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SIAO最終日

2012.11.04


423日目・SIAO最終日

~今日の流れ~
10時30分頃会場に到着し、まずはSIAO記念Pagne(パーニュ・布)を購入。
昨日、一昨日と列に並んだのに買えなかった人気のこの布。
2タイプのカラーバリエーションがあったのだが、
もう既に黄色いモデルが完売してしまっていた。
しかし、グレーのものを合計12 pagne買い付けることができたので、
とりあえずはそれでリサイクルトートバッグの製作を続けたいと思う。

最終日とは言えまだまだ盛り上がるSIAO。
会場もパビリオンの中も相変わらずの混雑だったが、
JOCVスタンドは、昨日衛生啓発関連のエリアを閉めたこともあり、少し殺風景な感じ。

いよいよこのお祭り騒ぎも終わりを迎えるのだなぁと、
ホッとする気持ちと、寂しい気持ちが入り混じったような気分になる。

お世話になった在Burkina Faso日本大使館の参事官や、職員の方々と挨拶を交わし、
ラスマネの海苔巻きを食べ、
ラストスパート!と意気込んで少し売り場のレイアウトを変えてみた。
はっきりとした成果が出たかは微妙なところだが、
今日はトータルで22200Fcfaの売り上げだった。

午後からは大使などと挨拶を交わし、
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<ザ・Burkinaの売り子>
黄色と茶色のパビリオンを回って自分のためのお土産購入。
乾燥マンゴー2kg、バオバブの置物、シアバターの石鹸5つ、ストール2本、Tシャツ1枚、手帳のバインダー1冊。
お土産を買いあさろう!と意気込んだSIAOだったが、
結局ここで使ったお金は、食費と移動費がほとんどだったような気がする。

夕方からは早目だが少しずつ撤収作業を開始。
大使館の方々も明日発送の展示品の梱包作業をしていらした。
それらが終わり、全ての日本人が帰ったあと、
最後にもう一度ラスマネのかつ丼を食べ、
そして、日本パビリオンを1周した。

このために任期延長したと言っても過言ではないほど、
活動計画の中で特に重要な位置づけをしていたSIAOが、
遂に終わりのときを迎えようとしている。
涙こそ出なかったが、会場の景色を目に焼き付けようとすると、
やはり何かこみ上げてくるものがあった。

そして19時頃、パビリオンを後にした。

まだまだ外の屋台は活気を失うことなく、
会場前の通りは相変わらず「中国人!」と私を呼びつけるガラクタ同然のお土産売りで溢れかえっており、
本当に今日で終わってしまうのか、想像もつかない雰囲気だった。
だが、撤収のせいか、いつもより多かった自分の荷物が、
このお祭り騒ぎがもう終わりなんだということを物語っているようで、
夢の十日間から、重いその鞄を担いだときの肩の痛みで、私は現実に引き戻された。

また明日から次の展開へ、ここでの出逢いや経験を繋げていかなくてはならない。
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<閉館後のパビリオン(10月27日撮影)>


~気付いたこと~
最終日ということで、ほとんどのスタンドが大幅な値下げを決行していた。
というか、多くの出品者は値下げではなく価格破壊みたいな表現を使っていたほどで、
極端な例だと2日前15000Fcfaと言われたものが6000Fcfaまで下がっていた。

JOCVスタンドでも任地のBurkinabé2人はしきりに値下げしようと言ってきたが、
私はただでさえほとんど儲けにならない仕事なのに値下げして売ることはできないと断固反対した。
このとき値下げをしないように踏み切ったことを後で振り返ってみると、
期間中通してこの商品が好評だったことが自信となり、
そのおかげで「良いものは値下げしなくても必ず買い手がつく」と思えたことが大きいように思う。

昨日、一昨日と他のパビリオンを回り、
リサイクル製品の相場を見て、うちの商品は安すぎると思った。
そして日本で商売をなさっている方からも、もっと価格を上げても構わないと思う、
とのアドバイスを頂いた。
それはつまりこのリサイクル製品はある一定以上のレベルに達しているというお墨付きを頂いたわけだと思うし、
さらに、うちの仕立て屋の仕事は丁寧だ、しっかりしている、
そう言った評価も多く頂き、市場に並べられる商品だという確信を持たせてもらった気がする。

