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La vie du Burkina. Jour:241

2011.02.17


La vie du Burkina. Jour:241・Burkinaの小学校

最近活動で小学校に行くことが多い。
私が特に何かを教える訳ではなく、99%カウンターパートが話をしており、
私は補助と言うか、居るだけと言うか…なのだが、
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<カウンターパートの授業風景>
一応、子どもたちの関心をひいたり、授業の中で気になることをメモしたり、
より良くなるように小道具を使うことを薦めたりしながら、街の小学校を回っている。


今日は、その際に授業風景や学校の様子を写真におさめたので、
それを少しお伝えしようと思う。
Burkina Fasoの学校の雰囲気が少しでも伝われば幸いである。


日本で子どもたちが発表するときは、挙手をすると言うのが一般的だと思う。
Burkinaはそれに加え、指パッチンをする。
そして、Moi,moi!(もあ、もあ!:私に、私に!)と連呼しながら、
ときには立ち上がっててでもアピールする(静かに手だけ挙げなさいと担任には注意される、)。
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<指パッチン>

そして、いつも謎なのだが、
当てられた子どもはさっきまでの威勢を突然失い、俯いて恥ずかしそうに発表することが多い。
というか、必死でアピールした割にど忘れする率もめちゃくちゃ高くて、思わず笑ってしまう。
そんなときの子どもたちの困った顔が可愛い過ぎるのだ。


教室には大体80人はいる。
たまに、どっかめちゃくちゃ人数の多い学年だけ2クラスあったりするが、
基本1学年1クラスしかないから、必然的にそうなる。
100人越えも良くある話。
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<混みこみの教室>

それだけの児童を管理する教師は本当に大変なわけで、
私はまだ見たことが無いが場合によってはムチが登場して、体罰が行われることもあるらしい。
飴とムチとかって言うけど、本物が出てくるって恐ろしい。
教員の確保や、学校の増設など、学習環境の改善が待たれる。


アフリカではノートが無くて、みんな広告の裏で…みたいなイメージがあったけれど、
ノートやボールペンは安くは無いけど学校に通う子たちならば普通に買えるようで、
人数分ノートが無い、という状況は見たことがない。
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<ノートを取る子どもたち>

ただ定規などは折れたものをそのまま使っていることが多く、
それを見るとちょっと苦々しい気持ちになる。

反対に日本では見かけない少し面白い持ち物もある。
それは一人ひとりのmy黒板。
計算用紙の様に使ったり、発表するときに使ったり、
いろいろな用途があるのだろう、なかなか便利そうなツール。
消すときには水で濡らしたスポンジを使っている。
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<ミニ黒板>

だがしかし、スポンジや水が無いと舌で舐めて消すこともあるそうで…

衛生教育!手を洗いましょう!とか言ってるのに、
その数時間後に子どもたちがダイレクトにチョークの粉舐めてると思うと、
ワレワレハ、イッタイ(何しに来たんだろう)???ってなる。


学校によっては給食がある。
しかしKoupélaでは残念ながら全ての学校に給食が行き渡っているわけではない。
給食が食べられるだけでも学校に通うモチベーションが上がるので、
これも全学校で実施されることを願ってやまない。
給食のある学校では、子どもたちが授業に入る前に、自分の給食用の蓋付き(砂防止)容器を教室の前に並べておく。
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<カラフルな容器>
そうすると保護者の誰かがみんなの分をまとめて作って、
お昼までにサービングしておいてくれる。
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<豆ご飯サーブ中>
この給食は、赤十字や、先進国のドナー、WFP(国連世界食糧計画)などが援助しているようだ。
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<ドナーのステッカー>


校庭には公立なら国旗がはためいている。
これは毎朝、国歌に合わせて、掲揚される。
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<国旗>

日本よりも国旗・国歌に対する愛着が高い気がするがこれは何故だろうか?

