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国際工芸見本市に向けて2

2012.06.23


290日目・国際工芸見本市に向けて 2

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<リサイクルエコバッグ(巾着タイプ)>
先日のミーティングで実行委員会が、
“ビニール袋の使用を抑えるためにと紙袋を試作している”と話していたことに対し、
こちらから次回提案を考えているのがリサイクルエコバッグ。

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<仕立て屋Vincent氏>
作ってくれているのは再赴任当初ポーチを作ってもらっていた人たちではなく、
最近よくお世話になっているフランス語のよく通じる仕立て屋Vincent(ヴァンソン)。

彼はリサイクルについても非常によく理解を示してくれており、
期日もわりと守って仕事をしてくれるので、活動する上では非常に心強いパートナーである。
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<裏地には飲料水パック>
このバッグのミソは、飲料水のパックを1つ当たり21個も使うということ。
それだけ多くのゴミが新しいものに生まれ変わるのである。
それを可能にした秘密が、底面に付けられている中敷き。
ここに10パック分が重ねられており、置いたときの安定感と強度を高める働きをしているのである。
これはVincentのBonne idée(ナイスアイデア)である。

またビニールで覆われていることで、中身を雨から守ることもできるし、
ファスナーではなく紐で閉じるようにしたことで、大幅にコストダウンができた。
生地代から工賃までで500Fcfa(100円程)に抑えるのが目標なのだが、
それが叶えば現地の人にもある程度買ってもらえるのではないかと踏んでいる。

この巾着タイプの他にもトートバッグ型など数種類のモデルを作り、
次回のミーティングで発表し、もし導入が決まれば、
こちらとしてはSIAOパーニュを使って10000個を目標に生産したいと考えている。

環境省の県局長にもその考えを伝え、省を挙げた協力もお願いしてみた。
来週の出張で上司にかけあってみるとの回答を頂けて、こちらも好感触。
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<県局長へ提案中>

しかし、問題点もひとつ浮かび上がった。

飲料水パックの回収はこれから夏休みの子どもたちや、
それ専用の担当者に行ってもらおうと計画していて、
2パックにつき1Fcfaをイメージしていたのだが、
環境省で飲料水パックを買い取るとき、相場は1kg50Fcfaとなっているらしい。

つまり、2パック1Fcfaではあげ過ぎらしいのだ。
こちらはそれでもサイクルできるし、
それぐらいお金になるような仕組みでないと続かないような気がするから、
敢えてその金額設定だったのだが、
そのパックを使って苗木を作っている人もおり、
彼らの仕事の妨げになる恐れがあるのである。
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<4月に撮った苗木屋さんの写真(右下の部分に飲料水パックを使った苗木が見られる)>

ということで、この件に関してはしばし保留。
当面は私とVincentで拾い集めるか、
商店前に回収用の段ボールを設置するなどして回収していこうということになった。

と、良い活動になりそうだ、と思っても、なかなか一筋縄では行かないものだと改めて思い知らされた。
様々なStakeholder(利害関係者)いて、
その人たちのことまでカバーしたプランを考えるのは至難の業。

でも、とにかくできることから取り組んでいこう!
だんだんおもしろくなってきた!
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by nao24d | 2012-06-23 23:00 | SIAO (国際工芸見本市)

私だけが観た夕陽

2012.06.22


289日目・私だけが観た夕陽

2010年6月22日にBurkinaの大地を踏んだ私にとって、
今日はそれから2年と1日目、私だけの延長戦が始まった。

先輩隊員曰く、
先に帰国する同期隊員のfacebookは帰国前・帰国直後は集合写真で溢れ、
その後日本のクオリティの高い食べ物がニュースフィードを埋め尽くし、
次第に旅行の写真がどんどんUPされ始め、
3カ月経って就職(できない)ネタで盛り上がるらしい。

月曜に同期が帰国し、
空港での再会の写真に始まり、
早くも日本めしが並び始めてて面白い。

彼らが帰るまでは、
同期がいようがいまいが私の活動に関わることはほぼ無く、
別段影響は無いだろうと高を括っていたが、
ふと隊員機関誌のことで電話しようとしたときに、
あぁ、もうみんないないんだなぁと我にかえり、
思ってた以上に喪失感が大きいことに気付いた。

