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【YF3×NICCO】 現地災害ボランティアプログラム15期(7月24日~30日)レポート

2011.07.31


一時退避101日目・【YF3×NICCO】 現地災害ボランティアプログラム15期(7月24日~30日)レポート

私にとって3度目の被災地入り。
その1週間のまとめとなるレポート。
拙い文章ではあるが読者のみなさんにも共有したいと思う。

↓以下↓

【参加日程・活動内容】
Youth For 3.11と公益社団法人 日本国際民間協力会NICCOが提携した現地災害ボランティア。
私たちはこのプログラム第15期のメンバーとして、16名(+継続の2名)のチームで、一関を拠点に、気仙沼・大島・陸前高田で活動しました。
なお、15期は、

・ガレキ撤去班
・炊き出し班
・某劇団OGの方々のイベント補助班
・建設班

に分かれての作業となりました。

なお、私自身はイベント補助1日、ガレキ撤去1日、建設3日という順で作業にあたりました。
各作業の内容は以下に示します。

①イベント補助
某劇団OGの有志の方が実施される被災者に向けた公演の補助、具体的には音響装置のセッティング、操作、及び片づけをしました。3日連続・計7公演の、1日目2公演に携わり、この日は陸前高田市の病院とかつて避難所となっていたお寺が会場となっていました。

②ガレキ撤去
2日目のガレキ撤去班の活動は、陸前高田市での水路に溜まった泥・ヘドロの除去作業でした。また水路の先をガレキの山が塞いでいたので、本来の流れから逸れたところに別の水捌け口を作ろうと試みました。

③建設
NICCOの東北支援活動拠点となる事務所建設が進んでおり、その補助の仕事が活動3日目から追加され、3日目~最終日5日目までこの現場での作業にあたりました。すさきり(わらを適当な長さに切り分ける)・土壁の素材作り(泥をだまが無くなるように踏む)、及びそれらを混ぜて均質になるように練るという作業が2日続き、最終日はそれに加えて屋上緑化用の土作りとして、山から運んできた土に赤土を混ぜふるいにかける作業を行い、出来たものを屋上に運搬しました。
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<土壁の素材作り>

【心に残ったこと】
・つながり
自分が被災地の方と繋がりを持てると、被災地で起こったことの見方が変わってくるのを感じました。
どんどん知るに連れ、繋がるに連れ、それが別の世界で起こった出来事では無く、自分に近いところで起こった問題として感じられるようになりました。
活動の当初は、自分の無力さを感じることも多くありましたし、先の見えずらさに辛くなるときもありました。
でも、自分の中で「きっとあの人の笑顔に繋がるんだ」、と誰かの顔が見えるようになってからは、前向きな気持ちで取り組めたと思います。
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<陸前高田・希望の一本松>

・学生ができること?学生だからできること?
私が以前別のプログラムで訪れたときに比べ、現地のガレキの整理は進んでいるように感じました。ですが、ガレキもヘドロもまだまだ残っていて、この「100年分のごみ」を片づけるにはまだまだ重機も人の手も必要だと感じました。
しかし、事前研修で聞くまで知りませんでしたが、今回の震災に関わるボランティアの数は阪神大震災のそれよりも随分少ないそうです。
時間的にも体力的にも余裕のある学生が現地でマンパワーとなることは、復興の大きな追い風になると思います。
そして、被災地を見た私たちが先頭に立って、まだまだガレキは山積みなこと、そして支援の手はまだまだ必要だということ、これを継続的に発信しなければならないと思いました。最終日のリフレクションで話題になった、「利害関係に囚われていない学生からの呼び掛け」が持つ意味、力は大きいはずです。

・某劇団OGの方々から伺ったお話
公演の演目にAKB48のヘビーローテーションがあり、そのパフォーマンスに、当初反対意見を持っておられた方がいらっしゃいました。しかし、実際蓋を開ければ被災者の中にもこの曲を踊れる方がおられて、その方と一緒に踊ったことで会場は大盛況となり、おそらくこの日一番の盛り上がりを見せました。そのとき、某劇団OGなのに、どうしてそんな音楽をやるのか?と自分のやりたい曲を見せたい、自分が得意なものを見せたい、という想いが先行し、被災者がみたいもの、聴きたい曲を届けよう、という想いがなかったことに、ボランティアとして、歌手として、自分は了見が狭かったとおっしゃっている姿がとても印象的でした。私たちも、ともすればボランティアをしに来ている、何かを届けに来ている、そんな錯覚に陥りがちですが、復興の主役はやはり被災地の方々で、私たちはそれをお手伝いさせて頂いているのだということを忘れてはいけないと感じました。