注文なく作ったものを売る経験は任地の生産者にとって初めてだったろうし、
これだけオープンなマーケットで様々な意見が聞けることは滅多にない。
だからSIAOでは直接の売り上げ以上に、
こうした生の声が彼らや私自身に直接入ってきたこと、
それが今後に繋がる何より大きな収穫だったと思う。

正直今の価格設定では継続性に疑問が残るので、
特に日本への卸値は、少し考えてみる必要がありそうだ。
上手く折り合いが付けば良いのだが…
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by nao24d | 2012-11-04 23:00 | SIAO (国際工芸見本市)

SIAO 5日目

2012.10.30


418日目・SIAO 5日目(たまにはリアルタイム更新)

~今日の流れ~
連日の疲れか朝は少し寝坊して、
行きたかった歯医者に行けなかった。

気を取り直して10時ごろ会場に着く。
昨日今日の感覚から、平日の朝は客足が少ないと見て良いようだ。

昨晩焼き直したJICAボランティアの活動紹介DVDは、
今日も会場のデッキで観ると字幕が切れてしまう。
PCで観れば問題無いのにどういう理由からなのだろう?
ちょっとこの件は保留。

お昼はラスマネさん(日本食レストラン「東京ですか?」のシェフ)の唐揚げ定食を食べたのだが、
その後はものすごい眠気に見舞われ、
ブースの後方で2時間ほど気を失っていた。

起きてからは飲料水パックを切り開く作業×80袋ほど。
それが終わるとさらに回収する作業。
会場内にポイ捨てされている飲料水を約150袋ほど集めて帰って来た。
そこからはまたそれを切り開き、
途中で期間中2回目のラジオのインタビューを受けたりしながら、
20時頃まで作業してからブースを閉めてパビリオンを出てきた。

ドミに戻ったあと持って帰ったそれらの袋を午前1時過ぎまでかけて手洗いした。

今日の売り上げはトータル2万フランほど。
もう売れるものが無いので結構限界に近い状態。

しかし、袋を集め、それをまた仕立て屋のVincentがトートバッグにしていく作業で、
今日は7つを完成させることができた。
またこの作業は人々の注目をかなり集めるので、
このリサイクルの取り組みを周知させる意味では大きな効果があると感じている。

売ること、販路を増やすこと、これは序盤でかなり達成できたと思うので、
ここから最後の週末までは、時間的な余裕もあるので、
リサイクルであったりポイ捨てに対しての啓発の意味を込めたアピールが出来ればいいと思う。


~気になったこと①~
Benin人のお客さんがSIAOのPagne(布)で作ったトートバッグをおととい発注して下さり、
今日はその受け取りの日になっていた。
15時頃一度ブースを訪れて下さった際まだ完成しておらず、
仕立て屋のVincentは「17時に来て下さい」と言った。
相手は「19時に来るからそれまでに仕上げてくれ」と言ったのだが、
Vincentは「いいえ、17時で構わないです」と言い張った。

結局17時10分にお客さんが来て下さったのだが、
そのときにはまだ完成しておらず、
お客さんはまた明日来る、と言って去って行った。

Burkinaではこういう風にいついつまでに出来る、と言って結局出来ない、
というパターンが仕立て屋でも、家具屋でも、電気会社でも、役所でも非常に多い。
今回の場合、お客さんの方から余裕のある時間を設定してくれたわけで、
なぜそれに従わないのか理解不能だった。

私はVincentに言った。
日本が発展してる、Burkinaは貧しい、とよくBurkinabéは言うけれど、
それはこういうところに起因するのではないのだろうか?と。

日本ではお客さんとの間で、期日を守るというのは、絶対に外せない要素。
だから全力で納期に間に合わせる。
そして、アクシデントも想定して、余裕のある期日を予め設定するし、
出来ないなら出来ないとはっきり言う。

こっちは大口叩くと言うか、アクシデントを想定しないで約束をし、
出来なかったことすらÇa va aller.(なんとかなる)で済ませてしまう。

それではこの先、せっかく獲得した販路をふいにしてしまう。

停電だって多いBurkina。
それに彼は8月上旬にバイクで転んだこともあり、
SIAOに向けても数百個作る予定だったトートバッグが結局50個も作れなかった現実がある。
何でもかんでも安易に請負ってはいけないことを誰よりわかっているべきなのに…

