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La vie du Burkina. Jour:283

2011.03.31


La vie du Burkina. Jour:283・めざせ、市長!!

今日の夕方、同じ訓練所で過ごした仲間の悲しいお知らせが届いた。
私と同じくアフリカで活動する隊員からのメール。
内容は、一人の同期から29日、突然の別れを告げられたというものだった。

不慮の交通事故だったという。

はっきり言って実感がない。
また2年後会える、というイメージしか湧かない。

でも、
そこが私が今居るBurkina Fasoと同じであるかはわからないが、
バイクで言えば飲酒運転も、2人乗りも、ノーヘルも当たり前。
タクシーはミラーが3つとも揃っていることがあればツイてるくらいで、整備不良甚だしい、、
5人乗りだろうってところに8人乗ることもあり得る、
無茶な追い越し、制限速度なんて完全に無視。
長距離バスでさえ、途中エンストを起こすことが多々で、窓ガラスもよく割れている。
信号は大都市にしかない。
というのがこの国、同じアフリカの一国の現状。

そう、
こんな状況じゃ、隊員がよっぽど注意してても巻き込まれる可能性が無いわけがない。
誰の身にそんなことがあっても、不思議では無かった。

けれど、そんなに簡単にやりきれるものではない。

生きて帰ろう協力隊。何度も聞いたフレーズだ…
そして駒ケ根で受けたどんな安全講習よりも安全に対して思うことがあったが、
その代償に失ったものが大きすぎる。

震災もだけれど、突然明日が無くなるというのは、むごい。


訓練所時代、私は彼とそれほど関わりが無かったが、
同じフランス語圏の仲間の中で、
率先して栄転される職員の方へのメッセージカードを集めておられたのを覚えている。

そして239人の夢や抱負や、旅立つ前の心境などを綴ったポートレートのメッセージボードに、
彼が
「めざせ、市長!!」
と記しておられたのが何より印象的だった。
239人いても、明確に夢を記していたのはほんの数人だった。

協力隊員としてその国の子どもたちに豊かな心を育んでほしい、というところから、
帰国後はどこかの市長になって、日本の子どもの未来をより明るくしたい、と思っておられたのだろう。

しかし、市長になるというその夢は叶わない。

私は今後のビジョンも定まらないまま、
ここにこうして来たわけだが、
やりたいこと、それを達成するために成すべきこと、を見据えておられた方だけに、
その悔しさは私には想像できないものだろうと思う。

彼の夢を直接引き継ぐことはできないけれど、
彼の描いた未来を想いながら、
少しでもそれに近づけるように、
残り238人で"世界のこれから"を創っていかなければ。

3月、あまりにも多くの涙が流れすぎた。
神様がいるなら、もう終わりにしても良いんじゃないのか、と思う。
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by nao24d | 2011-03-31 23:00

La vie du Burkina. Jour:282

2011.03.30


La vie du Burkina. Jour:282・クーデターか?

平和!これが自慢の任国Burkina Faso。
しかし、その根幹がもしかしたら揺らぎ始めているのかもしれない。

今日大使館から来た通知。

↓以下↓

在留邦人の皆様へ

ブルキナファソ各地で発生している,軍人による威嚇発砲・破壊行動に関し,28日のファダングルマ市での事件以降の経過につき,お知らせいたします。
邦人の皆様におかれましては,不要不急の外出は避けるとともに,外出時には安全に十分な注意を払ってください。なお,JICA関係者の皆様はJICA事務所からの指示に基づき行動願います。

Ⅰ.29日,ブルキナファソ南西部のガウア市において,ワガドゥグ市及びファダングルマ市で騒動を起こしている軍関係者への支援を表明するために,午後10時から翌午前5時頃まで軍人が威嚇発砲を行った。

Ⅱ.29日深夜から30日未明にかけて,首都ワガドゥグ市で軍の暴動があり,大使館事務所,大使公邸が所在するワガ2000地区内に居住するバリ治安担当大臣宅及びジェンデレ陸空軍幕僚長宅が襲撃されただけでなく,旧市街のコンパオレ・ワガドゥグ市長宅も襲撃され,同市長が負傷するなど,治安は悪化の一途を辿っており,軍規及び指揮系統が乱れ,政府がこれを制御することは困難な状況にある。