・チームで動くこと
このプログラムではグループではなく、チームとして動くことが求められました。仲間とゴール(目標)と思いを共有し、活動にあたるということです。他の期に比べ男性の割合が高く、そして試験期間と重なった為か年齢層も少し高かったようですが、私たちも他の期に負けないチームワークを築けたのではないでしょうか。リピーターでもあったリーダーがみんなを良くまとめてくれましたし、叱ってくれる先輩、勢いのある高校生、学問的にも得意分野の異なるメンツが揃っていて、それぞれがそれぞれのカラーでチームに良い風を送っていたと思います。
毎晩のリフレクションではついつい時間を忘れて話込んでしまうこともありましたが、各々の主観がぶつかり合うその濃密な時間が、絆を深め、士気を高めてくれたと思います。これもこのプログラムの大きな特徴ではないかと思います。日常のコミュニケーションの中で、聴く、受け止めて考える、発信する、という作業をここまで大切にすることはなかなかありません。被災地では身体はもちろんのこと、心が疲れてしまうことがありますが、それをみんなで分かち合えたことが、一丸となって活動できた大きな要因だったと思います。
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<銭湯にて、15期男子>

・最後に
実質5日間の活動では、やっと感覚がつかめてきたというところで終わってしまった感があります。私たちはまだボランティアのスタートに立ったばかりだという声もありましたが、まさにその通りだと思います。あれが一週間の被災地ツアーになってしまわないように、このあとどう繋げていけるかが重要だと思います。
私を含め、簡単に答えの見つからない問題の前に、各々がモヤっとしたものを感じたと思います。それに対して悩み続けること、同じ想いを抱える仲間と共に考えること、そしてその気持ちを周りの人にも共有すること、これは今すぐに始められる事であり、また、継続していかなければならない事だと思います。
復興の狼煙を絶やさないようにと、すでに被災地へ戻ることを決めたメンバーもいます。私はしばらく被災地には戻れないかもしれませんが、自分の居場所でできる事を探します。

なにがなんでもみんなボランティアに行って下さい!とは思わないですが、行かない前向きな理由を考えるくらいなら、行って欲しいと思います。もしそれができないなら、関心を持ち続けること、忘れずにいることだけでもしてもらえればと。被災地のためにできることは日常の生活の中にもあるはずです。

西出直哉

↑以上↑

ちなみにこれは学生が参加できるボランティアだったが、
今秋大学院を受験するということで、参加させて頂いた経緯があり、
「学生」というワードが出てくるのはその為。

受かれば良いのだけれど…
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by nao24d | 2011-07-31 23:00 | Japon

天橋立

2011.07.18


一時退避88日目・天橋立

なでしこ優勝!

そして天橋立(人生初)
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<天橋立>

雨降ったし、帰り渋滞するし大変やったけど、
そんな弾丸ツアーもなかなかできるわけじゃないと思うので、
結果的に楽しかったかなぁと。

いや、おもしろかった。
いろいろおもしろかった。

1000km軽く超える運転してたドライバーのおふたり、
お疲れさまでした。

若干スピード狂なのが気になったけど、
さらなる道中お気をつけて!
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by nao24d | 2011-07-18 23:00 | Japon

天橋立へ

2011.07.17


一時退避87日目・天橋立へ

16時、協力隊の友人から1本の電話。
これから天橋立行かない?

