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Raisin sauvage(野生のブドウ)

2012.05.31


267日目・Raisin sauvage(野生のブドウ)

Burkinaに再赴任後、食物暦とでも言うのだろうか、
要はその時期ごとの野菜や果物で、季節や時間の移り変わりを感じると書いたことがあったが、
赴任から2年が過ぎようとしている今になって、
新たにこの時期の旬の果物に出会った。

去年はBurkinaに居なかった時期なので、
知らなくて当然なのだが、
やはり、何も変化無く過ぎる期間なんて無いのだなぁと実感する。

さてさて、で、何に出会ったのかと言うと、"Raisin sauvage"=野生(自生)のブドウにである。

野生の、というだけあって、栽培されている日本のブドウのようには美味しいわけではなく、
種が大きく、実は繊維だらけでほとんど食べた気がしない(食べると言うよりしゃぶって捨てる)という感じの印象。

それでもなんとなーく買って、なんとなーくつまんでしまうのは、
小遣い稼ぎの子どもたちが、その辺で取ったのを売りに来て、
大人がむにゃむにゃやってる感じが、仲睦まじいなぁ、のどかだなぁ、という気がして、
自分も参加したくなるからだろうか?(サクラに簡単に引っかかってしまいそうだな)
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<ブドウはいかが?>

あんまり食べるとOPPになるらしいので、控えめに控えめに…
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by nao24d | 2012-05-31 23:00 | 任地・生活

公用旅券の更新

2012.05.25


261日目・公用旅券の更新

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<公用旅券>
協力隊員には一般旅券ではなく緑の公用旅券というパスポートが支給され
(これを持っている間、旅券の二重携行はできないので、赤や紺の一般旅券は預けることになる)、
それを持って任国へ赴任することになる。

基本的には任期中1冊のパスポートが支給されるわけだが、
私のように任期延長をすると、VISAの延長申請などに合わせ、
この公用旅券も新たに発行してもらわなくてはならない。

そして今日、先日申請した新しい公用旅券が日本から届いたということで、
在ブルキナファソ日本国大使館まで受領に行ってきた。

手続き自体はすんなり済んだのだが、そこで衝撃の事実を聞かされる。

私が今まで自信満々に記入してきた私の氏名が、思っていたものと少し違っていたのだ。

なんでも、にしでの「にし」は、下の4画目・5画目、曲げないのが戸籍上正しいらしい。
25歳と360日目の発見…4半世紀に渡る記入ミス。。。

しかし、私は高校入試のときに、確かに確認したはずなのだ。
高と髙(はしごだか)、
さいとうさんの「さい」(斉斎齊齋)、
わたなべさんの「なべ」(辺邊邉)と同様に、
「にし」の4画目5画目を曲げる・曲げないというパターンも例示され、
漢字の細かい違いにも注意し、戸籍通りに願書を書きなさいと言われ、
それでもって「曲げる」のだと確認の上、曲げて書いてきたのである。

高校のクラス名簿では、
私の1つ後ろのニシムラくんの「にし」だけ、わざわざ曲げない「にし」が書かれていた。

ニシムラくんに、珍しい「にし」なんやね、と言っていた自分も、まさかの曲げない「にし」だったという…

そんなわけで、
大学とか、いろんな資格とか免許の類、全部間違ってるのだが、
これで大丈夫なのだろうか。

15の秋、何をどう確認したのか、今となってはわからないが、
その後どっかのタイミングで誰かが書き換えたんじゃないかと思うくらいにわかに信じ難い真実。

そんなわけで、私の公用旅券には自信満々に4・5画目を曲げる方の「にし」が自署されている。

にしで家のご先祖様は、曲がったことが大嫌いだったに違いない…
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by nao24d | 2012-05-25 23:00 | Japon

雨乾いて地固まる

2012.05.09


245日目・雨乾いて地固まる

他の地域では降ったと聞くのにうんざりするほど雨の降らなかったKoupéla。
最近になって少しまとまった雨が降るようになった。

一度降ると、街にはたちまちいくつもの水溜り、
場所によっては池と呼べる大きさのものまでできる。
一度や二度の雨じゃ、Burkinaのことだからすぐ乾くだろうと思っていたから、
これには少し驚いた。
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<水汲みする女性>

聞いた話だと、Burkinaの大地を主に構成しているものはラテライトと呼ばれており、
これは一度乾くとガチガチに固まってしまう性質があるらしい。
水を含ませようとしても簡単に元には戻らない、不可逆性のある土らしいのだ。

つまり、乾いたBurkinaの大地には水が浸みこまない。
だから、気化する分は確かに多いかもしれないが、
少量の雨が降ったとしてもそれが地表に溜まるので、簡単に大きい池ができるというわけ。