それにもすぐ慣れるのだろうけど、
やっぱりなんだかんだで支えられていた部分は大きく、
文字通り同じ釜の飯を食ってアフリカまでやってきた仲間の存在の大きさを知ることになった。

そう考えると25人一気に帰ってしまうよりは、
退避があって段階的に人が減ったのは私にとって幸いだったかもしれない。

これからの活動に対しては、
みんなの最終報告を聴いたことや、自分だけ残る意味についていろいろ考えるから、
今はやらなきゃって気持ちがプレッシャーになりそうなほど大きい。

と、精神的には結構ダメージあるような気がするのに、
それとは裏腹にこの火曜から金曜でいろいろ進んだ。
悶々としてるのに、活動だけすーっと流れていくと、
心のバランスが崩壊しそうでちょっと怖くも思う。

上手くいきそうで悩むってなんとも贅沢な状況ではあるが…


と、なんだかスッキリしない気持ちで今週の就業を終え、
家路につこうとしたとき、
ふと、目の前に、
雲に埋もれても、それを分かつように放たれる夕陽の光を観ることができた。

そのとき思わずシャッターを切ったのがこの1枚。
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<雲を分かつ光>

これを観ていると、いろんなことを考える。

まず、他に何も撮らなかったのに、なぜか一眼を持って職場に行ったのは幸運だった。
思えば今までの人生トータルで考えると、基本的に自分は運が良い。
だからこの選択(=任期延長)もきっと間違いじゃなかった!なんてちょっと前向きになれた(まだ評価するのは早すぎるとも思うが)。

そして、もし日本に帰ってたらこの夕陽は見られなかったわけで、
やっぱり残った自分にしか観られないものがこの先もいくつもあるんだろうなって再確認できた。

また、見方によっては太陽が雲に飲み込まれた構図ではあるけど、直観的にそうは感じず、
今は雲に隠れてちゃんと観えないけど、その一筋の光の向こうにもっと輝く太陽があるというのは、
私と活動の行く先を暗示しているに違いない!とすら思えてきた。
(太陽は沈む一方で、次は背中側から出てくるにも関わらず、なんともめでたいポジティブシンキング!)

乾季の空は灰色で、しばらくそうすることを忘れてたけど、
改めて空を見上げると、日々の悩みなんて些細だな、とつくづく思い知らされる。
夕陽の美しさはいろいろな雑念を洗い流してくれるし
最近の晴れてるときの夜空の星なんて感動半端無いし、
青く澄みきった空にでかでかと浮かぶ入道雲は気分を上げてくれる。

久々に空の持つパワーを感じ、
しばらく同期と同じ時間帯に星を眺めたり、夕陽を観たりはできないけれど、
これからも空を観ることは続けたいと思ったし、
次に同じ夕陽を眺めるときに、胸を張っていられるように居たいと思った。

来週はもうちょい上げていこう!
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by nao24d | 2012-06-22 23:00 | 心境

ゴミゼロ活動の打ち上げ

2012.06.17


284日目・ゴミゼロ活動の打ち上げ

今日は在ブルキナファソ日本国大使の公邸で、
大使夫人の呼びかけで始まった5月30日(ゴミゼロの日)に向けたゴミゼロ活動の打ち上げに参加させて頂いた。

この活動は、Action Faso Propre(訳すと、清潔なブルキナファソ運動という感じだろうか)と名付けられ、
文字通り清潔なブルキナファソにするために、ゴミ拾いや啓発を行っていこうというものである。

現在まで数回の廃棄物に関する勉強会の後、
首都Ouagadougouで5月26日に第1回のゴミ拾いが開催(曜日の関係で30日には出来なかった)され、
6月9日にも地方都市Bérébaで第2回のゴミ拾いが実施されている。

また、既に第3回も来月14日に企画されており、第4回は私の任地で実施予定(9月初旬)。
大使ご夫妻もBurkina Fasoに一大ムーブメントを巻き起こしたいと意気込んでおられる。