80年代に今の国名、国旗になったBurkinaだけに、
自分たちがどういう過程を経て今の国を創り上げてきたかが明確で、
その分感情移入できるのかなぁなんて考えたこともあるが、

日本で国旗掲げてたら、右翼か?ってイメージするようなところがあるから、
独裁政権が、Burkina万歳!大統領万歳!な雰囲気を維持する為に使ってるんじゃないかな、
なんていう偏った目で見てしまうこともある。
教育現場が洗脳には一番効率の良い場所であることは確かだし。
安倍政権のころの愛国心、美しい国ってフレーズを思い出す。


脱線した話を元に戻すと、
1日の始まりと終わりには国旗の掲揚・降納以外に、
掃除も行われている。

綺麗好きなBurkinabéらしく、
子どもたちも熱心に黒板を消したり(これも水とスポンジ)、
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<黒板消し>
天井まで埃や蜘蛛の巣を取ったり、
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<天井の埃落としと、蜘蛛の巣取り>
あちこち掃きまくって綺麗にしている。
最後、ゴミをぜーんぶまとめて燃やしているのが気になるけれど、
でもこの習慣は素晴らしい。
それだけに処理の手段を何とかしたい。


あと数点、箇条書きで。
校舎はブロックを積み上げて作られている感じで、屋根はほとんどトタン。
トタンの下に木の天井があるところもあれば、そのままのところもあり、後者だと中がすごく暑い。

黒板はセメントにペンキが塗られただけ。
磁石はくっつかないし、前に掲示するには、黒板の上に紐が吊ってあって、そこにクリップでぶら下げるしかない。

窓はガラス無し、埃がすごいので教室は毎日掃除しても砂だらけ、
風が強いと閉め切るので暑いし暗い。

照明のある学校はわずか。

落第制度があるので、進級試験に受からない子どもが混ざっていて、各学年の年齢構成にはかなり幅がある。

教職員は女性が多い印象。
お金持ちなのかバイク利用者が多く、服装も非常にきらびやか。
子どもの服は良く肩に穴が空いていたりする。

木曜日と日曜日が休み。土曜日は午前中授業。
しかも土曜は担任の気まぐれで1時間くらいで終わることもあり、
実質4日でカリキュラムをこなすことになる。
こなせているか、甚だ疑問。

新年度は10月スタート。
3学期制。
各学期の間に短いバカンスが入る。
7月~9月は長期休暇。
なお、10月は登録手続きに手間取り、ほとんど授業にならない。

学費は公立は無料。
しかし年間2000Fcfaくらいの保護者会費がかかるらしい。
日本円で400円くらいだけど、それでも通えない子が多い。
理由は金銭面だけではないからだろう。
成人識字率は30%以下。

以上今までに私が見た・聞いた・知ったBurkinaの小学校・教育事情。

さらに詳しくBurkinaの小学校・教育事情を知りたい方は、
同期の小学校教諭隊員のBlog、
MUKKU!TAKAYA-KUN!
★BIG塩ちゃんの大冒険★
にアクセスを。

写真11枚も頑張ってupしたな。
オマケにもう1枚。
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<良く頑張りました!拍手!>
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by nao24d | 2011-02-17 23:00 | 活動・配属先

La vie du Burkina. Jour:240

2011.02.16


La vie du Burkina. Jour:240・割礼

注:読み進めていくと2~3歳児くらいの男性器の写真あり。

日本では聞かない習慣、儀礼。

「割礼」

男性器先端の皮を切るという、日本人の我々には考えただけでもぞっとする行為。
全然なじみが無いから、ちょっとwikiってみたけれど、
ほとんどは宗教上の成年男子への通過儀礼としての儀式だそうだ。
wikiにはBurkina Fasoは割礼を行う国として表記されていないが、
Burkinaでも当たり前に行われている。

前に職場の敷地内に住んでいる県局長の一家の誰か(イマイチ家族構成がわからない)が出産し、
その赤ん坊が、生後2ヶ月くらいになったときに、
白い、いや赤いガーゼがぐるぐる巻きにされていてハッとしたことがあった。

そのときの、
「今日切ったのよ、あなたもやったでしょ?」というマダムのひとことには、
私はただ絶句するだけだった。

この子の場合は病院でやってもらったみたいだけれど、
村落部ではその辺のおじさんやおばさんが切るらしく、
当然感染症などのリスクが高いわけで…想像しただけでも恐ろしい。

てかまず、その瞬間だけで十分過ぎるくらい痛々しい…

ただ、Japonais(ジャポネ:日本人)はそんなことしないよと言ったら、
人によってはあら不潔、と言うこともあるらしく、
切ることによって性感染症などのリスクが下がる指摘もあり、
そういう意図で行われるものも確かにアメリカなどで見られるらしい。

