C'est la vie!

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Au Burkina Faso -Septembre-

2011.09.30


23日目・Au Burkina Faso -Septembre-(ブルキナファソにて-9月-)

9月に撮った写真のうち200枚を選んでfacebookにUPしました。
↓↓リンクはこちら↓↓
facebookのアルバムへ…
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by nao24d | 2011-09-30 23:00

j'ai commencé à utiliser l'électricité

2011.09.29


22日目・J'ai commencé à utiliser l'électricité(電気を使い始めました)

10回程通って交渉を続けた電気開通までの日々。
結局エアコンが使えなくなることを覚悟で値段の安い配電に変えてもらうことで話をつけた。

しかし、SONABEL(電力会社)からメーターの設置の為に壁の修繕をするように言われ、
最後の最後に更なる出費。
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<左官屋さん・作業序盤の図>
一刻も早く電気開通に漕ぎつけようと少し弾んだ代わりに、
左官屋さんには朝6時に来て仕事をしてもらった。
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<左官屋さん・完成間近の図>

セメントが乾くのを待って、15時に再びSONABELへ。
しかし事務所で応対してくれた人には、
ものすごく面倒くさそうに
"技師は皆遠出してるから、彼らが16時までに帰って来なかったら明日ね"
と言われる。

昨日担当してくれたおばさんには、壁直したらすぐに行くって言われたのに…

結局17時を過ぎて誰も現れず、また明日回しか、と思った矢先、
18時になって、昼間応対してくれた人がうちを訪ねてきた。
なんと、メーターの取り付けをしてくれると言うではないか!!

そして、待つこと30分。
念願の電気開通!

その瞬間の感動、誰かと分かち合いたかった…
誰もそばにいないのがこんなに残念と思えることは今まで無かった気がする。
電気があれば、夜なのに部屋の隅々まで見渡せる、字が書ける。
冷蔵庫が使える、扇風機が回せる、ってほんまにありがたい。
ネットが家で蚊の恐怖なしにできるってすごい!!
これで活動も進む。

電気があれば何でもできる(猪木風に)。


と、ハイテンションで一通り騒いだのだが、
あとで冷静に考えてみると、どうもおかしいことが2点。

まずメーター付けてくれた彼、
なぜ"みんな帰ってくるのが遅いから明日"と言ったのだろうか?
結局彼一人で取り付けできてたし。
というか、そもそも彼も技師だったんだね。

それと、彼が設置してくれた部分。
全然修繕したところかすってないけど、どういうこと?
昨日担当してくれたおばさんが、わざわざ一回うちまできて指示してったのにあれは一体なんだったのか?
お金かかるの嫌でかなり抗議したのに突っぱねられたし、
左官屋に来てもらう為にさらにお金も日数も余分にかかったのは…
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<"修繕したところに設置してないけど大丈夫かって?問題無いよ!"と答える技師>

日本なら間違いなく"開通したしまぁ良いか!"では済まないだろう。
最後までとことんブルキナクオリティ。
解約はかなり前倒ししてすべきだと学んだ。
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by nao24d | 2011-09-29 21:00 | 任地・生活

Le meuble

2011.09.27


20日目・Le meuble(家具)

BurkinaにはIK○Aやニ○リのような家具の量販店があるわけでもなく、
コー○ンやコ○リ、ワーク○ンのような日曜大工のお店があるわけでもない。
では、隊員はどうやって家具を入手しているのか?

Burkinaにはatelier(アトリエ:工房)と呼ばれる家具職人の仕事場がいくつもあって、
必要な家具はほとんどの場合、そこで注文、値段交渉、制作してもらうことになる。
そう、ほぼ全て、オーダーメイドなのである。

私も以前ベッドを作ってもらったことがあったのだが、
今日は日曜に注文したテーブルを受け取りに行ってきた。
とてもシンプルな造りで、キッチンに置いて調理に使おうと思ってオーダーしたもの。
クオリティは大したことないが2000Fcfa(=400円)とその分安く仕上げてもらった
(こだわってもらえば高くなるが、かなり質の良いものも作ってもらえる、腕次第ではあるが)。
まだ電気が来ないから、調理の意欲がわかず、その便利さを実感できずにいるが、
調味料や食器の配置換えをしてみただけでも充分使いやすそうだとワクワクする。
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<キッチン東側>
コンロが置いてあるのが今回頼んだテーブル
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<西側(窓がほぼ南向き)>
西側にはシンクが元々あって、その横に調理スペースがあったが、
少々高い位置にあって使いにくかったため、今回食材・調味料を置くスペースにした。
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<もともとコンロを置いてた位置を拡大>
日本からの食材でウハウハな状態。
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<嬉しがってもう一回テーブル>
コンロが汚いのは気のせい(嘘、あとで掃除するつもり)。