打ち上げと称されたこの会にはそれに協力した協力隊員数名と、Burkina Fasoの方々が招待されており、
大使直々に感謝状を授与して頂き、公邸料理人の方のディナーまでごちそうして頂けるという、畏れ多い会だった。

しかも、私が5月30日生まれだったことをご存知で、バーステーケーキまで用意して下さっており、
天皇誕生日レセプションが行われるのと同じ場で、
こんな一国民が祝われて良いのかと非常に恐縮してしまったが、
こんなこともう一生無いだろうと、ご厚意に甘えてしまいっぱなしの数時間だった。

それにしても、
協力隊員になってから、JICAの職員の方々、外務省の方々、大使と、
日本では絶対に絡む機会の無い方とお話する機会を頂けて、それだけでもすごく幸せに感じていたのに、
大使に名前を憶えて頂くどころか、感謝状まで頂けるなんて、もうこれは家宝物だと思う。
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<感謝状授与!>

感謝状授与して頂いたことに報いるべく、
任地Koupélaでの第4回活動実現に向け、
配属先、市役所、同任地隊員と共に頑張っていきたいと思う。
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by nao24d | 2012-06-17 23:00 | 活動・配属先

公用旅券の更新

2012.05.25


261日目・公用旅券の更新

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<公用旅券>
協力隊員には一般旅券ではなく緑の公用旅券というパスポートが支給され
(これを持っている間、旅券の二重携行はできないので、赤や紺の一般旅券は預けることになる)、
それを持って任国へ赴任することになる。

基本的には任期中1冊のパスポートが支給されるわけだが、
私のように任期延長をすると、VISAの延長申請などに合わせ、
この公用旅券も新たに発行してもらわなくてはならない。

そして今日、先日申請した新しい公用旅券が日本から届いたということで、
在ブルキナファソ日本国大使館まで受領に行ってきた。

手続き自体はすんなり済んだのだが、そこで衝撃の事実を聞かされる。

私が今まで自信満々に記入してきた私の氏名が、思っていたものと少し違っていたのだ。

なんでも、にしでの「にし」は、下の4画目・5画目、曲げないのが戸籍上正しいらしい。
25歳と360日目の発見…4半世紀に渡る記入ミス。。。

しかし、私は高校入試のときに、確かに確認したはずなのだ。
高と髙(はしごだか)、
さいとうさんの「さい」(斉斎齊齋)、
わたなべさんの「なべ」(辺邊邉)と同様に、
「にし」の4画目5画目を曲げる・曲げないというパターンも例示され、
漢字の細かい違いにも注意し、戸籍通りに願書を書きなさいと言われ、
それでもって「曲げる」のだと確認の上、曲げて書いてきたのである。

高校のクラス名簿では、
私の1つ後ろのニシムラくんの「にし」だけ、わざわざ曲げない「にし」が書かれていた。

ニシムラくんに、珍しい「にし」なんやね、と言っていた自分も、まさかの曲げない「にし」だったという…

そんなわけで、
大学とか、いろんな資格とか免許の類、全部間違ってるのだが、
これで大丈夫なのだろうか。

15の秋、何をどう確認したのか、今となってはわからないが、
その後どっかのタイミングで誰かが書き換えたんじゃないかと思うくらいにわかに信じ難い真実。

そんなわけで、私の公用旅券には自信満々に4・5画目を曲げる方の「にし」が自署されている。

にしで家のご先祖様は、曲がったことが大嫌いだったに違いない…
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by nao24d | 2012-05-25 23:00 | Japon

雨乾いて地固まる

2012.05.09


245日目・雨乾いて地固まる

他の地域では降ったと聞くのにうんざりするほど雨の降らなかったKoupéla。
最近になって少しまとまった雨が降るようになった。

一度降ると、街にはたちまちいくつもの水溜り、
場所によっては池と呼べる大きさのものまでできる。
一度や二度の雨じゃ、Burkinaのことだからすぐ乾くだろうと思っていたから、
これには少し驚いた。
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<水汲みする女性>

