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Bobo-Dioulassoの観光村にて

2015.05.15


251日目・Bobo-Dioulassoの観光村にて

Burkina第2の都市、Bobo-Dioulassoの観光村(住民曰く伝統的集落)に行ってきた。

しかし、ここ、入場料を取る割に、全然伝統的な感じがしないところで、それが逆に驚きだった。
ハッキリ言って2年前に訪れたKokologoの方が明らかに民族的要素が強かったし、
自称ガイドが案内してくれたものの、普段より若干写真が撮り易いだけの場所。

そして何より驚いたのがこの場所。
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<ゴミが大量に投棄された川で>
子どもが水浴びしたり無邪気に遊んだり、お母さんが皿洗いと洗濯をしている川の風景、と言えば聞こえは良いかもしれないが、
衝撃的なほどゴミで溢れかえっていて、臭いも凄かったし、ただただ、そこの子どもたちが心配で仕方ないところだった。

ガイドに「何とも思わないのか?」と問いただすと、
無邪気に魚が泳いでいることを自慢しながら、
「3カ月に一回は掃除して、ゴミも運搬してるし、
昔は飲んでたけれど、今はもう洗濯や水浴びにしか使わないから問題ないよ!」との返答。

私がガイドして欲しかったのはそういう村の現実でも無かったし、
しかもそれを問題無いと言い放ってしまうところも全く意味がわからなかったし、
そんなわけでかなり期待外れなところだったけど、

それを観光村としてしまうのは、Burkinabéなりの、
大量生産・大量消費社会へのアンチテーゼか何かだったのだろうか?

そういう意図で見ると興味深いと言えるかもしれないけど、
多分何も考えてなさそうだったあのガイドの様子を思うと、
なんだかやりきれない気持ちになる、そんな場所だった。
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by nao24d | 2012-05-15 23:00 | 宗教・文化・習慣

協力隊員として海外でボランティアする理由

2012.05.14


250日目・協力隊員として海外でボランティアする理由

今日でJICAボランティアの24年度春募集が終わる。
今回は実は私の後任の要請が出ていた。要望調査票はコチラ
要望調査票では新規とされているが、これは職種が変わったことによるもので、
中身は私の要請と同じと言って良い。

どんな人が後任になるのか、非常に興味深い。

さて、その募集なのだが、
去年の春募集に続いて、今回もまた知り合いが応募する。

そこでいろいろ相談を受けたので、
私自身改めて、JOCVとして海外でボランティアをする理由について考えてみた。

よく"協力隊に参加することが憧れです(でした)"という声を耳にするが、
おそらく協力隊員になるためには、
まず、要請をしっかり見て、自分のニーズ・適性と合ってる要請を探す必要があると思う。
協力隊に行きたい、じゃなくって、
したいことがあったから協力隊を選んだ、って言えるものを探す感じだろうか、
3年前、私はそういう思いで協力隊を選んだ。

環境に関しての大学での学びを、社会に還元したかった、
けれど、ずっと環境と関わっていくかには迷いがあった。
そこで、ステップにするにも、他の道選ぶにも、2年っていう時間なら割けるかな?という部分が、
協力隊で環境に関わる一番大きなポイントだった。

海外の実際が見たい、っていう理由も多いが、それなら短期のスタディーツアーなどもある。
それでも敢えてJOCVで行くという隊員の多くは、
やはりその2年って時間がミソだと思っているのではないだろうか。
しかもある程度の権限が与えられてて、
かつ専門家と違って、成果に関してそこまで大きな責任が無いから、
トライ&『エラー』できるというのも大きい。

以前所長が、
"失敗したことのリストを作ったらどう?"と言って下さったことがあった。
失敗する原因を全部網羅したら、もうあとは成功するしかなくなる。
しかしそういう知識のバンクは、あるようで無いから、是非取り組んでみたらどうか?ということだった。

と言うのも、専門家は仕事で来ているから、失敗はできない。
とくに開発コンサルなどの企業から、JICAの委託で来られている人はシビアに仕事をなさっていると聞く。
だから、そういう人たちには成し得ないのが失敗の事例集というわけ。
つまり、さっき言ったトライ&『エラー』できるというのは、
ボランティアは専門家と逆転の発想で、
ボランティアにしか作れない失敗事例集作ろう!くらいの、チャレンジができるということなのである。

ただ、ここで間違ってはいけないのが、失敗が許される、という意味で責任はあまり無いけど、
でもその失敗は必ず任国や日本、世界に還元しなくてはならないということ。
それは失敗が許されてる私たちの責任だと思っている。


ちなみにフランス語圏はJICAの専門家もまだまだ不足しているらしい。
私くらいの年齢で来て、その後、国際協力に携わっていきたいという人材は、
おそらく歓迎もされるし(もちろん力があればだが)、引く手数多なのではないだろうか?
それもJOCVに参加するメリットかもしれない。
もしこれをステップにしたいと考えるなら、
Burkina Fasoなど、フランス語圏、サハラ諸国での経験はかなり強みになるのではないだろうか?と思う。
(私はその道で生きていく考えを今のところ持ってはいないが)