18時半頃、合流。

で、さらに2時間くらいかけて宮津まで来た。
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<宮津の海>

私を誘った協力隊員の御一考は、
16日朝、宮城・松島
16日夜、東北六魂祭を仙台で楽しみ、
17日朝、祇園祭の山鉾巡行まで楽しんだらしい。

松島からの、、、天橋立らしいが、
宮島には行かないらしい。

一貫性あるのか無いのか??
まぁでも、協力隊員の行動力恐るべし。

テント泊、なでしこ決勝はワンセグ…

久しぶりの同期にも会えたことだし良しとしよう。
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<宮津市民と再会>
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by nao24d | 2011-07-17 23:00 | Japon

そうだ 『鈍行で』京都、行こう。③

2011.07.08


一時退避78日目・そうだ 『鈍行で』京都、行こう。③

一夜明けて快晴。
昨日と打って変わって蒸し暑い夏の旅。

鈍行で京都へ、3日目の記録。

08:34@浜松
浜松のネットカフェ、FREE SPEACE。かなり快適で今までで泊まったネットカフェの中で一番眠れた気がする。携帯、ウォークマン、デジカメ、どれもフル充電!浜松城見たら次は愛知へ向かう予定!

09:09@浜松
徳川家康のゆかりの地、浜松城。出世城とも言われるそうな。ここで、家康公の名言を。

人の一生は重荷を負うて
遠き道を行くが如し
急ぐべからず
不自由を常と思へば不足なし
心に望起らば
困窮したる時を思ひ出すべし
堪忍は無事長久の墓
忿りは敵と思へ
勝つことばかり知りて
負くることを知らざれば
害その身に至る
己を責めて人を責むるな
及ばざるは過ぎたるに勝れり


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<浜松城>
09:48@浜松
浜松城で社会見学の小学生らと出会う。語尾に『ら』がついて、しっかり訛ってる!西に来たんだなぁと実感。

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<浜松市役所>
10:00@浜松
浜松思ってたよりかなり栄えてる。いろいろあるみたいやけど一人やと迷う。ビルがデカい(京都は景観規制があるから低い)!市役所やらその周辺の通りの花壇が素敵♪

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<ポルトガル語可なのであろう携帯ショップ>
11:00@浜松
浜松はブラジル人多いんやっけ?そういえば中学校社会の地理的分野で習った気がする!領事館まであるんだねぇ!

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<車内広告:金麦の夏>
12:03@豊橋周辺
豊橋通過。鈍行の旅と言いつつ快速乗ったら、感動的な速度!車窓から見る豊橋は瓦の屋根が目につく。住宅が多いってだけでなく、ほんと屋根が瓦葺きになってる割合が高かった!まもなく岡崎!

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<岡崎駅のエスカレーター>
12:25@岡崎
エスカレーターで、お姉ちゃんたちがばらばらな位置に立ってた。左側で止まる文化圏から外れたのだろうか?

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<岡崎駅バス停>
12:36@岡崎
それにしても今日は天気良い♪名鉄バス、かなり涼しくて快適☆

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<龍城神社と岡崎城>
13:18@岡崎
in岡崎城。浜松城に続いて、家康の生涯を辿ってるみたいだが、日本史履修してないから、さっぱりその重要度が分からず…。教養の無さを痛感。

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<ホトトギスのポーズ、ひとり命になってるけど…>
14:28@岡崎
岡崎城は頑張ってるなぁ。イケメン武将隊のおもてなしを受ける。まるっきり興味無かったのに家康公自らピンポイントに悩み相談をして下さって、その模様がyoutubeにupされるとか…急に悩みって言われても、ちょうど良い軽さの悩みって出てきませんなー。

14:31@岡崎
岡崎の家康公はとにかく『堪忍じゃ』とおっしゃっていた。浜松でも家康公の名言に触れたが、そこにも堪忍のワードがあったし、これで堪忍=家康、家康=堪忍のイメージが完全に固まった。武将の皆さん、暑い中お疲れさまです。郷土愛感じたー!

14:40@岡崎
愛・地球博跡地のさつきとめいの家は予約が要るようなので、今回は諦めて名古屋に向かうことに。さっき今日の宿に関して、家康公から岡崎の民は優しいからDoor to doorで1件ずつ探せば誰かしら泊めてくれるはず、とアドバイスを頂いたが、先に進ませていただこう。かたじけない!!