お金の話で少し生々しいが、次の生活費支給では、
退避の影響で貰いっ放しになっていた5月6月分の生活費分、振り込みが減額されてしまうので、
ほとんど引きだして口座をスカスカにしていた私のような隊員は、
一度換金したユーロをもう一度Fcfaに換金しないと、かなり節約を強いられるところ。
しかし、新しい家具が来ることによるこのなんとも言えない快感を知ってしまった現在、
残り任期が9カ月を切ったというのに、何か次のものを作りたい衝動に駆られて仕方ない。

ただ、この家具づくりには落とし穴もあって、
選んだ職人によっては一向に仕事をしてくれないことがある。
私は1月末に注文した机を4月の退避時まで結局受け取ることができず、
そのまま先払いした5000Fcfaをとんずらされてしまう、という経験があるのだ。

でも、そうとは知ってても、やっぱりまた作りたくなってしまう…
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by nao24d | 2011-09-27 21:00 | 任地・生活

Cher Monsieur, Chère Madme

2011.09.26


19日目・Cher Monsieur, Chère Madme(拝啓)

今日はBurkinaから日本へ届けたい2枚の写真を。
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<"stand strong now!">
1枚目はこの写真。

退避前に同期の隊員が、
“ブルキナでも出来ることを” ”3.11を忘れないように”
ということで、3.11のチャリティーTシャツ作成を企画してくれた。

デザインも決まり(背面には”底力日本”という隊員の書がプリントされている)、
集金もある程度終わった段階で退避となり、そのままになっていたのだが、
この企画者のうち1人、戻ってくることができた隊員が、完成させて届けてくれた。

当初は収益を義援金する予定だったが、
他国に振り替えになった隊員へ郵送すると、お金は何程も残らないらしい。
けれどそれは退避というアクシデントのせいだから仕方ない。

このシャツを着て・着てもらって、
忘れないでいたい・忘れないでいてもらいたい、
という想いは達成できるのではなかろうか?

私は全3色を購入し、ひとつは行きつけの串焼き屋の大将、
ひとつは同期隊員の任地で偶然出逢って以来仲良くしてもらっている農家さんに、
そして最後のひとつを自分で着ることにした。

その時期はBurkinaにも大変な出来事が起こっていたにも関わらず、
彼らに限らず多くの人が、私の家族や日本を本当に心配してくれていた。
そんな彼らの想いを日本のみなさんへ。

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<"Toutes mes félicitations pour votre mariage!"ご結婚おめでとうございます!>
2枚目はこの写真。

この写真は大学のゼミの先輩の結婚式で流されるスライドショーに使っていただけるもの。

私が手に持っているのはみかん。
なぜみかんなのかというと、
その先輩の出身が和歌山で、スライドショーのテーマが和歌山=みかんでしょ!という発想から、
みかんを持った写真に統一されているためである。

Burkinaではオレンジはよく見るのだけれど、
手で簡単に皮のむけるこのみかんタイプのものは滅多に見ない。
それがたまたまいつもバナナやオレンジを売って貰っているマダムのお店で、
オレンジの中に2つだけ混ざっているのを発見して、協力してもらったというわけ。
(もちろんあとで購入し、美味しく食べさせていただいた)

先輩のスライドショーの1枚を撮るためなのに、
思いがけず自分が嬉しい気持ちにしてもらって、
素晴らしい企画に参加させていただいたと思う。

アフリカの地からも、誰かの良き日を祝うことに携われるというのは光栄なこと。
末永くお幸せにという願いを込めて。
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by nao24d | 2011-09-26 21:00 | Japon

La lumière

2011.09.25


18日目・La lumière(灯り)