ここでも多少そういう意味があるみたいだけど、
いや、
アメリカとは衛生状況が天と地だろうよ…

ちなみさっきのマダムに対して言葉を失ったのち、
なぜか「未だ」と答えてしまった私は、
「ならあなたはGarçon(男の子:Boy)ね」と返された。

2ヶ月の子どもよりもGarçonだったら、私はbébé(ベベ・赤ん坊)だろう…
なめられた感じだったけれど、私は切られるくらいならbébéと言われるほうを選ぶ。
大人になんてなりたくない!(大人に幻滅したみたいな言い方になってるけど…)

それから数ヶ月し、昨日…
たまたま活動で行った小学校に2~3歳くらいの男児が全裸でいて、
ついにガーゼ無しのモノを見るに至ったのだが…
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<見た目大人でサイズ子どもというか、なんか途中ぐちゃぐちゃなってません?的なquelque chose>
明らかに何かがおかしい。
wikiでもその画像が見れるのだけれど、完全にそれと違うなんかやばそうなフォルム。

これだと医学的にもマズいんじゃないかと真剣に思う。


女性器切除ほど大きな人権問題になっていないとは言え、
よくわからないうちに切られることが男性差別という意見があったり、
医学的効果も良し悪し両面あると思うから(ってか、ここでは明らかマイナスが大きいだろう)、
私は、産まれたまんまにしておこうぜ、と改めて言いたいと思った。
必要だから付いて産まれてくるんだろうが!
それでも切りたきゃ各自の判断に任せるべきだ!

ピアス空けることすら恐ろしいと感じる私は、日本に産まれて本気で良かったと思う。

あー、いたい、いたい(また想像してしまった)。
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by nao24d | 2011-02-16 23:00 | 宗教・文化・習慣

La vie du Burkina. Jour:239

2011.02.15


La vie du Burkina. Jour:239・救援物資到着

実家から荷物が届く。

しかし、何やら袋で覆われていて、
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<嫌な予感>
それを剥ぐと、出てきた箱は完全にナイフで切り刻まれた感じ。
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<無残な姿>
最初お好み焼きソースの破裂かと思ったけど、
空気が入る穴のあるものにまで、別の穴が開いていたのでこれは完全に開けられたもの。
航空便は比較的安全って聞いたのに、結局比較的ってだけで安全では無かった。

しかも航空便のくせに3カ月かかったし…(前回3週間程だったのに)

鮭フレークの瓶がぞんざいに扱われたせいで割れたのだろうか、
容器の包装になってるビニールのラベルと、ソースまみれになった中身のフレークの残骸がポロポロ。
抜かれたのはその瓶くらいなのかな?

他のものはソースでどろどろか、穴が空いているかで…
ゆかり、変なところから漏れる。
シャワー用のあかすりタオルも茶色になってて…

同期のO氏とも話してたけれど、
こんなことが平気で起こるBurkinaは消費者が非常に弱い立場なんだろうなと思う。
確かにバスが故障して立ち往生したときも(5分の1くらいしか進んで無かった)、
「他のに乗り換えるから、乗って無い区間の代金返せ」と言っても通じなかったし、
遅延しても何してもバス会社には逆らえない。
銀行は職員余ってるのに窓口ひとつしか開けなかったりして、1時間待ちとか…
それは水道会社でも電気会社でも同じ。
そんなことが茶飯事。

サービス業のクオリティが低すぎる。
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<今回の生存者>
まぁそんなこんなで結構カリカリすることも多いが、
今回は日本の味がなだめてくれたわけで…

前に塩昆布来た時も書いたような気がするけど、
美味しいものは幸せを運んでくる。

唯一のお菓子、チョコボールキャラメル味。
懐かしかった。
そして美味かった。
よく考えてみると、これは60円もする高級お菓子(いつもの1食より高い)。
「60円もする」の感覚、日本で生活するほとんどの人にはわからないだろうが…
チョコだけに1日遅れのハッピーバレンタインだった。