Ⅲ.30日午後2時15分より,コンパオレ大統領による国民に向けたメッセージが国営ラジオ・テレビ放送を通じて全国に発信された。内容は,軍規が遵守されず,未来世代の財産でもある公共施設や一般市民,司法当局が危険にさらされている状況を憂慮しつつ,国家の平和と民主主義を守り強化するために“組織化された陰謀(Complots organaise)”には断固たる措置をとる一方で,民主的解決策を見いだすべく,全当事者代表と話し合う用意があると述べた。
しかし,AU会議の場でインタビューに答えた際の文言とさしたる違いはなく,具体的な解決策は示されなかったため,当事者の不満は解消されなかったと推測され,今回の騒乱が短期間で収束する可能性は低いと思われる。その証左として,本声明が発表された直後,ブルキナファソ第2都市であるボボ・デュラッソ市において,軍人による同様の威嚇発砲事件が発生した。

↑以上↑


事の発端はFada N'Gourma(ファダングルマ)で軍人が女性に暴行して逮捕されたところかららしい。
まず軍がその軍人の解放を求めて司法関係の組織に威嚇行動に出た。
その後威嚇だけに収まらず、戦車が動いたり、裁判所にロケット弾が撃ち込まれたりで…

そしてさらに、FadaからTenkodogo(テンコドゴ)に威嚇デモが飛び火。

ということでFada - Tenko間にある私の任地Koupéla(クーペラ)でも
空砲を鳴らした軍用車がドンパチ言わせながら通過して行くという事態に(28日午後)。
あんなに間近で銃声を聞いたのは初めて。

おかげで29日は自宅待機だった。


女性を暴行した軍人の解放を求めに、
軍が"武力を行使した"というのを聞いて、
最初は"けしからん!"と思ったけれど、
大統領声明にある

"組織化された陰謀"

それがこの裏には確実にあるのだろうと思う。

この間の首都の軍人の威嚇行動もきっとその流れだろう。
ってことはクーデターの危機なのかも?

白人やアジア人がターゲットで無いにしろ、
穏やかでない…
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by nao24d | 2011-03-30 21:00 | ニュース・出来事・事件

La vie du Burkina. Jour:275

2011.03.23


La vie du Burkina. Jour:275・[緊急]首都Ouagadougouで軍人による抗議行動発生

3/23 10時30分発(=Burkina時刻)の緊急連絡

3/22夜22時頃から、
政府の対応に不満を持つ若い軍人の一団が
Ouagaの街を武器を使って威嚇しながら抗議行動を行うという事態が起きました。
23日現在も市の中心部では一部では銃声が聞かれる等、
状況は安定していません。
この情報を受け、Ouagaに滞在している隊員については自宅・ドミで待機措置をとっています。
地方滞在中の隊員については次の連絡があるまで都市間移動は禁止とします。
尚、同連絡は安否確認も兼ねているので確実な情報伝達をお願いします。


学生の次は、軍によるデモ。
武力行使はマズい。

首都にいた隊員の話では、ドミでも相当銃声が聞こえたらしい。
この間紹介したスーパーなども結構な被害があったらしい。

自宅に帰れなくて事務所からホテルを斡旋されたけど、
そこにすら移動できる状況じゃなかったとかいう隊員もいたらしい。

一応静まったらしいけど、
BurkinaもNigerみたいに退去!みたいになったら、本気で困る!
(Nigerは日本時間22日までに撤退となった)
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by nao24d | 2011-03-23 10:30 | ニュース・出来事・事件

La vie du Burkina. Jour:273

2011.03.21


La vie du Burkina. Jour:273・冷やし中華始めました

母のリクエストにお答えして、最近の食事事情公開。

暑いから最近はBurkina食をあまり受け付けない。
やせっぽちにならないよう工夫しながら食べないと、と気を使う日々。
今日は冷やし中華を作ってみた。
ちなみに3月でもあながち季節外れではない。
なぜならここは連日40℃超。
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<冷やし中華>
ただ、見ての通り盛りつけは雑で、ハムが無い。

ハム食べたい、ハム食べたい、桃色の、ハム食べたい♪
(最近やたら口ずさんでる…)

続いて、こないだ作った、豚の角煮もどき。
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<角煮もどき>
もっとら柔らかくするにはどうしたものか…

ってな感じで、
最近はすっかりヨーグルト、果物、自炊の生活に戻っている。
健康診断も近いしちょうど良いか。
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by nao24d | 2011-03-21 17:00 | 任地・生活