電気が無いからあとサボりがちだった家事。
昨日の自炊に続き、
今日は昼間明るいうちに掃除も洗濯も済ませた。

再赴任後、任地で向かえた最初の日曜は、
お天道様と一緒に生きてることを改めて実感する1日になった。

ただ暗くなってからも、
最初は"さっさと寝る"しか無かった選択肢が、

"充電したPCで映画1本は観れる"
"充電したi pod touchでドラマ4本は観れる"という選択肢を見出し、

今ではわずかな灯りで読書が出来るようにまでなった。
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<韓国で頂いたLEDランプ>
わずかな灯りというのが、
韓国に留学していたときに友人のお父さんに頂いたこのランプによるもの。
(새미의 아버님. 이것 잘 쓰고 있습니다. 정말 감사합니다!)
シャワーを浴びるときなど、何か簡単な作業はこれだけで十分だと思える、今は。

そして部屋の中の移動には携帯電話のライトもよく使う。
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<隊員に貸与されている携帯電話>
携帯電話のライト、というのは日本では写真を撮る時くらいしか活用しないだろうが、
アフリカではお世話になる機会が非常に多く、ほとんど必須の機能。
例えば、
首に携帯をかけていれば、とっさの停電でもへっちゃらだし、
街灯の少ないBurkinaでは夜道を歩くときにも大きな助けになる。
屋外のレストランで食事する時などは手元を照らすのにも使うし…

反対にカメラを使う時に利用することは皆無。
というか、自分の機種にはカメラがそもそも付いてない。
(もちろんカメラ付き携帯も売っている)

この2つの灯りは、どちらもLEDタイプのライトで、
なかなか電池が減らないのも魅力。

ろうそくのように持ち運びが不便なこともないし、
勝手に消えたりしないし、
熱で暑くなったりもしない、本当に便利な文明の利器。

もっとも、私の場合はそれを"小説を読む"というくらいにしか使いこなせていない為、
いわば娯楽の為にその貴重な恩恵のほとんどを利用していることになるが、

昔の人はろうそくと月の灯りで学問したなんて言うわけで、
そのわずかな灯りの中で、熱心に学ぼうとした姿勢には頭が上がらない想いだったりもする。

彼らの勤勉さが、現代の私たちの暮らしを支えているのではないだろうか?

不便な環境というのは、次へ進む為の可能性に溢れたところなのかもしれない。

とは言っても、一方で私は想いを馳せるくらいしかできない正真正銘の温室育ち、
与えられたものを消費するだけの側の人間だなぁとつくづく実感してしまったのだけれど…
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by nao24d | 2011-09-25 21:00 | 任地・生活

La vie sans le courant

2011.09.24


17日目・La vie sans le courant(電気の無い生活)

今週月曜に配属され、今日で任地は6日目。
しかし未だ電気が来ない為、家ではメールも確認できず、昨日・今日とネットカフェに来ている。
昨日は事務所からの定期連絡確認も兼ねていたけれど、今日は完全に暇を持て余している感じ。
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<ネットカフェ>

土日はSONABEL(電力会社)も閉まってるから、
月曜までは少なくとも電気の無い生活が継続するわけで、
電気無しは7日以上が確定。

夕方以降電気が無いと何もする気にならないし、
木曜日はなんと18時57分に布団に入ってた。
仕事は良い感じで復帰できたけど、生活の方はリズムがなかなか掴めない。

昨日は昨日で、近所のブティック(売店)の灯りで日記を書いたし、
現地の人から見ると、全然白人らしからぬ行動をしている。
今日もランプの充電、横のコンセントでさせてもらってるし 苦笑
いろんな人に感謝の日々。

電気無いからって自堕落な生活になりがちだったけど(ある意味規則正しかった?)、
今日は土曜だったので初めて自炊もしてみた。
といってもパスタに日本から送られて来たソースをかけただけだけど。

ただやっぱり明るいうちしか料理できないから、平日はまだ外食になりそう。
でもお腹壊すこともないし、Burkina料理への慣れはちゃんと残ってたみたいで良かった。

そんなこんなで、
最近は家に帰っても暗くて寝るしかないから、外食ついでに街の人とよく話をする。
その際、出国直前に買ったi Pod touchがかなり役立ってて、
そこに街の人を撮った写真を入れて見せたり、
ソーラン節の映像や、アニメなんかを入れて見せるとすごく盛り上がっている。
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<放課後の遊び相手たち>

家に電気が無くても、なんとかやってきた1週間。
いろんなことに気づく、良い時間だとも思えるようになってきた。

以前、同任地の隊員が、
彼女の家の灯りで現地の子が勉強しに来ることを、地味に嫌がってたなぁって思い出したけど、
今度からは電気くらい寛大にどうぞどうぞと貸してあげようと思う。
ちょっとした心境の変化。