聞いた話だと、Burkinaの大地を主に構成しているものはラテライトと呼ばれており、
これは一度乾くとガチガチに固まってしまう性質があるらしい。
水を含ませようとしても簡単に元には戻らない、不可逆性のある土らしいのだ。

つまり、乾いたBurkinaの大地には水が浸みこまない。
だから、気化する分は確かに多いかもしれないが、
少量の雨が降ったとしてもそれが地表に溜まるので、簡単に大きい池ができるというわけ。

ただそのため洪水が起きやすいのも事実。
雨が地面に浸みこまないで、地表を流れていってしまうから、
貯め池が溢れると、そのあと何日も水が引かなくなってしまうのだ。

この土のおかげで、雨水を簡単に貯水できるが、
この土のせいで、洪水の被害にも遭いやすく、一度乾くと農業をするのが困難になってしまう。

Burkinaの人からすると切っても切れない縁だけど、
私のような日本人から見るとなんとも付き合うのが難しそうなラテライト。

でも、Burkinabéはさすがで、
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<切り出されるレンガ>
その不可逆性の性質を利用して、毎年池の周囲ではレンガを切りだし、家屋の建材として利用している。
日本で何を学ぼうとも、こうした生活の智恵の部分は全く敵わないなぁと思う。

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<雨水も無駄にはしない>
ちなみにこうした貯め池の水は、洗濯や掃除、水浴び、家畜の飲み水として使われるらしく、
綺麗だけれど貴重な井戸水を節約するのに一役買うそうだ。

“雨降って地固まる”ならぬ、“雨乾いて地固まる”Burkinaの暮らし。
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by nao24d | 2012-05-22 21:50 | 任地・生活

協力隊員として海外でボランティアする理由

2012.05.14


250日目・協力隊員として海外でボランティアする理由

今日でJICAボランティアの24年度春募集が終わる。
今回は実は私の後任の要請が出ていた。要望調査票はコチラ
要望調査票では新規とされているが、これは職種が変わったことによるもので、
中身は私の要請と同じと言って良い。

どんな人が後任になるのか、非常に興味深い。

さて、その募集なのだが、
去年の春募集に続いて、今回もまた知り合いが応募する。

そこでいろいろ相談を受けたので、
私自身改めて、JOCVとして海外でボランティアをする理由について考えてみた。

よく"協力隊に参加することが憧れです(でした)"という声を耳にするが、
おそらく協力隊員になるためには、
まず、要請をしっかり見て、自分のニーズ・適性と合ってる要請を探す必要があると思う。
協力隊に行きたい、じゃなくって、
したいことがあったから協力隊を選んだ、って言えるものを探す感じだろうか、
3年前、私はそういう思いで協力隊を選んだ。

環境に関しての大学での学びを、社会に還元したかった、
けれど、ずっと環境と関わっていくかには迷いがあった。
そこで、ステップにするにも、他の道選ぶにも、2年っていう時間なら割けるかな?という部分が、
協力隊で環境に関わる一番大きなポイントだった。

海外の実際が見たい、っていう理由も多いが、それなら短期のスタディーツアーなどもある。
それでも敢えてJOCVで行くという隊員の多くは、
やはりその2年って時間がミソだと思っているのではないだろうか。
しかもある程度の権限が与えられてて、
かつ専門家と違って、成果に関してそこまで大きな責任が無いから、
トライ&『エラー』できるというのも大きい。

以前所長が、
"失敗したことのリストを作ったらどう?"と言って下さったことがあった。
失敗する原因を全部網羅したら、もうあとは成功するしかなくなる。
しかしそういう知識のバンクは、あるようで無いから、是非取り組んでみたらどうか?ということだった。

と言うのも、専門家は仕事で来ているから、失敗はできない。
とくに開発コンサルなどの企業から、JICAの委託で来られている人はシビアに仕事をなさっていると聞く。
だから、そういう人たちには成し得ないのが失敗の事例集というわけ。
つまり、さっき言ったトライ&『エラー』できるというのは、
ボランティアは専門家と逆転の発想で、
ボランティアにしか作れない失敗事例集作ろう!くらいの、チャレンジができるということなのである。

