。

そう思うと私は、「青」が美しい他社の画像を見ても、
やっぱり行きつくところ自分のカメラが好きだなぁとしみじみ思うわけで、
結果、重たいし、色にはちょっと思うところがあるのに、やっぱりそれが手放せないでいる。
断然持ちたいカメラはNikonなのだ。

もっとNikonのクセを究めれば、たぶん「青」の問題も解決すると思う(JPEGでも、きっと)。
しかもフィルム愛好家がセルフプリントするように、RAW現像という作業もまんざら嫌いではない。
そんな手間がかかるところがかえって愛おしいというか…
それに音やらデザインやらが好きで持ちたいと思えるカメラだからこそ、
実際いつでも持ってたわけで、そのおかげで切りとれた瞬間も多い。

青がきれいに写せることで、そのカメラを持ちたい、そう思って、撮りたい瞬間にそう撮れているとすれば、
そのカメラがその人にとってベストマッチ。

私は"やっぱりNikon"というキャッチフレーズを鵜呑みして、舞い上がって、
いつまでも持ってたいからカメラだからいつも持っていることができて、撮りたい瞬間に撮れている。
で、撮り終わって"やっぱりNikon"ともう一度思うわけで、
それもまたある意味ベストマッチなのかなぁ、なんて思っている。


みんなの文章に刺激を受けたと言って書き始めたのに、
読み返すとひどくまとまりのない文章になってしまった…

カメラにもいろんな個性があって、
結局こうやって一口では語れない

とそんなことが言いたいわけではなかったのだが、

言いたいことがまだまだ尽きないので、ここで終わっておくことにしよう。

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<叩く男>
今日の写真ではないけど、再赴任後一番の"やっぱりNikon"な1枚(レンズ純正じゃないけど)
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by nao24d | 2011-11-28 23:00 | 心境

En écoutant la chanson de "Let it be"

2011.10.12


35日目・En écoutant la chanson de "Let it be"("Let it be"の唄を聴きながら)

退避前に注文し、納金も済ませていたのに作ってもらえず仕舞いだった机があったので、
この数日そこのアトリエに通い、職人に交渉を試みていたのだが、
ずーっと留守で、電話も繋がらない状態だった。

今日、他のアトリエで彼を見つけ、
問いただそうとしてみたら、
それは彼ではなく、そっくりなお兄さんだった。

聞くと弟は逃げてしまって、
私と同じような苦情が後を絶たないらしい。

Burkinaではこういう場合、お兄さんといえどもお金を返してくれたりはしない。
連帯保証人、みたいな考えは聞いたことが無い。

しかも、奥さんの治療費が必要でとんずらしたとかで、
もはや何も言う気力が無くなってしまった。

そういう窮地に陥って、
世の中的に悪いこととされることをしなければならないというのは、
本当に切ないというか、やりきれない感じがする。


先日、そう言えば老人が我が家を訪ねてきたことがあった。

うちは病院のすぐ裏手で、日本人だし目立つからついてきたのだろう。
薬が買えないから、お金を恵んでくれ、ということだった。

意地悪したくて言うのではないが、この街には生活費の振り込まれる銀行がなく、
移動が制限されている今、次回上京時まで残金のみで生活しなければならない私は、
3万Fcfaの残金しか無い状況で、2万Fcfaの要求はとてものめるものではなかった。

もちろん、それが彼の生命に関わる問題だとしたら、という不安はよぎった。
そして、(援助してくれる額なら)少しだけでも構わない、と粘られてしまった。

が、では、そこで仮に彼を救うことを選んだとして、
今後、他の街の人たちからも、あの日本人は助けてくれる、とたかられてしまうことになれば、
私はその葛藤を、今後幾度となく経験しなければならなくなるのではなかろうか?

そんなことを思って、
私は結局1銭も渡さず帰ってもらうことを選んだ。

日本でもそういうケースは無いとは言い切れないけれど、
ここではそんな、自分の選択が生死を分けるかもしれない、
なんていうシチュエーションが幾度となく訪れ得る。
これはかなりヘビーな状況。
正直、どうすることが最善なのかさっぱりわからない。

それは一番目をそらすべきではない、アフリカの抱える闇の核心を突くような問題で、
頭では、逃げてちゃいけない、とわかってはいるけれど、
できれば知りたくなかった、出逢いたくなかった、考えたくなかった、そんな気がする問題。

私はどうすべきだったのか、
今後はどうしていくべきなのか、
世界はどう変わっていくのか、
変えていかなければならないのか…

そんなことを考えていたら、
なぜか今日はLet it beばかりが頭の中を流れてしまう。
There will be an answer "Let it be"

きっとそういう意味のLet it beではないような気がするけど、

あるがまま、そのままにしておくしかない、
結局、悩んだところで今の自分にはそんな手段しか取りようが無いみたいだ。
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by nao24d | 2011-10-12 23:00 | 心境