ただそのため洪水が起きやすいのも事実。
雨が地面に浸みこまないで、地表を流れていってしまうから、
貯め池が溢れると、そのあと何日も水が引かなくなってしまうのだ。

この土のおかげで、雨水を簡単に貯水できるが、
この土のせいで、洪水の被害にも遭いやすく、一度乾くと農業をするのが困難になってしまう。

Burkinaの人からすると切っても切れない縁だけど、
私のような日本人から見るとなんとも付き合うのが難しそうなラテライト。

でも、Burkinabéはさすがで、
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<切り出されるレンガ>
その不可逆性の性質を利用して、毎年池の周囲ではレンガを切りだし、家屋の建材として利用している。
日本で何を学ぼうとも、こうした生活の智恵の部分は全く敵わないなぁと思う。

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<雨水も無駄にはしない>
ちなみにこうした貯め池の水は、洗濯や掃除、水浴び、家畜の飲み水として使われるらしく、
綺麗だけれど貴重な井戸水を節約するのに一役買うそうだ。

“雨降って地固まる”ならぬ、“雨乾いて地固まる”Burkinaの暮らし。
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by nao24d | 2012-05-22 21:50 | 任地・生活

CL観戦

2012.05.19


255日目・CL観戦

今日はUEFAチャンピオンズリーグ(CL)の決勝戦だった。
仕事は休みだったけど作業があって職場にいたから、そのままみんなと観戦した。
私が応援するのはイングランドのチェルシー。
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<観戦風景>

CLの決勝は1発勝負で、
どこが勝ちあがるとしても、決勝の会場は予め決まっているが、
今年は相手のバイエルンのホームグラウンドで行われるとあって、
大方の予想はバイエルン。

しかし、チェルシーがPK戦という死闘の末に見事勝利した。

後半35分頃に先制されたときは、一緒に観戦した同僚の多くは「終わった」と言っていたが、
お隣の国Côte d'Ivoireの英雄ドログバが、残り数分で起死回生のヘディングゴールを決め、
さらに、延長戦では同じくドログバの献上したPKをツェホが好捕。、
盛り上がりに盛り上がって、PK戦の最後もまたドログバが決めて終わる、
という、西アフリカの人々にとっては最高の展開。

いや~熱かった!!!
これを夜中のうちに早起きして観なくて良いっていうのも良かったし、
西アフリカの人が活躍した試合をここで観れたのも良かった!

ちなみに観戦中の写真は上に載せたけれども、
どこもかしこもテレビの前には人だかりができていたようで、
帰り道、テレビのある飲み屋さんは、どこもテレビを借りる人でいっぱいだった。
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<帰り道>
こういうの、3丁目の夕日みたいだとか親の世代は言うのだろうけど、
実際に経験したことない私でも、なぜかノスタルジックな気分になってなごまされる。
これもまた微笑ましいBurkinaの風景の1つ。
サッカーの大一番の日は、その試合だけでなくこの光景が私の密かな楽しみになっている。
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by nao24d | 2012-05-19 22:00 | 任地・生活

Bobo-Dioulassoの観光村にて

2015.05.15


251日目・Bobo-Dioulassoの観光村にて

Burkina第2の都市、Bobo-Dioulassoの観光村(住民曰く伝統的集落)に行ってきた。

しかし、ここ、入場料を取る割に、全然伝統的な感じがしないところで、それが逆に驚きだった。
ハッキリ言って2年前に訪れたKokologoの方が明らかに民族的要素が強かったし、
自称ガイドが案内してくれたものの、普段より若干写真が撮り易いだけの場所。

そして何より驚いたのがこの場所。
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<ゴミが大量に投棄された川で>
子どもが水浴びしたり無邪気に遊んだり、お母さんが皿洗いと洗濯をしている川の風景、と言えば聞こえは良いかもしれないが、
衝撃的なほどゴミで溢れかえっていて、臭いも凄かったし、ただただ、そこの子どもたちが心配で仕方ないところだった。

ガイドに「何とも思わないのか?」と問いただすと、
無邪気に魚が泳いでいることを自慢しながら、
「3カ月に一回は掃除して、ゴミも運搬してるし、
昔は飲んでたけれど、今はもう洗濯や水浴びにしか使わないから問題ないよ!」との返答。

私がガイドして欲しかったのはそういう村の現実でも無かったし、
しかもそれを問題無いと言い放ってしまうところも全く意味がわからなかったし、
そんなわけでかなり期待外れなところだったけど、

それを観光村としてしまうのは、Burkinabéなりの、
大量生産・大量消費社会へのアンチテーゼか何かだったのだろうか?