ただ、ここで間違ってはいけないのが、失敗が許される、という意味で責任はあまり無いけど、
でもその失敗は必ず任国や日本、世界に還元しなくてはならないということ。
それは失敗が許されてる私たちの責任だと思っている。


ちなみにフランス語圏はJICAの専門家もまだまだ不足しているらしい。
私くらいの年齢で来て、その後、国際協力に携わっていきたいという人材は、
おそらく歓迎もされるし(もちろん力があればだが)、引く手数多なのではないだろうか?
それもJOCVに参加するメリットかもしれない。
もしこれをステップにしたいと考えるなら、
Burkina Fasoなど、フランス語圏、サハラ諸国での経験はかなり強みになるのではないだろうか?と思う。
(私はその道で生きていく考えを今のところ持ってはいないが)

もちろんJOCVの経験に加え、帰国後英国などでマスターを取ったらなお強いと思うが、
そうでなくてもOBとしてJICA関係の制度で経験を積むこともできるし、
留学や、その道に進んで行くためのルートもそこから、いろいろ拓けてくると思う。
また、大使館職員や専門家の方々にお話を伺ったり、
事務所でJICAの職員の方々と話せるチャンスもあり、
日本にいるより、現場の生の声ははるかに近くで聴ける。

さらに健康・安全面や金銭面のサポートを加味して考えたとき、
国際協力の専門家を目指すなら、メリットはかなりあると思う。

もちろん、批判的な意見もあるので、
協力隊に参加する前には、このBlogだけでなく、アンチの意見も参照されると良いかと思うが、
山本敏晴さんのブログも非常に分かり易く協力隊のことが書かれているのでおススメしたいと思う。

ちなみに、ここでは月9万もらえると書かれているけど、
今は仕分けの影響で減額されているとも聞くので応募の際は確認されるのが良いかと思う。


最後に、協力隊に参加して、
まず私の場合全く未知の業界だったから、
国際協力関係の日本では絶対コネクション持ちようがなかったセクターの人と話せたことは刺激的だった。
またその出逢いがもとで、将来のこと考える時間を持てたこと(写真・報道関係に進みたい)も良かった。
そして、日本・日本人って何だろう?
日本はこれからどうして行くべきなんだろう?と考えたり、
愛国心と言うのだろうか?そうした感情もより強くなり、
政治家ではないけど、国のことについて多少なりとも意見持てるようになった。
もちろん以前から全く無かったわけではないが、
経験に基づいてより多くの視点から考えれるようになった気がする。

これが今ざっと思いつく、
この3年間で私が協力隊員として海外でボランティアして得たものかと思う。

自分の後任の方には届かないと思うが、
今後、協力隊を目指す人に向けてと、
自分自身の記録として、このBlogを遺しておくことにする。
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<2012年5月14日のわたし>
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by nao24d | 2012-05-14 23:00 | 隊員・事務所

ソーシャルメディアのはなし

2012.04.20


226日目・ソーシャルメディアのはなし

SNSが情報収集や共有、コミュニケーションのツールとして確立される昨今、
その恩恵に最もあずかっているのは、協力隊という特殊な環境に散り散りになっている我々ではないだろうか?とときどき思う。
もちろん運営側のメインターゲットではなかったであろうが(映画The Social Networkを観た限りでは特にそう思う)、
今日は事務所からの定期連絡で、
ソーシャルメディアの私的利用に関するガイドラインなどいくつかの資料が送られて来たし、
隊員の中にその利用者が多いことは明らかだ。

TwitterやFacebookのおかげで、モロッコでいくつかの出逢いがあったり、
そこで初めて出逢った人たちとも繋がれたことは、SNS時代を象徴しているなぁとつくづく思った。

文通やべらぼうに高い国際電話でしか日本の家族のことや友人のことを知れなかった一昔前の協力隊員は、
帰国時は確実に浦島太郎状態だったんだろうなと思うし、
そんな生活を2年送るなんて恐ろしいなとか、
その環境で精神状態をコントロールしておられたことは尊敬にも値すると思ったりもする。