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<中京工業地帯あるある>
15:00@岡崎
下り坂で前に並んだ車見たら、トヨタ、トヨタ、トヨタ、ダイハツって光景。バスはさすがに三菱ですが、愛知県恐るべし。

18:13@名古屋
in山本屋本店。味噌煮込みうどん待ち♪名古屋駅はすごい人やけど、駅以西は人おらん…東側が栄えてるんかな?そういえばSKE48が栄に?栄てどこや?また今日も携帯の充電が切れそう。

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<味噌煮込みうどん>
18:25@名古屋
味噌煮込みうどんって、うどんじゃなくて、味噌煮込みなんだな。関西人のうどんの感覚とは違う!麺ツルツルしてないし、固い。名古屋は名物料理が多くて、制覇するには手強い街だ。

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<名古屋の夕焼け>
19:22@名古屋
さすがに7月は日が長い。空の色綺麗♪晴れてて暑かったけど、これ見れたら全部吹っ飛ぶ。

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<テレビ塔と噴水>
20:02@栄(名古屋)
明日京都まで帰ろうか迷う。in栄,byバス。サンシャイン、賑やか!

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<巨大な田舎の夜>
20:49@栄・錦通り周辺
栄って完全に歓楽街。なんかむわっとした感じで怖いような…遊ばずに通過するとこでは無かった感全開。バックパッカーの私だけ呼び込みもされず…

20:53@栄・錦通り周辺
と思ったら「錦通りに来てキャバクラ行かないのは、徒然草の仁和寺にある法師が石清水見ないで帰ったようなもんですよ!」と熱烈に呼び込みされる。

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<夜の商店街>
22:48@大須(名古屋)
銭湯探して大須までやってきたものの、既に閉店…道中通ったこの商店街、昼間はどんな賑わいなんだろう?明日の旅はここからにしよう!

本日行ったところ:浜松・岡崎・名古屋(豊橋経由)。
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by nao24d | 2011-07-08 23:00 | Japon

そうだ 『鈍行で』京都、行こう。②

2011.07.07


一時退避77日目・そうだ 『鈍行で』京都、行こう。②

七夕に一人旅。
世の中はカップルだらけ。

鈍行で京都へ、2日目の記録。

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<玉簾の瀧>
09:10@箱根湯本
温泉の裏にある2つの滝のうちのひとつ。
2つの瀧の間を登ったところには、神社が。
箱根大神が祀られており、縁結びや無病息災、この地の水の守り神の社として、古くから崇められているそうだ。

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<玉簾神社の紫陽花>
09:16@箱根湯本
箱根は7月のこの時期でもまだまだ紫陽花の季節らしい。

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<箱根登山電車の運転室>
11:02@箱根登山電車
小雨が降り山からの見晴らしは悪かったけど、雨に濡れる紫陽花の中を行く電車というのは、ええ味出してた。

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<箱根写真美術館>
12:03@強羅-公園下(箱根)
本日最初の目的地:箱根写真美術館。写真美術館と言えば東京都写真美術館と入江泰吉記念奈良市写真美術館の2館しか知らなかったが、ここ箱根にも個人の小さな写真美術館があった。風景(自然)写真の写真家さんが設立なさったもので、自然の神秘を感じるというか、精霊的なものの存在を感じる写真が展示されており、癒され、またパワーを得ることができる空間だった。

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<箱根登山ケーブルカー>
13:00@公園下(箱根)
強羅駅から早雲山駅まではケーブルカー、それより上はロープウェイで昇る。写真は下りの途中で写したもの。かなりの急勾配。ちなみに天気悪いけど中はカップルとお年寄りばっかり。

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<小田原~熱海間の車窓>
14:28@熱海近郊
東海道線、かなり海沿いを走ってるんだと気付く。韓国に世界一海岸の近い汽車駅っていうのがあったけど、これもかなり善戦する気がする。ただ、東海地震あったらどうなるのか?と思うけれど…

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<沼津港>
16:20@沼津
in沼津。小田原、熱海を通過。沼津で海産物食べて浜松まで行く!が今日の予定。東海道線は奈良線以上に空いている。そして静岡入っていきなり中高生が田舎っぺ感を醸し出し始めた。東海道『本線』なのに、ローカル線の匂い。素朴な感じで印象は良いが 笑

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<魚河岸丸天丼>
16:42@沼津
沼津港、丸天さんの『魚河岸丸天丼』を頂く。刺身も美味いが、付いてくる味噌汁が感動的に美味い!!アラでダシ取ってるみたいで、さすが沼津港!って思える逸品。

17:17@沼津
どんぶりの縁にへばりついて気付かれない白子を見てると、切ない。捕まり損な感じ。お姉ちゃん、彼も残さず食べたげて!!