実家からの荷物とは別に、生物多様性フォトコンテストの入選作品の冊子も届いた。
入選したのが恥ずかしいと以前ツイッターで嘆いていたように、
公表欄に写真の技術がいまひとつとばっちり書かれている、by国連大学の副学長さん。痛すぎる。

それでも入選したのはテーマを的確に捉えていたからなのだろうか。
それだけに、もし、あの場面をコンテストの為に狙って撮ってたら…と思うと惜しい気もする。
コンテストの為に撮るとそれはそれでヤラセみたいな、いやらしさが出てしまいそうだけれど…
少なくともあれはただの記録で「作品」では無かった。

反省ばかりだけれど、最初にこれが結果として残るわけだから、
いつもこれを戒めに「作品」にできるものを撮っていきたい。


荷物、一気に2つ来るより、
若干間隔を空けて来てくれたら、
ワクワクも2回できるのに…

届いたからこそ言えるわがままだけど。

現在、船便待ち(3か月経過)
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by nao24d | 2011-02-15 23:00 | 任地・生活

La vie du Burkina. Jour:238

2011.02.14


La vie du Burkina. Jour:238・アチャケ

先週上京した際に、ソフトふりかけを2袋と食べるラー油(ほんとにありがとうございます)を頂いたので、
土日は白ご飯avecふりかけを堪能♪

しかし最近はめっきり外食の頻度が上がり、
日頃現地食を口にすることが増えてきたので、
今日はそのひとつアチャケを紹介しようと思う。
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<任地一のアチャケ屋・看板娘>
・名称:アチャケ(アッチャケと聞こえることもある)。
・オリジナル(発祥国):隣国コートジボワール。
・材料(原料):キャッサバ(地理の時間を思い出す響き、日本ではタピオカの名前でよく目にする)

キャッサバは、そのままだと毒があるので毒抜きの作業が行われ、
その後、潰して乾燥させて、粉状にしたものを蒸すという工程を経てアチャケになる。
結構手間暇かかった料理。

味には、人によって消しゴム食べてるみたいだとか、
大量にかけられる油の酸味(油は大抵酸化してる)で気持ち悪いとか、
批判的な意見もあるものの、

一緒に盛られた揚げた魚と、
角切りのトマトやきゅうりや玉ねぎ(どの野菜がどのくらい入ってるかは旬か気分でか毎日変わる)、
そして味付けの油と塩と、トウガラシの入ったソース(これも大半が油)を混ぜて食べると、
それなりに美味い、ような気がしてきた=味覚が変わってきた。

1食は100Fcfa=20円くらい。
トッピングの揚げた魚は部位とサイズによるけど、10円から40円くらい。
大体30円くらいで済ませている(自炊よりも安い)。
ちなみに写真用に今日は30円の魚をのせたからこれで50円。

現地の人はみんなそんな感じの食事(か、もうちょい減らす)をしている。

ちなみに、このお店のアチャケは週に2回くらいのペースで食している。
それとあともう二軒、これに豆とご飯を混ぜたベンガって料理をアチャケにミックスしてくれる店があって、
そこをそれぞれ週1・2回利用している。
それで週5アチャケ。

ちなみにちなみに。
それ目当てではないけれど、看板娘が一番かわいいのはここである。
外食の良さはそこでの現地人とのコミュニケーションだったりするわけで…


そういえば、バレンタインデー。
みんな自覚はしていたみたいだけれど、全くどうってことない普通の月曜だった。
むしろ今週は水曜のイスラム生誕祭の方がでっかい行事っぽい(祝日だし)。

同期の同任地の女性隊員には、
こちらから逆チョコ的にビサップ(ハイビスカス)ジュースをあげてみた(前から買いたい、飲みたいと言っていたので)。
しかし、まぁ、ただおごってくれたくらいにしかなってなさげだった。
言わなきゃわからないか…確かに、バレンタイン商戦とかないと、忘れてしまうよねぇ…苦笑
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by nao24d | 2011-02-14 23:00 | 任地・生活