そんなこんなでちょっと言い合いになってしまったけれど、
最終的にはラスマネさんのカツ丼を2人で食べ、
「明日も水パック集めて来るからお仕事頑張ってね」
「明日も縫製頑張るからパック集めよろしくね」
と言い合って今日を終えた。
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<カツ丼を食べるVincent >

ここ(Burkina)で仕事をするだけならば、
私たちの感覚に合わせる必要は無いのかもしれない。
でも、それに合わせる合わせないの前に、そういう信頼関係の築き方があることを知っておくのは、
きっと彼や任地の人々にプラスになると信じている。
その上で最終的にどうするかは彼自身が決めれば良い。

だから、向こうが不機嫌になろうが私は思ったことを言うし、
今までやってきたことを考えれば少し険悪になっても、
それで崩れてしまう関係でもないとも思っている。
それにこうやって、共に歩んでいけるのも、もう残り少ない期間しかない。
この時間を大切に、どんどんぶつかりながら磨き上げたものを日本に届けられれば最高なのだが…


~気になったこと②~
SIAOの会場では毎日
「おい、中国人」
とよく声をかけられる。

今回のSIAOは日本が特別招待国。
直接の投資では無いにしろ、間接的に日本の資金で建てられたパビリオンもあり、
テレビでも連日日本が取り上げられているのにも関わらず、
それでもまだ「中国人」と言われるのは少しがっくりくるところがある。

とくに、ソーラン節の衣装でいるのにそう言われると、
ほとんどイラっとしてしまう。

今日も帰り道、会場から出てタクシーを探している道すがら、
物売りの男たちがいつもと同じように「おい、中国人」声をかけてきた。
私は「私たちは日本人です」と大声で叫びながら道を進んだ。

そうすると1人、わざと何度も「中国人、中国人」と言って、
おもしろがる輩が現れた。
これには正直ムカっときて、名札に書かれたJaponの文字を見せ全力で否定した。

周りのBurkinabéの1人が本当に申し訳なさそうにして、
ふざける男を止めてくれたが、
最大の援助国とも言われる日本をそうやって侮辱するのはどうなんだろう?
という想いがこみ上げ、しばらくおさまらなかった。

でも、あとになって考えてみると、
その援助も彼には直接届いて無いのかもしれないし、
だとしたら、別に日本人に対して感謝の気持ちも無いだろうし、
彼自身が中国に悪い印象を持っていなかったら、私たちが怒る理由もわからないだろう。

私は今の日中関係を見ていて、中国に好意的な印象を抱けないし、
だからあんな風に怒ってしまうのかもしれない。
でも別に直接何かされたわけでもないのに嫌うという行為はおかしいような気もする。
そして国際協力してるぞーって偉そうな面をしながら調子に乗ってる日本人を、
ちょっと冷やかしてやりたかったのかもしれない。

彼は傲慢になりかかった私に、そんなメッセージを発していたのだろうか?

もちろん、そこまで深く考えず、ただおもしろがってただけかもしれないけれど、
なんだか自分が試されているような感じで、とてもモヤモヤした気分になっている。
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by nao24d | 2012-10-31 12:17

SIAO 1日目

2012.10.26


414日目・SIAO 1日目

設営がまだ途中な感は否めないが遂にSIAOが始まる。

会場へは隊員宿舎からタクシーで行くのだが(約20分)、
今日はタバスキ(イスラムの犠牲祭)ということもあり、
タクシーどころかほとんど車が走っていなかった。

しかしたまたまJICAの公用車が通過してくれ、
なんとか会場への脚を確保。

会場内は警察の厳重警備で、
招待国日本のJICA公用車でさえ、
通行許可証が無いと進入できない。

が、入口で足止めをくらっている私たちのもとに、
見覚えのある顔が近づいてくる。
ベルナールさんだ。
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<ベルナールさんと(2012.11.01撮影)>
彼は隊員とも親密な付き合いのある責任者級の警察官で、
なんと彼の一声でJICAカーは無事会場内へ辿り着くことができた。

9時少し前に到着したが、
やはりタバスキの影響か場内は閑散としていた。

そして、融通の利かない警備のため、何故か日本パビリオンに日本人が入れない状況。
大使館の職員の方が動き回って下さり、その後数分で中に入ることができたが、
会場も会場でまだまだバタバタしていている印象だった。