17:25@沼津
美味しいからって味噌汁最後まで残してたら、冷めてて非常に残念なことになった…性格上良くやるミス。

17:30@沼津
いざ浜松!2時間くらいかかるらしい…(~∑~;)

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<魚河岸丸天>
17:36@沼津
次は彼女と来なさいって言いながら、水筒に冷たい麦茶まで頂いた。小さい子どもには帰り際うまい棒のお土産。そういう食堂すっかり減ったよな。温かくて懐かしい感じがして、お腹だけじゃなく心も満たされる。ご馳走さまでした。

18:06@沼津
七夕やのに天気悪い…沼津じゃおそらくベガもアルタイルも見えない。そういえば去年の七夕はマラリアやったし…織姫と彦星に見放されてる?浜松に期待。

19:40@静岡周辺
東海道線の車内で、車掌さんが優先席付近で携帯を使う男性を注意していた。JR東海、お見事。それが仕事だと言っても、だめなことをだめって言うのは、なかなか勇気が要ることだと思う。電車の旅、良いもの見させてもらった。

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<鈍行2時間の途中>
20:44@浜松周辺
負けないぞ岩手のTシャツを着て京都弁を話す旅人に静岡県民はとても優しかった。

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<雨の浜松駅>
21:30@浜松
浜松着。ここも結局雨。途中で携帯の充電が切れた為、かなり迷いながらも栄えたところをうろうろしていてネットカフェ発見。充電と休息、そして明日どこを観光するかの情報収集中。静岡県はマジで長かった。熱海からだと浜松の方が東京より遠いっていう…

本日行ったところ:箱根山・沼津・浜松(小田原・熱海経由)。
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by nao24d | 2011-07-07 23:00 | Japon

そうだ 『鈍行で』京都、行こう。①

2011.07.06


一時退避76日目・そうだ 『鈍行で』京都、行こう。①

日本での退避生活が2か月を超え、
できること探しをしながらの日々。

たぶん、一番すべきは語学なんだろうけど、
せっかくの日本、家にこもるのは勿体ない気がして、

岩手からの帰り道、
東京から京都までを特急を使わずに進んで、
道中観光したり、旨いものを食べて帰ろうなんて思い立った。

その道中のつぶやきを写真と合わせてまとめておこうと思う。

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<コメダのモーニング>
08:12@武蔵中原(川崎市)
「洗っていいとも」というコインランドリーで洗濯しながら、コメダコーヒーでモーニング。

09:00@武蔵中原
荷物をクロネコさんに預ける。私より早く京都に着いてしまうらしい。恐るべし日本の運輸業界。あぁ身軽だ♪♪

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<街の古本屋さん>
12:11@相模原
商店街の古本屋。Book Offとかよりこういう古本屋の方が粋な感じ。意外にも高校生が結構入店してた。未来に残したい場所、残したい光景。米軍の住宅とかあって驚いたけど、アットホームな街並みだった。

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<刺身定食>
13:36@小田原
大学の先輩に「小田原には何も無いぞ!」と忠告を受けたものの、小田急と東海道線の乗り換えもあったので、ちょっと散策!小田原城に行く前に、駅前のampmのお姉さんのオススメに従って、魚食べることに!寿司だ~♪寿司屋「入船」より

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<安全第一>
15:31@小田原
小田原城に向かう道中。工事のおっちゃんらの遊び心。

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<小田原城>
15:43@小田原

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<箱根湯本の温泉街>
17:53@箱根湯本
小田原城で東京から来られたご夫妻と話し込んで、急遽箱根へ。で、もう一度小田原に戻って今日は休もう。箱根、山だー!すごい!