La vie du Burkina. Jour:271

2011.03.19


La vie du Burkina. Jour:271・I love you

今日は先輩隊員の送別会で上京。

明日帰国される平成20年度4次隊の方々と、
今夜のフライトで帰国の平成21年度1次隊の現職教員特別参加制度で参加されていた方々に向けての会だった。

9カ月同じ国で過ごしたわけで、
特に20-4のおふたりには、それぞれの任地で活動を見学させていただくなど、
お世話になることが多かった。

徐々に、こうして思い出の多い方々を見送る割合が増えて行くのだなぁと思うと寂しい気もする。


さて、この会の中で特に印象に残ったことをここに記しておきたい。

それはかの有名な夏目漱石が教師をしていたとき、
「I love you」の訳を、生徒が「我君ヲ愛ス」とした際、

「月が綺麗ですね」といいなさい。それで伝わりますから…

と言ったという話。
日本で英語の先生をなさっている方の最後の挨拶だったのだが、
正直何をおっしゃっているのか最初は理解できなかった。

しかし、あとで調べると、

夏目漱石は江戸~明治に生きた文豪であり、
その時代はまだ「愛」という言葉は一般的でなく、「情」の時代だった。
加えて「我君ヲ愛ス」という直接的な言葉は、日本人の感性に合うものではなかった。

以上から、
その話の前後を捉え、日本人ならではの叙情的な文章で思いをつなげる事をよしとしたのだろうと言われたり、
無粋なことが嫌いな漱石らしい逸話だとも伝わっているそうだ。

実に素敵なエピソード。
その話をなさっていた瞬間に、すぐ理解出来なかったのが残念だった。



震災後twitterで
"暗過ぎて今までに見たことないくらい星が綺麗だよ。仙台のみんな、上を向くんだ。"
というtweetを見た。
日本でも今多くの人が空を見上げていることだろう。

私も空を見上げ、
そして遠い国にいても世界との繋がりを感じられる月を見つめながら、
"月が綺麗ですね(=I love you)"とつぶやいてみる。
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<任地で観た初めての満月:2010.08.24>

あいにく今日はカメラが無かったが、Burkinaで10回目の満月だった。
残りは今のところ15回。
せっかく雨の少ない国にいることだし、
あと15回、少なくとも満月の日には、日本にのみんなに、世界で活躍する同志に、想いを馳せてみたい。
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by nao24d | 2011-03-19 23:00 | 隊員・事務所

La vie du Burkina. Jour:270

2011.03.18


La vie du Burkina. Jour:270・Bonneちゃん

Bonne(ボンヌ)ちゃんというのはお手伝いさんの女の子のことである。
ちなみにBurkinaでは男の子のお手伝いさんはBonneの男性形をそのまま用いてのBon(ボン)くんと言う。

花嫁修業も兼ねて、親元を離れて住みこみでお手伝いをする女の子は結構多く、
省庁関係の職員や病院関係者など裕福層のお宅に行くと、結構な頻度でBonneちゃんに出会う。

私の職場のDirecteur(ディレクター:県局長)宅にもBonneちゃんが2人いて(+Bonくん1人)、
暑くて飲み物を求めに足繁く通ってるうちに(県局長宅で作ってるハイビスカスジュースが10円で買える)、
なんとなーく最近仲良くなってきた。
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<ヴィントゥ嬢・中1>

彼女らは学校に通わせてもらう事もなく、
ただお金をもらいながら花嫁修業してるのか、

と思いきやそれは誤解で、

ちゃんと学校にも通っていたし(最近家にいるのは昨今のデモのせいで学校が早めに長期休暇に入ったから)、
フランス語も普通に通じた、というか当然私よりも流暢だった。

もちろん学校に通わず奉公するだけのパターンもあるようだが、
決して奴隷的な扱いをされている様子を感じたことはなく、
例えばご飯もお手伝いの子と県局長の息子が同じテーブルを囲んでとっている(奴隷じゃないけどキング牧師の演説思い出す)。

親元を離れて暮らしているのは少しかわいそうだし、
児童労働じゃないのか?なんて悪いイメージも持っていたけれど、

おそらく自分の親よりも高学歴でいろんな話を聞かせてくれる雇い主に恵まれ、
しっかり3食と教育と屋内の蚊帳の中での睡眠が与えられている、
という状況をみれば、

孤児を引き取り、我が子のように育てるのとは少し違うにしろ、
雇い主はただこきつかっているというより、
子どもの成長をサポートしている要素が多いように感じられる。

少なくともうちの県局長のところに来ている子たちはそういう環境にいると思う。
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<ウモゥ嬢・中2>