午前中はプロのバイヤーのみが訪れることのできるSIAO。
初日のこの時間、日本パビリオンにはほとんど販売ブースが無いため、
客足はまばらというかほぼ0に近い状況。
まだ準備の終わっていない我々隊員は残っているブースの設営作業を続ける。

お昼は隊員で集まり屋外の出店で乾杯。
年中日本に比べれば暑いBurkina、
一仕事終えたあとのビールは格別だ。

午後も設営、徐々に手作り感満載のJOCVブースが完成していく。

そして明日のJapan Dayに向け、ソーラン節の前日練習。
昨日ジェネレーターが取り付けられると聞いていて、
今日は停電の心配なく舞台で合わせられるかと思いきや、
まさかの停電…
結局音無しで練習しただけで明日の本番を迎えることになった。
少し不安はあるが、9月上旬からの積み重ねを自信に明日は頑張りたいと思う。

ということで初日は、
前回のSIAOで協力隊員がコラボレーションした団体の製品はいくつか売れたみたいだが、
うちの任地の製品の売り上げは結局0。明日に期待だな、

とブースを後にしようとしたそのとき…

ある日本人のお客さんが訪ねて下さり、
「飲料水パックのリサイクルバッグを100個くらい欲しいのですが」
と、驚きの提案を受けることになる。

彼女は大阪の某有名百貨店に店舗を構える、
フェアトレード製品などを扱う会社の代表取締役、という方だったのだ。

あいにく、100も用意できておらず、
とりあえず10個また後日取りに来て頂くことにし、
100という数については私が帰国するときに運ばせて頂こうと思っているのだが、

いやはや初日からものすごい大きなチャンスを得ることができた気がする。

その後隊員OGの方の紹介でもうひとり別のバイヤーさんにも接触することができ、
こちらからも注文して頂けそうな運びになった。

収入は0でも可能性が拡がる1日になった。
SIAO、
お客としてではなく、出展者として参加してはじめてわかることが山ほどありそうだ。
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by nao24d | 2012-10-26 23:00 | SIAO (国際工芸見本市)

国際工芸見本市に向けて6

2012.10.21


409日目・国際工芸見本市に向けて6

今日はソーラン節の練習のあと、
午後から会場設営の準備を手伝った。

指揮を執って下さる隊員のY氏は、
午前中からいろいろ作業して下さっていたようで、
遅れて参加することになり非常に申しわけなかったが、
最後にほんの少しだけ木材を切らせてもらった。
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<全然切れて無いけど血管だけそれっぽい図>(Y氏撮影)
ちなみにこのBurkinaのノコギリ、
押したときに切れるタイプで、
うまく体重をかけられず、さらに全然切れ味よくないし、木材も超硬くて…
というか、切れなかったのは、単に非力なだけか…

ちなみに一緒にお手伝いに参加してくれたM氏は、
日本では建築専攻だったらしく、意気揚々と建築学科卒の維持見せるから!と、
警備員のBurkinabéにも熱く語っていたが、
「木を切るのは建築の人の仕事じゃないよ」と苦笑いでつっこまれていた。

そう言えばBurkinaじゃ、
建築は泥と家畜の糞と藁を混ぜたバンコと呼ばれる材料で行われるか、
最近はセメントブロックを積み上げたタイプばかりで、木造のものはまず無い。

考えてみればわかるんだけれども、
自分たちの当たり前が通用しないって感覚が久しぶりな気がして、
2年4カ月経ってもまだまだ出てくるなぁ文化の違い、と思った瞬間だった。

つづく…
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by nao24d | 2012-10-21 23:00

国際工芸見本市に向けて5

2012.10.20


408日目・国際工芸見本市に向けて5

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<通学にも便利なリサイクルバッグ>
この少年が肩にかけているバッグが、
このあいだ紹介した任地製品の紹介シートが役立ったのか、
SIAOでのアーティストの作品コンペの書類審査に通過した!