La vie du Burkina. Jour:237

2011.02.13


La vie du Burkina. Jour:237・教会へ

今日はSalomon氏と教会に出かけた。

彼とは12月に同期H氏(BamaのH氏≠GarangoのH氏)の任地Bama(Burkina西部の街で国内一番の米どころ)で出遭った。
もともとKoupélaの人なのだが、親戚が米作りの為にBamaに移住していて、彼は偶然そこを訪れているところだった。
そして同期H氏がとてもお世話になっている農家さんがSalomonさんの親戚一家だったわけで、
私もタイミングよく彼女の任地を訪れたところ知り合えた、という不思議な縁がある。
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<不思議な縁、H氏とSalomon氏(H氏の向かって右側の男性)>

Koupélaで一番大きな教会はカトリックのもので、これが自宅のすぐ近くにあるのだが、
彼はプロテスタントで、マルシェや市役所の近所の小さな教会まで行くことになった。
半年のKoupéla生活だが、ここは初めて訪れた場所だった。

ミサの様子をざっくり紹介すると…

あれを賛美歌というのかはよくわからなかったが、
所謂ゴスペルとは違う、なんともアフリカンな感じのキーボードとドラムで演奏されたクリスチャンソングを何曲も唄い、
フランス語と英語で聖書の講読が行われ(ちょいちょいギャグみたいなコミカルな動きが入る)、
あーめん、あーめん、あーめん。
隣人と握手。

そんな感じ。
途中で自己紹介させられて、良くわからないまま歓迎されもした。

感想は、
日曜って安息日じゃなかったっけ?ってツッコミたくなる程、終始パワフルで、
休んで元気を蓄えるというより、勢いで来週も頑張ろうぜ!的な雰囲気だったなぁと思う。

毎週は遠慮したいけど、日本ではあまり目にしない文化を垣間見れる面白いところだった。


私にはキリスト教の細かい宗派の違いはわからないが、
Burkinaで感じるキリスト教はかつて韓国で感じたものと似ている気がした。

どちらの国でもプロテスタントは布教活動に熱心で、
またその教会に居る人たちは底抜けに明るいようなイメージだ。
ほら、こんなに素晴らしいからあなたもイエスさまを信仰しましょうよ!と言わんばかり。

カトリックはもう少し静かに信仰しているイメージがある。
明るい人柄、というより穏やかさを感じる。
布教している姿もあまり目にしない気がする。

そしてBurkinaで初めて出遭ったイスラムは、
日本にいるときの過激なイメージとは違い、これもまたかなり静かなものに感じている。
キリスト教はときにはバスに乗り込んで演説を始めることもあるらしい(確かに韓国ではそういうことがあった)が、
イスラムに関してはそういったことを聞いたことがない。
ただ彼らは1日に5回のお祈りを、街のいたるところで、ときに集団で行う為、それが無言の布教活動になっているのだと思う。
これが最初はものすごい異様な違和感のある光景だったが、最近はものすごく高尚で綺麗な動作に思える事がある。

このように宗教に触れる機会が多いから、自ずと宗教に興味が湧いてくるが、
とどのつまり私はやっぱり仏教や神道のもとで育ち、それに関しても曖昧にしか信仰していないのが現状だから、
結局のところ「唯一絶対的な神」というのを、にわかに信じられるようにまではならない。

世界で神が多くの人の支えになっているけれど、
私が誰かを支えにする事があるとしたら、それはいつも知ってる誰かでしかない。
人の温もりの方が、神の存在より確かに感じられるからかもしれない
(私も神頼みを一時の心の支えにはするのだけれどこれは少し意味が違うだろう)。

しかし神を支えにするのは根本的に人間が間違うから。
間違いを犯す人間をどうして信じられるのか、という理論だ。

もちろん神のような超越的な存在もありえる気がする。
けれど不確かな絶対、これがどうしても私には信じれる対象とならない。

ときには裏切られることがあるにしろ、人の存在は確かだ(私の中では神よりも)。
だから本当に信じられる人と出会えればどんな神でさえそれに勝るものは無いような気がする。

信じれる人がそんなに多く無いから、あぶれてしまって結局神を信じる人が多いのかもしれない。
けれど、それでもどこかにいるであろう自分の支えとなるパートナーを探し続ける道が、私の人生観にはぴったりくる。

信じれる人と出遭わせてくれるのも神だ!
冒頭に書いたSalomon氏との「縁」もパートナーとの「縁」も神が仕組んでいる!
となると堂々巡りでもう言い返せないが(しかも「縁」ってのを信じてたりするし)、