でも逆にここまで情報が溢れている今の協力隊員は、
日本のこと、世界のこと何も知りませんでした、
では通らないんじゃないか?とさえ思う。

この2年はスマートフォンの普及も凄かったし、
日本では特に情報化が進んだような気がする。
就活のお供にスマートフォン、twitter、Facebookって聞こえてくるし。

それでもときどき葉書を書いたりするのだが、
それも、そんな時代だからこそ、みたいな感じで、
すっかり染まってるなぁと日々思う。

ただ、おかげで日本のごく身近な人々の現在も追いかけられるのは本当にありがたい。
そして、随分ご無沙汰だったね、という同級生たちと久々に繋がれたりするのは、素直に面白いと思う。

名字が変わってたり、子どもが産まれましただったり、
そういう情報にもはや焦ることは無くなったけど、最初は結構ハッとすることもあったし、
いろいろ刺激は貰った気がする。

毎日毎日誕生日のインフォメーションが数人ずつ出てきて、
こんな遠く離れたところからおめでとうが言えたりするのも不思議な感じだが、
もはやそれも習慣化しそうな気配さえある。

肯定的に見れば、世界と繋がるツールにも、世界を拡げるツールにもなるし、
そういう意図で使用を推奨されているところも多いのだろうし、
地元の子との消えかかった繋がりを復活させたりする意味でも面白いものだけど、

例えば前者の意図で使い始めたのに結果地元の子との繋がりだけに終始したり、
画面越しの付き合いでしかないのに世界と繋がった気になるのは少し異様な気もする。

そういう意味で上手く使いこなせてないと、なんか自分自身がおかしな方向に進んで行きそうな予感もある。

どうせならそれを使いこなして、もっと面白く生きれたら良いのだけれど、
とりあえず今はBurkinaにいる以上それに頼らざるを得ないところもあるし、
最終的には面と向かっていろいろ伝えたい、という気持ちを持ちつつ、上手く関わっていきたいと思う。

最後にちょっと前の写真を1枚。
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<結婚式用のメッセージ>
こういうのを届けれた瞬間は、ほんとにソ-シャルメディアさまさまだなぁと思う。
髪の毛長っ。
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by nao24d | 2012-04-25 07:29 | 任地・生活

送別会

2012.03.17


192日目・送別会

今日は任期を終え帰国する隊員たちの送別会があった。

今回は1つ前の隊次と学校の先生をしている同期も帰国するということで、
いつもの送別会とは違う感覚があった。

2年前の4月に訓練所で出逢って以来、ともに協力隊員として歩んできた仲間。
退避を経てからも、戻ってこられた貴重な存在でもあったし、かなり感慨深いものがあった。

会の途中で担当調整員から自分の任期延長が決まったことが報告された。
これで12月に帰国することになり、クリスマスは東京で研修らしい。

ということは、3ヶ月後にさらに同期7人を見送ることとなる。
いざ、そう決まったと聞くと、いよいよ寂しい気持ちが押し寄せてくる。

協力隊はどこの国も3カ月ごとに隊員が入るから、
帰国する人がいれば、一方で新たに赴任する人がいるもの。

しかし、ブルキナは去年の暴動のせいで、隊員の派遣再開は来年の3月以降。
だから、ひたすら見送るばかりで、もう1年迎えることが無い状態。
どんどん静かになっていく隊員宿舎。

最大勢力の同期が抜ければいよいよ隊員は10人。
ちょっとしたことで電話をかける相手もいなくなる。

同期の帰国日まではもう100日を切っている。
みんなまとめの時期に入っている。

どんな顔でお別れするのか今は想像もつかないが、
自分もとりあえず6月20日に一区切りつけるつもりで活動し、
同じくらいの達成感を感じながら最後の瞬間を過ごせたらと思う。

協力隊の2年って、ほんとあっという間だなぁと、
いよいよ実感が湧いてきた。

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<集合写真>
最後に、帰国される22-1、21-4の隊員の皆さん、2年間本当にお疲れさまでした。
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by nao24d | 2012-03-17 23:00 | 隊員・事務所