初めて我が家に電気がやって来た日、
みたいな感動、きっと日本じゃ滅多に感じられないだろうけど、
今の私はその日を未だか未だかと待ちわびている。
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by nao24d | 2011-09-24 21:00 | 任地・生活

Les artisans de Koupéla

2011.09.23


16日目・Les artisans de Koupéla(クーペラの職人たち)

Burkinaでは環境問題として砂漠化や水不足が挙げられるが、
人々のポイ捨ても深刻な問題の1つである。
私は環境教育という職種で派遣されているが、
今重点的に取り組んでいるのも、やはり廃棄物に関すること。

その中でも退避前から特に温めていたのは、
使用済みSachet(サシェ=袋、ここでは特に日本でいうところのレジ袋)のリサイクル活動。

今日はこれに携わってもらう機織り職人たちのアトリエに行ってきた。

この活動は、
土に還らないSachetを拾い集め、
それを材料に財布、小銭入れ、鞄などを作って収入を得る、というもの。
上手くいけば、一石二鳥の廃棄物対策となり得る。
“ゴミを拾いましょう”、”ゴミはゴミ箱に”
といくら言ったところで、習慣はなかなか変えられないのだけれど、
収入に繋がるとなればモチベーションも違ってくるはずだと思う。

私は退避前に小銭入れの試作品をひとつだけ作ってもらったっきり帰国してしまっていたので、
今日は挨拶がてら、また1からのつもりでアトリエに行ってきた。

すると、
予めSachetが織りこまれた生地が用意されていて、
“すぐに財布や鞄の制作にかかれるだろ?”
と提案してもらえた。
これは全くの嬉しい誤算。
それだけで既にランチョンマットに出来そうな仕上がりで、
今後のこの活動がかなりスムーズに進みそうな気がした。
Burkinaの職人さん、もといKoupélaの職人さん、良い仕事してますねー!
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<ランチョンマットに出来そうな生地>
注:作ったのは後ろの女性団体の人たちでこの男の職人さんではない。彼は団体を紹介してくれた友人。
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by nao24d | 2011-09-23 21:00 | 活動・配属先

Le personnage-clef de mon activité?

2011.09.22


15日目・Le personnage-clef de mon activité?(私の活動のキーパーソン?)

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<植林指導するCP>
午前中CP(カウンターパート)のの植林活動に同行し、
終了後昼ご飯を食べに行ったときのこと。

そこに配属の日市役所で出逢ったD氏の姿があった。
彼は主に衛生関連の業務を担当する市役所職員で、
私は今後市内のゴミ管理システムを構築する上でのキーパーソンだと思っていた
(ちなみに、以前環境分野担当の職員は亡くなったっきり人員補充されていないと聞いている)。

しかし、CPはD氏に気付くやいなや、かなり強い口調で捲し立てた。
よく聞いてみると、
退避前に何度かゴミの回収・運搬に関する提案をしようと市役所に行ったのだが、
そのいずれも約束をすっぽかされていて、
そのとんずらした張本人がD氏だったというのである。
当時は体調が良くなかった、と苦しい言い訳。

思い返せば月曜に市役所を訪れたときも、
JICAからのレターにYESの返事をしておきながらその長である市長が現れないというエピソードがあった。
どうやら、この街の市役所は約束を守る、という意識が強くないらしい。

ただ、私は自分自身がルーズなだけに、CPのように強くは否定できなかったし、
今までも
・約束は守られない、もしくは、
・後回し後回しにされる、というのをある程度計算に入れて、
余裕のある活動計画を作っていたつもりだった。

でも、ほんと言うとCPの態度が正しい。
それがしっかり言えるだけのことをして、しっかり指摘することも自分の役割なのだと思う。
Burkinaはこんなもんだろ?って諦めたら、私は何の為に来たのかわからないではないか。
自分の根性も、彼らの根性も一緒に叩きなおさないといけないと感じる出来事だった。

まずは自分を磨いて、そして、
ぎくしゃくしてしまったが、今後はD氏とも良好な協力関係が築ければと思う…

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<植林先で見つけた稲>
余談だが、米だけが主食という訳ではないが、Burkinaにも米を栽培し、米を食す文化がある。
雨季のこの時期は各地で稲作が行われており、
その風景から日本を連想し、ノスタルジックな気持ちに浸ることもできる。
(味はやっぱり日本のが美味しい)
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by nao24d | 2011-09-22 21:00 | 活動・配属先

Je veux utiliser le ventilateur.