ま、あくまでこれは私の個人的な意見。

世の中にはいろんな考え方をする人がいる。
それを否定はしない。
私の思うことも明日には多分微妙に形を変えているだろうと思う。
だから、そういう宗教もあるんだな、となんとなく自分のフィーリングでつかんでおけたらと思う。
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<バイブル>
「自分と異なる人を悪くいう人に立ち向かおう。本を燃やした炎で未来は照らせない。」by潘基文
(国連事務総長・2010年:コーラン焼却事件に関して)
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by nao24d | 2011-02-13 23:00 | 宗教・文化・習慣

La vie du Burkina. Jour:236

2011.02.12


La vie du Burkina. Jour:236・大人の社会見学

BurkinaのJOCVには部会活動と言われるものがあり、
教指部会、医療部会、農業部会、環境部会、青少年部会(仮)などに分かれて、
隊員相互の意見交換を図ったり、共通の課題に取り組んだりしている。

活発な部会もあるものの、あいにく環境部会は活動頻度が高くなく、
この週末が私の赴任以降初めての部会活動となった。

今回の活動は、首都Ouagadougouのゴミ処分場の視察。

正直この国の地方のゴミ処理はお金が無いなぁというのを実感するばかりで、
まさか首都にだけ優れた施設があると思いもしなかったので、処理場と言う名の施設があること自体意外だったが、
行ってみて、さらにその驚きが増した。

まず入ってすぐ、パッカー車(ごみ収集車)を見た。
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<パッカー車>
このパッカー車がどれだけゴミを運んできたのかがわかるように、
車全体の重量を測る装置が備えられていて、写真はちょうどそこに乗り上げているところ。

ゴミ処理場全体は70ha、しかしゴミの埋め立てスペース自体はそこまで広く無い。
実際当初埋め立て用に確保された6区画のうち、5つは山盛りになっており、
現状のままでは2012年にいっぱいになるらしく、
新たに2区画増設するという話だった。

ちなみに1区画がいっぱいになるのに1年という話だから、
今後もどんどん区画整理されていくことになる。
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<ゴミの山・Burkina版スモーキーマウンテン>

ゴミ処理には非常にお金がかかる。
そこで資金はどのようにして調達しているのかと尋ねたところ、
官公庁やホテルなどが高額の処理費用を出しているとのことだった。
持ってるところから取るというのは日本と同じだが、年間数百万円てBurkinaにしては高すぎると思った。

だが、たとえばそのゴミの山からでる汚水(土壌や地下水を汚染する)を処理する技術が導入されていたり、
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<酸素を送って微生物を活性化させ(好気分解)、汚水を浄化するシステム>
コンポストが実践されていたり、
プラスチックリサイクルが行われていたり、
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<廃プラスチックの山>
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<廃プラを粉砕したもの及びその加工品>
お金かけてる分、先進的な取り組みも垣間見れて、
やるなー、Burkinaと、思った次第。

ただし、そのプラスチックの加工の過程で、
ダイオキシンやらなんやら出してるんじゃないのかなぁと、
若干不安に思った。
あいにく土曜日で、加工の工程が見られなかったけど、
高温で処理できるようなプラントは見当たらなかったし…

また機会があれば、ここを訪れてみたい。
今度は平日に。

おみやげに各自廃プラ製のゴミ箱を頂いて、
日本の大人の社会見学のような気分を味わう。
個人的に廃プラ製の文房具も購入したので、
任地の学校での環境教育の際に紹介してみようと思った。
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<廃プラ製文房具セット(120円)>
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by nao24d | 2011-02-12 23:00 | 活動・配属先

La vie du Burkina. Jour:232

2011.02.08


La vie du Burkina. Jour:232・くつとカバンとカメラと

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<派手な洗濯物>
ブルキナに来て半年以上が経過し、
日本では下着としてしか着なかったタンクトップの着用頻度が随分上がった。
あとはサッカーのユニフォームや化繊のポロシャツ。
何を着るか決める基準はほとんど涼しいか、洗いに強いか、すぐ乾くか。
ファッション、何ですかそれ?って感じになりつつある。