8.mars(3月8日):国際婦人デー

2012.03.08


183日目・8.mars(3月8日):国際婦人デー

今日は国際婦人デー。
BurkinaFasoでは祝日にもされており、全国各地で様々な催しが開かれる。
私も県内のあるコミューンでのセレモニーを覗いてきた。
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<いつもお世話になっているKoupélaのマダム達>
セレモニーではコミューン長の挨拶、
女性の宣誓、
女性の地位向上を訴える劇、
県内の女性団体など行進などが行われ、多くの人でにぎわった。
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<行進>
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<気合の入った観客>

この日に合わせ、Burkinaでは記念パーニュが販売され、
皆その布を使ってドレスやシャツを仕立てるのが恒例となっており、
女性だけでなく男性も、子どもから大人まで色々な8.mars服を着ていた。
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<新米ママさんも>
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<男性も>
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<お嬢ちゃんも>
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<少年も>
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<お揃いの布で私もちゃっかり>
Burkina隊員は結構厳しい環境に置かれていることを今更ながら実感することが多いが、
こうして現地の大勢の方と同じ布でお揃いの服を仕立てることができるのは、
Burkina隊員だけの特権な気がしてとても嬉しくなる。
隊員間でお揃いのポロシャツなどを作るのや、
一部のご近所さんとお揃いにするのとは全然意味合いが違い、
全国的な話題で、そのときBurkinaにいた記念にもなるし、すごく良い思い出になる。

普段男性に産まれて良かったと思うことばかりだが、
そういう文化のあるBurkinaに来たために、
ドレスを仕立てたりするのは女性の方が楽しいだろうなぁとよく思う。
とくに、この8.marsに関しては。

夕方からは女性の家でダンスパーティー。
夜な夜なダンスが行われたらしい。
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<踊るBurkinaマダム>
中央の笑顔の女性が女性の家の代表さん。

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<エレン>
ヨーグルト屋のエレンも今日はおめかし。

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<キャバレーに集う男性陣>
男性陣は今日は立場が弱いのか?
普段なら女性もいる飲み屋さん、今日は花が無くて殺風景に思えた。


割と勤勉と言われるBurkinaの人々だが、
女性の勤勉さは男性のそれよりはるかにレベルが高い気がする。
家事もやって、お金も稼いで、という女性が非常に多いし、労働時間が男女で全然違うと思う。
そうしたこともあって、女性の社会進出が福祉を向上させるとかいろいろ言われるけれど、
Burkinaの発展には真面目に働く女性の力が特に必要だと思う。

幸い、
実力があれば省庁の重要ポストに女性が登用されることは珍しくなく、
国際婦人デーを盛大に祝う国民性からも、女性の権利は比較的保障された国であると思う。
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<セレモニーの会場に掲げられた横断幕>
女性地位向上省の男性職員さんと掲げた横断幕にも
「155回 国際婦人デー・クリテンガ県の男性は、妊産婦死亡率の減少のために、我々の役割を果たします」
と書かれており、男性たち自身もその役割や女性の権利を認識しているのだと思う。

これからも男女が手を取り合って国を作っていってもらえれば、と思った。

ということで、とにかく今日は全ての女性にBon fête!!
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by nao24d | 2012-03-08 23:00 | 宗教・文化・習慣

セルフカット

2012.02.23


169日目・セルフカット

大学院入試の2日前、9月3日に散髪して以来、5ヵ月と20日ぶりに髪の毛を切った。
しかも産まれて初めて自分ひとりで。

Before
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<5ヵ月伸ばした状態>

After
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<自分一人で頑張った結果>

龍馬伝の影響でちょんまげにしたくて今まで伸ばしてたけど、
やっぱり短いと見通しが抜群に良い。
そして軽い、シャンプー全然使わないで済む、涼しい!

さっきドラマ「それでも、生きていく」観てたら、
瑛太がセルフカットするシーンがあったけど、あれは整いすぎ。

とくに自分は初めてだったからか、
ところどころ、いや、だいぶバランスがおかしい。

今週末のドミトリーの引っ越しのとき、同期隊員に微調整してもらおうと思う。

ま、でも、とりあえずスッキリ。
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by nao24d | 2012-02-23 23:00 | Au Burkina Faso