まだ入賞したわけでもないのに、
生産者の仕立て屋さんは大喜び。

数ある応募者の中から、
最終審査に進んだだけでも光栄なこと。

このゴミ減量に向けた活動が、
少しBurkinaの社会に認められたようで嬉しい。

火曜日、SIAOのコミッションに今度は作品提出に行くことになった。

良い結果を祈るばかりだ。
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by nao24d | 2012-10-20 22:00 | SIAO (国際工芸見本市)

Bani

2012.09.17


375日目・Bani

昨日からは北部の街Baniへ。
現在隊員はDori以北の街には行けないため、
行ける範囲では実質一番北の街なのかなぁと思う。

この街はかつてJICAボランティアの雑誌、クロスロードの表紙にもなったところで、
モスクが有名。

宿にはガイドが常駐していて、街のことをいろいろ教えてくれた。


Baniは1831年にある預言者が丘の上に誰かが7つのモスクを建てるだろう、
とお告げを遺したことがもともと伝説になっていた地らしい。

それが誰なのかわからないまま時が流れ、
今90歳か95歳かになる(ガイドが忘れてた)新たな預言者が7歳だったころに、
自分がそのモスクを建てる夢を見たらしく、
1979年に完成したのがこのモスク群。

以降、それまでたった4件の家庭しか存在しなかったこの地に、
今では4000の人口が生活しているそうだ。

ちなみに預言者のおじいさんは、
15歳のころから毎日少し集落を離れた草むらで夕方までお祈りをしているらしく、
未だにそれを続けているらしい。

街を見下ろす丘の上には7つのモスクがあり、
それと丘の下のグランモスクの位置関係が、
グランモスクに向かってお祈りをする人の、頭、両肩、両腕、両足を表している。
また7つのモスクは曜日とも密接なつながりがあるらしい。
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<丘の上のモスク>

グランモスクの壁面には、
お祈りをする人、コーランを書く木簡のようなもの、礼拝の際に使われる数珠のようなものが
モチーフとしてかたちどられていた。
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<グランモスク>


ところで、割と新しい時代のものなのに、かなり崩れているこのモスク群。
2009年にBurkina Fasoを襲った大洪水の影響もあったそうだ。
しかし、それよりもこのモスクの荒廃を進めた要因としてはダムの決壊が挙げられると言う。
2004年にそのダムが決壊するまでは、
どのモスクも3年に1度は綺麗に改修され、
雨季に多少崩れることがあっても、乾季のうちに修繕されてきた。
しかし、最大の水源が無くなった今、
日干しレンガの生産も追いつかず、
また雨季終了後2カ月ほどで無くなってしまうような貯め池しか持たないBaniでは修繕に多くの水を用いるわけにはいかず、
今は年に1つのモスクを修繕するのがやっとだそうだ。

かつてはそのモスクの修繕に、
水源からモスクの立ち並ぶ丘まで人がずら―っと並び、
バケツリレー方式で水やレンガを運搬し作業に当たっていたそう。
人々は職を手にすることができ、Baniには今より活気があったそうだ。


と、まぁ案内された中で聴いたのはこんな内容。
(行かないとイマイチ伝わらないだろうと思うのだが、自分のための記録として)


自分の感想としては、
任地や他の地域では味わえない、丘で感じる風、360°広がる景色に感動し、
のんびりとした北部Burkinaの人々の営みを感じられたことも貴重な体験だったし、
多少崩れてはいるものの、モスクは美しかったし、
その土壁の赤、雨季の緑、空の青の調和は素晴らしいと思った。

おそらく唯一の宿は、物凄く簡素なBurkinaの伝統的な住居の形をしているのだが、
埃っぽくあまり綺麗とは思えなかったけれど、
慣れると全然苦にならないのが不思議だった。

電気も水道も無く、青空トイレ、水浴びするわけだが、
それもある種快感だった。

と、BaniはBurkina北部にもこれだけの観光資源があるのか、と正直驚くほどのポテンシャルを持っていて、
Burkinaを訪れた際は是非旅程に組み込んでもらいたい場所。

このまま廃れていく一方とならなければ良いなぁと切に思う。
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<丘の上から>
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by nao24d | 2012-09-17 22:00 | 国内イベント・観光・旅行

ようこそブルキナファソ・ようこそクーペラ

2012.09.07


365日目その2・ようこそブルキナファソ・ようこそクーペラ

被災地で共にボランティアをした学生2人が今日Burkinaに来てくれた。

今まで何人かがBurkinaに来たいと言ってくれたが、
アフリカのイメージだったり、距離や費用だったり、予防接種やVISAだったりで、
実現するのがなかなか困難なのが日本人にとっての現実。