私はBurkinaの子どもたち(世界中の子どもたち)の健全な成長を願うが、
考えてみればBurkinaの大人たちも同じように、か、それ以上の気持ちで、
この国の子どもたちの健やかな成長を願っているのである。

今までそんな当たり前のことがすっかり見えていなかった。

勝手な思い込みであまり良い習慣だと思っていなかったことだが、
ちょっと知ってみると悪い面ばかりでないことが見えてくる。

こういうこと、他にもきっとあるんだろうなぁって、
ちょっと注意してみようと思った、今日この頃。
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by nao24d | 2011-03-18 23:00 | 宗教・文化・習慣

La vie du Burkina. Jour:267

2011.03.15


La vie du Burkina. Jour:267・動き出す世界とPCにかじりつく私

・協力隊員の間で、
Facebookで[青年海外協力隊 日本の被災者になにかしたい] というグループが立ち上がっている。
アフリカ・アジア・大洋州・中南米いろんな地域に散った隊員が、
その職種も隊次も超えて、なにかしようというもの。

流れを見ている感じでは結局まとまってひとつのことをするのは難しそうだけれど、
かなり具体的な寄付や募金の方法を示す方もおられて、
どういうふうにすれば海外からでも復興に関われるのかいくつか参考になることもあった。


・日本でも、
各地で多くの命を救っておられる自衛隊員、
危険の中で懸命に作業しておられる東京電力の方々、

節電を呼び掛ける人、募金活動を始めた人、

直接的でも間接的でも何か行動を起こしている人は本当にすごいと思う。


・おとなりBeninから、
同期@tokuboshiさんがtwitterでBenin人のメッセージを載せたtweetが、
たくさんの人にリツイートされ、米のYahoo!にまで取り上げられている。
Yahoo!NEWS'
誰より早くその1歩を踏み出されたその行動力に脱帽。
と同時に個人が世界さえ動かせる時代になったのかと驚く。


私と言えば、そうして交錯していく情報の中で酔ってしまったような状況である。
めまぐるしすぎて、追いつかない。

岐阜でも地震があったということで、
今まで余裕綽々な感じだった家族も少し心配だ。
関西だって地震が起きない土地ではないのだから。

一刻も早く落ち着いて欲しい。

落ち着いたら、何か出来ることを模索してみよう。
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by nao24d | 2011-03-15 20:00 | 心境

La vie du Burkina. Jour:266

2011.03.14


La vie du Burkina. Jour:266・マンゴー雨

Burkina Fasoは大体11月~5月が乾季で、6月~10月が雨季。
特に3~5月は暑さの一番厳しい時期で多くの隊員が痩せるとか身体を壊すとか…で
つまり、その乾季の一番暑い時期にさしかかったのが今のBurkina。

しかし今日任地Koupélaに雨が降った(5分弱)。

季節外れ?と思いきやこれは日本で言う"春一番"的な毎年恒例の出来事らしい。

通称"マンゴー雨"。

西の地域では一ヶ月以上前にマンゴー雨が降ったらしいが、
東は本当に過酷な環境というか…一応降ってくれてホッとしたというか…

この雨が降ると本格的にマンゴーの季節が到来するとあって、
確かに市場にもマンゴーが並び始めた。

手のひらサイズの小ぶりなものなら5つ100Fcfa=20円。
この雨以降のものは甘みも増すということで、
さっそく試してみたけれど、美味。
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<2011年初マンゴー>

暑い暑い乾季の洗礼を浴びるのは恐いが、
マンゴーを飽きるほど食べられる、というのは救いだ。

ちなみに私が前回雨を感じたのは昨年11月7日のこと。
実に127日ぶりの雨だったわけである。
4ヶ月も雨の無い日々を送ったのは、言うまでも無く産まれて初めてで…

Burkina、天気予報は不要なり。
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by nao24d | 2011-03-14 23:00 | 任地・生活

La vie du Burkina. Jour:264

2011.03.12


La vie du Burkina. Jour:264・遠き母国へ

東北で地震が起こった。

実家は関西。
家族はみんな無事だった。

でも昨朝(当時ここは朝)それを知って以来、
職場に行っても心ここにあらずで、
2日間ほとんど何も手につかず…

心は日本だ。


twitterのTLが震災の情報で溢れ、
その1つ1つを目にする度に、
言いようの無い痛みがジワジワと胸を締め付けた。


私の好きな作家、伊坂幸太郎は仙台在住で、
くしくもその作品の大半は仙台を舞台にしている。

"終末のフール"で彼が描いた終末の日本・仙台では、
自暴自棄になった人々が商店街を荒らし、窃盗や放火が蔓延した。
警察も治安維持のために乱暴な手段を容赦なくと取るようになった。