パンツも現地の布を買って仕立ててもらったパジャマみたいな楽なものをよく穿く。

女捨てて半年、なんて同期が言っているのを聞くことがあるが、
自分も見られることを意識してはいない日々。
男だから多少救われてる気がしないでもないが、帰ったら流行遅れになるのは間違い無さそうだ。

でも考えてみると、これは今に始まったことではない。
同世代の友人と比べると、服装にこだわりがなかった方だろう。
かけられる程無かったからかもしれないが、ずっとお金をかけなかった。

そんな中、比較的お金がかかっていた部分を挙げるとしたら、
それは靴と鞄だろうと思う。

靴はとにかく機能性重視。
服に合わせて違う靴を履くと言うより、
今日何をするかによって履く靴を決める。
購入の際もかなりこだわって選ぶ。
靴の機能に関してはあまり妥協しない。
ただ、ここに来るとき、歩きやすい・走りやすい靴を持ってこなかった。
それが最近少しストレスになっていたりする。
サッカーするときはこれ、野球のときはこれ、バスケはこれ、ランニングはこれ、
山はこれ、平野はこれ、水辺はこれ、街はこれ、村はこれ、
フォーマルなときはこれ、カジュアルなときはこれ、
本当ははそれぐらいわけたい。
そんなニーズが満たせる程、こっちの靴屋は融通利かないけれど…

鞄もサイズやどれだけ部屋数があるか、
ちょっとした違いがあるものをいくつも持っていたい。
これに関しても自分の思い通りにいくつも鞄を持って来れなかったから、
やっぱりストレスがある。
かわりに遠出するときの鞄の詰め方は、それなりに上手くなってきたが…

装備という点でもう一つこだわりのあるものはカメラ。
交換レンズがもっと欲しい…
60mm位のマクロレンズ、魚眼、300mm以上の望遠、明るい広角。

こうやって所持品の嗜好を見つめ直すと、自分は遠出や冒険が好きなんだろうと思う。
そして自分がどう見られるかというより、
自分が何を見たいか、何を発見できるか、を何となく重視しているのだろうと感じる。

週末は、
非日常的なモノ・日常を少しだけ彩るモノを切り取り(カメラ)に、軽いフットワーク(靴・鞄)で。
これが理想。

アドベンチャーゲームやRPGの装備に鞄と靴も追加したら、リアリティが上がる気がするな。
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by nao24d | 2011-02-08 23:00 | 任地・生活

La vie du Burkina. Jour:229

2011.02.05


La vie du Burkina. Jour:229・衛生教育@Diébougou

前日誕生日を迎えたパパの活動を見学。
一つは病院での5S-TQM推進活動。
トヨタ式改善の病院での応用。
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<5S-TQM推進活動ポスター>

そしてもう一つが、
先輩隊員(職種・青少年活動)と看護師隊員のパパ、そしてパパのCP(カウンターパート)による衛生教育。
この日のテーマはゴミ問題。
ちょうど自分にも大きく参考になるテーマだった。
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<板書する児童>
小学校での授業だったのだが、
気になったのが前日の隊員同士の食事中にも話題になった、
「燃やすか、燃やさないか」の議論(高温の焼却炉などは無いものとして、燃やさないものは埋める)。

この授業では日本で言うところのレジ袋は燃やすと教えられていた。

自分はBurkinaに来て以来、このゴミ問題を中心に据え活動を考えており、
その中で学んだことを総合すると、個人的にレジ袋は燃やすべきではないと考えている。
理由はダイオキシンなど有害なガスが発生するため。

ただそれでどうするかと言われれば、
結局のところどこかに埋めるしかないということになる。

他にも家畜の糞、生ゴミ、骨など、
燃やすか燃やさないかって選択肢では片付けにくいものもあったし、
壊れたハサミももえないからと言って埋めてしまうのが良いのか。

これだけで1時間、いや数時間にわたって話せるくらいの内容。

それどころか、
日本では分別制度に別段大きな疑問も持たずに暮らしてきたが、
本当にそれで良いのか、悪いならどうして処理していくべきなのか、
改めて考え直す必要のある問題だと思った。

自分なりにも考えてみて、専門家の方にも伺って、
そして環境系の隊員にだけではなく、
こうした衛生教育を行っている医療系の隊員や、
子どもの前に立つ教育系の隊員にも共有できればと思った。

良い機会だから、Burkinaのレジ袋(プラスチック袋)に関して、
今現在の自分ならこう教えるかな、と思う内容を記しておく。

以下→
プラスチック袋は、燃やすと有害なガスを発します。
かと言って埋めても少なくとも400年以上は風化しないと言われています。
ではどうするべきなのでしょうか?