18:10@箱根湯本
やっぱり箱根に泊まろうかな…?迷う。ちょっとノープラン過ぎたから、1日通して地元民に話しかけまくってる。

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<箱根登山電車の車窓から>
19:15@箱根
沿線の紫陽花が見どころの箱根登山電車。

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<箱根登山電車宮ノ下駅>
19:40@宮ノ下(箱根)
沿線の紫陽花が見どころの箱根登山電車:宮ノ下駅。

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<第三新東京市のローソン>
19:52@宮ノ下(箱根)
箱根のローソン、エヴァ土産が充実してる♪こりゃまた来ないとな…

22:00@箱根湯本
川が流れてるからか?天気が悪くなったからか?とても涼しい。温泉に浸かって、今日はここに泊まることに決定!

本日行ったところ:川崎・相模原・小田原・箱根。
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by nao24d | 2011-07-06 23:00 | Japon

見送りPart2

2011.07.04


一時退避74日目・見送りPart2

今日は岩手県の災害復興ボランティアのときに出逢った
日系社会青年ボランティアのブラジル隊の出国日だった。

昨日の朝東京に着いたので、
今日成田に見送りに行ってきた。

そしたら偶然にも駒ケ根の同期、
私の生活班の班長である、
エルサルバドルの隊員N氏に遭遇。
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<班長と再会記念!>

一時帰国していたらしく、
今日任国に戻るとの事だった。

世界って広いようで以外に身近なものなのかもしれない。


本題に戻って、

ブラジル隊は30人の大所帯。
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<遠野隊+1名>
私たちブルキナの22年度1次隊が、
多い多いと言われても27名だったことを考えれば、
その人数がいかに多いかがおわかり頂けるかと思う。

でも、毎年一隊次しか無いことを考えれば、
やっぱりブルキナ22-1は奇跡的な大家族だったんだけれども。

その中で国リーダーをしているのが、
私と同じ86年組のY氏。
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<同い歳のY氏>
彼には遠野で本当にお世話になった。

今日まで国リーダーをしてるとは知らなかったけど、
ブルキナ隊の弟ポジションの私からすれば、
その年齢で30人をまとめるのは本当にすごいことだと思う。
「このゆとり世代が~」と言われながらも、彼は確かにしっかりしている。
見習うべきところの多い友人である。

彼の見送りには家族や大学時代の友人が集まっていて、
出国の瞬間はかなりジーンときた。

無事に2年間の活動を全うして下さい、それが一番の願いである。


自分のときは家族や友人が成田まで来ることも無かったし、
両親とはわりとあっさり(バタバタ)な感じで京都駅からバイバイしたので、
「別れ」自体にあまり特別な感情は無かったけれども、
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<ガラス越し>

「旅立ち」に関しては、
1年前に、同じ志を持つ仲間とそこに立っていたことがフラッシュバックして、
もう、同じメンバーでそこに戻ってくること、ブルキナで集まることが出来ないんだ、と思うと切なくて、
なんとも言えない、やりきれない想いがこみ上げてきた。
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<私たちの出国・2011.06.21@成田>

みんなに逢いたい。
去年の出国のとき、全然写真を撮っていなかったのが非常に悔やまれる…
(ブルキナ隊のは上の含め3枚しかなかった)


と、かなりしめっぽい気分になってたけれど、

空港は別れの場所でもある一方で出逢いの場所でもある。

その後見送りに来ていたY氏の友だちと親しくなり、
そのまま飛行機が飛び立つのを観れるスポットに連れて行ってもらったり、
成田山に参拝に行ったりした。
帰りの電車でも、途中まで一緒に話すことができて、
ひとりじゃ確実に落ち込みかけてたところだったから救われた。
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<テイクオフ!>
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<うっちぃとてるみぃ@成田山>
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<三重塔@成田山>

2人には本当に感謝。


そしてその後、学生時代に一緒に韓国で研修を受けた学生と飲み、
どんなに離れても想いが繋がっていれば再会できるんだな、って再確認。


次に成田を発つとき、
自分はどんな気持ちでその日を迎えるのだろう?

ただワクワクしていた1年前とは確実に違うのだろうけど、
前向きな気持ちでそこに立っていたい、そう思う。
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by nao24d | 2011-07-04 23:00 | Japon