多くの国でこのような地震が起これば、
これと同じようなことが起こることは想像に易い。

しかし、今現在、地獄絵図のごとき惨状が広がる日本では、
略奪や暴動という伊坂の描いた終末とは違う、助け合いの精神が発揮されている。
もちろん、終末ではなく、今の日本には未来があるからなのかもしれないが、
危機に手を取り合える、ということは少し自国贔屓かもしれないが偉大なことだと思う。

私は日本人であることをこれだけ誇りに感じたことは無い。


一方で自分の国に訪れたこの苦難を共に経験できないことがもどかしく、
共に手を取り合えないのがもどかしく、
何かできることは無いのかと非常に心苦しい。

ちゃんと帰れる国があってこそ国際協力だってできるわけで…

日本をこんなにも愛おしく思っていたのかと気づき、
そして、日本とブルキナはこんなにも離れていたのかと改めて感じた。
ここまで距離を意識したことは正直無かった。

そんなこの2日間だった。


今、この瞬間も闘い続けておられる被災者のみなさん、
過酷なその状況下ですでに復興に向け尽力されておられる方々、
いや、日本の地におられる全てのみなさんに心から敬意を。

ひとりでも多くの人が助かることを、
少しでも早く日本に笑顔が戻ることを、
アフリカからただただ祈るばかりだ。
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by nao24d | 2011-03-12 23:00 | 心境

La vie du Burkina. Jour:258

2011.03.06


La vie du Burkina. Jour:258・FESPACO

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<映写機>
Burkinaで2年に1度行われる映画祭"FESPACO"
(le Festival Panafricain du Cinéma et de la télévision de Ouagadougou)

最終日3月5日、
閉会式に続いて、
各賞受賞作品が再上映されていたので、
深夜の映画館に足を運んでみた。

1作目は途中入場だったので詳しくはわからなかったけど、
おそらく、母と別れフランスで育ったBurkina生まれの主人公(Burkinabé)が、
その母を探しにBurkinaにやってくるというような物語だったようだ。
Burkinabéでありながらローカル言語がわからず、
虫がいたり、交通ルールがむちゃくちゃだったりする祖国に戸惑う主人公の姿はなかなか印象的だった。
映画らしい映画、というかAfrica映画もすごいなぁと感心できる落ち着いたテイストの作品だった。

2作目はLe mec idéalというCôte d'Ivoireの作品(2010年)。
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<上映開始>
ジャンルはラブコメ。
結婚相手を探しに金持ちの男性とデートを繰り返していたええとこのお嬢さんが、
強盗から助けてくれた貧乏なクリーニング屋の青年と結ばれる話。
フランス語が全然聞き取れなくて詳細にはわからなかったけど、
おそらく、クリーニング屋の青年が強盗から助けたところは実は自作自演だったようで、
それがあとでバレて1回破局するけど、
結婚式当日に教会にちょっと待ったー!っと割り込みハッピーエンド、というベタすぎる展開。
3位に当たる賞を獲ったということで期待していたが、
さっきの感心を返せ!というぐらいお気楽な、ある意味でとてもAfricaらしい映画だった。
くだらなさすぎて、逆におもしろかったけれど、
これが3位だったということは、
やっぱりBurkinaでは基本的に大衆的な感じの娯楽映画が好まれるんだろうな思った。

そういえば、ジャッキー・チェンとジェット・リー大好きだし、ほぼ軽い作品しか観ないんだろうな。

と、そんな感じで最終日から日をまたいで翌日まで映画を観てきたが、
結局のところ、
映画よりも収穫だったのはすごくレトロな感じの映写機を間近で見れたことかもしれない。
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<各20分×6本のfilmを繋いで、まき直ししてるところ>

そして半分屋外の映画館という不思議な空間での上映で、
Africaの映画祭だなぁ、という気分にも十分浸れたのも良かったかなぁ、なんて。
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<客席前方は屋根なし>

釜山国際映画祭のときも思ったけど、映画祭を楽しむのは結構難しいものだ。

おそらくリベンジする機会は無さそうだけど、
もし、もう一度FESPACOに来れる機会があるなら、
今度は少しAfricaの俳優のことや、監督のことを知ってから、
映画自体を楽しんでみたいと思った。
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by nao24d | 2011-03-06 03:00 | 国内イベント・観光・旅行