一番の方法はそれをゴミにしないこと。
作らないこと、使わないこと。

もし使うならば、何度も使用すること。

どうしても使えなくなったらなら、それを繊維をしてリサイクルします。
私が使っているこのカバンや財布はプラスチック袋を利用して作られています(と言って見本を示す)。
←以上


他の隊員の活動を見るというのは非常に良い刺激になる。
特に、同じ問題に関して別の見方もあるということにはなかなか気付けないから、
職種を越えて話し合う機会がもっと増えても良いのではないかと思った。
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by nao24d | 2011-02-05 23:00 | 隊員・事務所

La vie du Burkina. Jour:228

2011.02.04


La vie du Burkina. Jour:228・Bon Anniversaire!

同期のM氏は駒ヶ根時代からいつもお世話になっている方で、今日は彼の誕生日。
朝少し働いたら、彼の任地に行ってこようと思う。

ささやかながらプレゼントに絵を描いてみた。
d0159222_10551914.jpg
<同期M氏の似顔絵>
わりと上手く描けた気がするが、果たして喜んでもらえるだろうか。

ちなみに本人はこんなお顔(駒ヶ根時代)。
d0159222_1105316.jpg
<親馬鹿パパ>

お誕生日、おめでとうございます。
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by nao24d | 2011-02-04 02:00 | 隊員・事務所

La vie du Burkina. Jour:227

2011.02.03


La vie du Burkina. Jour:227・隣の芝

同期のキリバス隊員からリレーコラム(各国の代表が月3位のペースで順番に書いてて13回目)が来た。
同じ班で寝室が隣だった彼は、22年度1次隊で唯一のキリバス隊員だった。
しかし今現在、彼は隊次関係なくキリバス唯一の協力隊員らしい。
d0159222_23385374.jpg
<平成22年度1次隊・駒ヶ根生活班1班男性>

日本人がいない環境。
自分も韓国で一回経験してるけど、「途上国」でとなると不安な気がする。

ただ、それを逆手に彼は世界中の国際協力の仲間を友だちにしてしまった。
もともと語学訓練免除になるレベル位英語が出来た彼は、
おそらくコミュニケーションには困らないのだろうけれど、
世銀の関係者とかUN系の方とか、すごいバイタリティ。

同期の多いブルキナは良いなぁと、駒ヶ根で言われたことがあったが、
彼はどうしようもない足りない部分を自分の力で克服している。


隣の芝は青いというか、
自分の環境を嘆く隊員も多い(私は恵まれていると感じるが)。
だからこのコラムにも、良いなぁ、と大変だなぁと、2種類の感想があるのだろうと思う。


私は正直、大洋州も南米もアジアもここより栄えているだろうと思う。
豪華な料理が出てくるのが羨ましいとさえ思う。
言語の面でも、確実に仏語圏は厳しい環境だと思う。
よそは活動もスムーズに行きそうな気がしたりも…(それは配属先次第かもしれないが)

でも決して周りは良いな良いな~、と嘆いているつもりではない。
むしろ、ここでたまに食べる豪華な料理への感動はきっとアジアにいたら解り得ない。
言葉も苦労するからこそ、ときどき(ほんとたまーにだけ)成果が嬉しくなったりする。
「暗いと不平を言うより、自ら明かりを灯すんだ」と、
周りより足りない部分が多ければ、出来ることも多いかもしれない。

これはお腹いっぱいより、お腹減ってるほうが美味しく感じるっていうのと似ている気がする。

もしお腹いっぱいになっても、そこで満足しないのが人間。
お腹はまた減る。
結局人はずーっと何かを羨んで生きていく気がする。

私が羨ましいと思うあの人も、あなたが羨ましいと思うその人も、きっと誰かを羨んでる。
自分だけ…と卑下しないで、羨ましさをエネルギーに変えられるか。
そこが成長への鍵。
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by nao24d | 2011-02-03 14:00 | 心境