2011.09.20


13日目・Je veux utiliser le ventilateur. (私は扇風機を使いたいです。)

午前中に電気とネットの支払いに行った。
17万Fcfa・3万円以上のお金が一瞬で飛んで行った。
17万Fcfaあればこちらでは余裕で1ヶ月暮らせる。
実際は17万円くらい使った気分で、かなり痛い出費だ。

しかも電気は部品が無いらしく、しばらくは復旧できないとのこと。
同任地の2人はすぐに復旧したというから歯がゆい。
うちだけ復旧できないのは、
我が家はエアコンのある家庭用の配電になっているからで、
電気代も基本料が3倍程する。
だったらサービス良くしてくれよ、と言いたいところだ…

ということもあって、夕方沈んだ気持ちで夕食を食べに行こうとしたら、
同任地の後輩隊員S氏から”うちでご飯食べませんか?”とのおさそい。
電気のある生活ってこうも快適なのか、と実感。

隣の任地のM氏が言うには、
退避前ずっと電気・水道無しの生活をしていても、
5ヵ月も日本にいるとすっかりやり方を忘れてしまってたらしい。
だったら、ただでさえ不慣れな自分にはなおさら辛いわけだ。
明日には電気が使えれば良いなぁと思う。

そうそう、今日は郵便局にも行ってきて、
退避中に届いていた実家からの荷物を回収することが出来た。
中にはふりかけや粉末のスポーツドリンク、布団の上に敷く冷感マットなどが入っていた。
今日はS氏のうちにお世話になったけれど、
冷感マットがあれば、今後は電気が無くても、停電でも、扇風機無しで涼しく眠れそうだ。
日本の便利グッズってすごい。
暑がりの私にはとても嬉しい救援物資だった。

ま、扇風機が使えればそれに越したことはないんだけれど…
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<お天気雨>
余談だが、今日狐の嫁入りがあった。
でも、その雨の強さがアフリカクオリティ。
写真に上手く写せなかったけど、青空でない曇った側ではものすごい勢いの雨が降った。
そうそうBurkinaのスコールこうだったなぁ、って思い出した。
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by nao24d | 2011-09-20 21:00 | 任地・生活

Koupéla

2011.09.19


12日目・Koupéla(クーペラ)

4月19日の最終上京から5ヵ月、ついに任地Koupélaに戻ってきた。
5ヵ月経っても大した変化は無いだろうと高を括っていたが、
それまで任地で過ごした9カ月に起こらなかったような大きな変化が少なくとも2つは起こっていた。

ひとつはBoulangerie(ブーロンジョリー:パン屋)が出来たこと、
もうひとつはAlimentation(アリモンタシオン:食料品店)が大改装されたことである。
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<パン屋>
パン屋はかなりうちから近いところに出来たもので、
首都や他の任地でも見かけるチェーン店。
24時間営業だし、何より徒歩圏内なのが大変ありがたい。
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<パン屋のマダム>
店員さんの中には我が家の警備員のお姉さんもいて、親切にしてもらえそうだ。
また、細長いフランスパンしか買えないのがこの国のほとんどのパン屋なのだが、
ここでは味は同じでも3種類のサイズや形の違うパンが買えて革命的。
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<食料品店>
改装された食料品店はもはやスーパーというレベル。
家具や家電も置いているので、もともと食料品店というネーミングに疑問があったが、
扱う商品も倍増したため、同任地の隊員はKoupélaのダ○エーと名付けたほど。
ここも市内に2件ある大きな食料品店の、我が家に近い方だったので、
うちの辺りは地価高騰でもするんじゃないかという勢いだ。

これだけ便利になると、わざわざMarché(マルシェ:市場)に行くのがさらに面倒に思える。
ただ、野菜は向こうでしか買えないから、
行かないと炭水化物ばかり食べることになりかねないので、
嫌々ながらも行くしかないのだけれど…


配属先は相変わらずで、配置換えも無くてホッとした。
同僚の顔を見たときはかなりこみ上げるものがあった。
待っててくれたんだなぁ、ということに感動した。
その後、再会を祝して一杯やりながら、
語学研修中に温めた今後の活動プランをCPに伝え、
さっそくひと盛り上がりできたので、今後の活動が本当に楽しみになった。

モチベーション問題、一気に解決!
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by nao24d | 2011-09-19 21:00 | 任地・生活