そんな中はるばるやって来てくれたのは本当に嬉しいこと。

さすがにボランティア先で知り合っただけあって行動派の2人だと思う。


そして、8日のゴミ拾いに参加して下さる他の任地の隊員とそのパートナーもKoupélaまで脚を運んで下さり、
今までで一番任地に日本人が多い状況。


Burkinaのこと、Koupélaのこと、
良いところも悪いところもたくさんみんなに紹介したいと思っている。

とりあえず長旅お疲れ様、ようこそBurkina Fasoへ、ということで、
彼らの無事の到着を改めて私たちの共通の友人、仲間たちに報告しておこうと思う。
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<15期会@ブルキナ>
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by nao24d | 2012-09-07 23:30 | 任地・生活

ゴミ拾いの準備

2012.09.07


365日目・ゴミ拾いの準備

明日はAction Faso Propreという任地のゴミ拾いイベントの開催日。
ここ最近は準備に大忙しだった。

でも、正直まだ足りてない部分も多い(気がする)。

当日の参加者確保も、イベント実行の資金集めも、取りかかるのが遅かった。
協力を求めに行ったら行ったで、相手の都合が悪くまた後でと言われ、
後で訪れたらやっぱり明日と言われ…
ということがあったとき、
C/Pが思わずC’est pas facile.(セ・パ・ファシール:簡単じゃないね)
とガッカリしたように言ったこともあった。

今日の最終ミーティングでは音楽隊の話が出たが、
大使をお迎えするセレモニーには酋長の一声で無料で参加してくれる彼らに、
そのままゴミ拾い中の参加者の鼓舞をお願いしようと言ったら、
そこはお金が発生するとの声があって、

私たちの街のための活動なんだからボランティアでやってもらおうよ、と主張しても、

1回目のミーティングであんなに人が居たのに、
なぜ2回目・3回目が流れて、
今日のミーティングにこれだけの人数しかいないかわかるか?

アフリカではボランティアでは誰も動かないんだよ、と言われた。

最後まで、C’est pas facileだった。

ただ、かなりの時間をそれに裂いたのは事実だし、
初めての経験だったから、ある程度仕方なかったと思っている。
隊員2人(とC/Pもかなり頑張ってくれた)で急かし続けてもペースを上げることはできなかったが、
それでもなんとか実施に漕ぎつけたという感じ。

ここまで来たらあとはÇa va aller(サ・ヴァ・アレ:なんとかなるでしょ)。
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<今日のミーティング参加者と>

明日晴れると良いな!
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by nao24d | 2012-09-07 23:00 | 活動・配属先

New和が家

2012.08.26


354日目・New和が家

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<新しい和が家にて>
飯田さん家にカウンターが出来ていて、
いつの間にか会員制の居酒屋?になっていた。

モデルは小林薫の深夜食堂らしい。

それにしても、
思い浮かんだことをパッと実現できるフットワークの軽さ、
恐るべし、Mr.BURKINA FASO.
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<自家製ソースが決め手!>
お好み焼き、アフリカカレー、ごちそうさまでした!
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by nao24d | 2012-08-26 23:00

雨のあと

2012.08.24


352日目・雨のあと

雨が降るとみんな働くのを止めてしまう任地の人々。
もうすぐ大きなイベントがあるって焦ってるこっちの気持ちなんて関係ない。

こっちの雨はまず雨脚が強い、強すぎる。

それで傘差して歩く人もごくまれにしかいない。
思えばBurkinaに来てすぐの頃は、
フランス語で傘って何て言うんだっけ?と思いだせなくなるくらいだったし、
傘という単語は、全くと言って良いほど、日々の生活に登場しないのである、雨季でさえ。

そして、土壌の性質のため、水が土の中に浸透せず、
大きな水溜りがいくつもできる。

というか、ほとんど道が無くなってしまうこともある。
それも頻繁に。

今日も雨が降った。

夕方からだったので、幸い活動はできたけれど、
案の定、道は川のようになり、行く手を阻まれる感じ。

このせいで買い物には行けなかった、あるもので我慢。

しかし、夜になり、雨の音が聞こえなくなり、
ふいに外に出てみると、
今度はその川が、空になっていた。
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<足元にひろがる空>
この景色は日本じゃ滅多に見られない気がした。
もちろん、これ以上降ったらそんな呑気なこと言ってられないのだろうけど。

そんなこんなで、
焦る気持ちもあるけれど、
雨の日にも良さがあるんだなぁ、なんてちょっと余裕をもらった気がする。

あと4カ月。
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by nao24d | 2012-08-24 22:00 | 任地・生活