そういう意図で見ると興味深いと言えるかもしれないけど、
多分何も考えてなさそうだったあのガイドの様子を思うと、
なんだかやりきれない気持ちになる、そんな場所だった。
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by nao24d | 2012-05-15 23:00 | 宗教・文化・習慣

協力隊員として海外でボランティアする理由

2012.05.14


250日目・協力隊員として海外でボランティアする理由

今日でJICAボランティアの24年度春募集が終わる。
今回は実は私の後任の要請が出ていた。要望調査票はコチラ
要望調査票では新規とされているが、これは職種が変わったことによるもので、
中身は私の要請と同じと言って良い。

どんな人が後任になるのか、非常に興味深い。

さて、その募集なのだが、
去年の春募集に続いて、今回もまた知り合いが応募する。

そこでいろいろ相談を受けたので、
私自身改めて、JOCVとして海外でボランティアをする理由について考えてみた。

よく"協力隊に参加することが憧れです(でした)"という声を耳にするが、
おそらく協力隊員になるためには、
まず、要請をしっかり見て、自分のニーズ・適性と合ってる要請を探す必要があると思う。
協力隊に行きたい、じゃなくって、
したいことがあったから協力隊を選んだ、って言えるものを探す感じだろうか、
3年前、私はそういう思いで協力隊を選んだ。

環境に関しての大学での学びを、社会に還元したかった、
けれど、ずっと環境と関わっていくかには迷いがあった。
そこで、ステップにするにも、他の道選ぶにも、2年っていう時間なら割けるかな?という部分が、
協力隊で環境に関わる一番大きなポイントだった。

海外の実際が見たい、っていう理由も多いが、それなら短期のスタディーツアーなどもある。
それでも敢えてJOCVで行くという隊員の多くは、
やはりその2年って時間がミソだと思っているのではないだろうか。
しかもある程度の権限が与えられてて、
かつ専門家と違って、成果に関してそこまで大きな責任が無いから、
トライ&『エラー』できるというのも大きい。

以前所長が、
"失敗したことのリストを作ったらどう?"と言って下さったことがあった。
失敗する原因を全部網羅したら、もうあとは成功するしかなくなる。
しかしそういう知識のバンクは、あるようで無いから、是非取り組んでみたらどうか?ということだった。

と言うのも、専門家は仕事で来ているから、失敗はできない。
とくに開発コンサルなどの企業から、JICAの委託で来られている人はシビアに仕事をなさっていると聞く。
だから、そういう人たちには成し得ないのが失敗の事例集というわけ。
つまり、さっき言ったトライ&『エラー』できるというのは、
ボランティアは専門家と逆転の発想で、
ボランティアにしか作れない失敗事例集作ろう!くらいの、チャレンジができるということなのである。

ただ、ここで間違ってはいけないのが、失敗が許される、という意味で責任はあまり無いけど、
でもその失敗は必ず任国や日本、世界に還元しなくてはならないということ。
それは失敗が許されてる私たちの責任だと思っている。


ちなみにフランス語圏はJICAの専門家もまだまだ不足しているらしい。
私くらいの年齢で来て、その後、国際協力に携わっていきたいという人材は、
おそらく歓迎もされるし(もちろん力があればだが)、引く手数多なのではないだろうか?
それもJOCVに参加するメリットかもしれない。
もしこれをステップにしたいと考えるなら、
Burkina Fasoなど、フランス語圏、サハラ諸国での経験はかなり強みになるのではないだろうか?と思う。
(私はその道で生きていく考えを今のところ持ってはいないが)

もちろんJOCVの経験に加え、帰国後英国などでマスターを取ったらなお強いと思うが、
そうでなくてもOBとしてJICA関係の制度で経験を積むこともできるし、
留学や、その道に進んで行くためのルートもそこから、いろいろ拓けてくると思う。
また、大使館職員や専門家の方々にお話を伺ったり、
事務所でJICAの職員の方々と話せるチャンスもあり、
日本にいるより、現場の生の声ははるかに近くで聴ける。

さらに健康・安全面や金銭面のサポートを加味して考えたとき、
国際協力の専門家を目指すなら、メリットはかなりあると思う。

もちろん、批判的な意見もあるので、
協力隊に参加する前には、このBlogだけでなく、アンチの意見も参照されると良いかと思うが、
山本敏晴さんのブログも非常に分かり易く協力隊のことが書かれているのでおススメしたいと思う。

ちなみに、ここでは月9万もらえると書かれているけど、
今は仕分けの影響で減額されているとも聞くので応募の際は確認されるのが良いかと思う。


最後に、協力隊に参加して、
まず私の場合全く未知の業界だったから、
国際協力関係の日本では絶対コネクション持ちようがなかったセクターの人と話せたことは刺激的だった。
またその出逢いがもとで、将来のこと考える時間を持てたこと(写真・報道関係に進みたい)も良かった。
そして、日本・日本人って何だろう?
日本はこれからどうして行くべきなんだろう?と考えたり、
愛国心と言うのだろうか?そうした感情もより強くなり、
政治家ではないけど、国のことについて多少なりとも意見持てるようになった。
もちろん以前から全く無かったわけではないが、
経験に基づいてより多くの視点から考えれるようになった気がする。

これが今ざっと思いつく、
この3年間で私が協力隊員として海外でボランティアして得たものかと思う。

自分の後任の方には届かないと思うが、
今後、協力隊を目指す人に向けてと、
自分自身の記録として、このBlogを遺しておくことにする。
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<2012年5月14日のわたし>
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by nao24d | 2012-05-14 23:00 | 隊員・事務所