もちろんJOCVの経験に加え、帰国後英国などでマスターを取ったらなお強いと思うが、
そうでなくてもOBとしてJICA関係の制度で経験を積むこともできるし、
留学や、その道に進んで行くためのルートもそこから、いろいろ拓けてくると思う。
また、大使館職員や専門家の方々にお話を伺ったり、
事務所でJICAの職員の方々と話せるチャンスもあり、
日本にいるより、現場の生の声ははるかに近くで聴ける。

さらに健康・安全面や金銭面のサポートを加味して考えたとき、
国際協力の専門家を目指すなら、メリットはかなりあると思う。

もちろん、批判的な意見もあるので、
協力隊に参加する前には、このBlogだけでなく、アンチの意見も参照されると良いかと思うが、
山本敏晴さんのブログも非常に分かり易く協力隊のことが書かれているのでおススメしたいと思う。

ちなみに、ここでは月9万もらえると書かれているけど、
今は仕分けの影響で減額されているとも聞くので応募の際は確認されるのが良いかと思う。


最後に、協力隊に参加して、
まず私の場合全く未知の業界だったから、
国際協力関係の日本では絶対コネクション持ちようがなかったセクターの人と話せたことは刺激的だった。
またその出逢いがもとで、将来のこと考える時間を持てたこと(写真・報道関係に進みたい)も良かった。
そして、日本・日本人って何だろう?
日本はこれからどうして行くべきなんだろう?と考えたり、
愛国心と言うのだろうか?そうした感情もより強くなり、
政治家ではないけど、国のことについて多少なりとも意見持てるようになった。
もちろん以前から全く無かったわけではないが、
経験に基づいてより多くの視点から考えれるようになった気がする。

これが今ざっと思いつく、
この3年間で私が協力隊員として海外でボランティアして得たものかと思う。

自分の後任の方には届かないと思うが、
今後、協力隊を目指す人に向けてと、
自分自身の記録として、このBlogを遺しておくことにする。
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<2012年5月14日のわたし>
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by nao24d | 2012-05-14 23:00 | 隊員・事務所

ソーシャルメディアのはなし

2012.04.20


226日目・ソーシャルメディアのはなし

SNSが情報収集や共有、コミュニケーションのツールとして確立される昨今、
その恩恵に最もあずかっているのは、協力隊という特殊な環境に散り散りになっている我々ではないだろうか?とときどき思う。
もちろん運営側のメインターゲットではなかったであろうが(映画The Social Networkを観た限りでは特にそう思う)、
今日は事務所からの定期連絡で、
ソーシャルメディアの私的利用に関するガイドラインなどいくつかの資料が送られて来たし、
隊員の中にその利用者が多いことは明らかだ。

TwitterやFacebookのおかげで、モロッコでいくつかの出逢いがあったり、
そこで初めて出逢った人たちとも繋がれたことは、SNS時代を象徴しているなぁとつくづく思った。

文通やべらぼうに高い国際電話でしか日本の家族のことや友人のことを知れなかった一昔前の協力隊員は、
帰国時は確実に浦島太郎状態だったんだろうなと思うし、
そんな生活を2年送るなんて恐ろしいなとか、
その環境で精神状態をコントロールしておられたことは尊敬にも値すると思ったりもする。

でも逆にここまで情報が溢れている今の協力隊員は、
日本のこと、世界のこと何も知りませんでした、
では通らないんじゃないか?とさえ思う。

この2年はスマートフォンの普及も凄かったし、
日本では特に情報化が進んだような気がする。
就活のお供にスマートフォン、twitter、Facebookって聞こえてくるし。

それでもときどき葉書を書いたりするのだが、
それも、そんな時代だからこそ、みたいな感じで、
すっかり染まってるなぁと日々思う。

ただ、おかげで日本のごく身近な人々の現在も追いかけられるのは本当にありがたい。
そして、随分ご無沙汰だったね、という同級生たちと久々に繋がれたりするのは、素直に面白いと思う。

名字が変わってたり、子どもが産まれましただったり、
そういう情報にもはや焦ることは無くなったけど、最初は結構ハッとすることもあったし、
いろいろ刺激は貰った気がする。

毎日毎日誕生日のインフォメーションが数人ずつ出てきて、
こんな遠く離れたところからおめでとうが言えたりするのも不思議な感じだが、
もはやそれも習慣化しそうな気配さえある。

肯定的に見れば、世界と繋がるツールにも、世界を拡げるツールにもなるし、
そういう意図で使用を推奨されているところも多いのだろうし、
地元の子との消えかかった繋がりを復活させたりする意味でも面白いものだけど、

例えば前者の意図で使い始めたのに結果地元の子との繋がりだけに終始したり、
画面越しの付き合いでしかないのに世界と繋がった気になるのは少し異様な気もする。

そういう意味で上手く使いこなせてないと、なんか自分自身がおかしな方向に進んで行きそうな予感もある。

どうせならそれを使いこなして、もっと面白く生きれたら良いのだけれど、
とりあえず今はBurkinaにいる以上それに頼らざるを得ないところもあるし、
最終的には面と向かっていろいろ伝えたい、という気持ちを持ちつつ、上手く関わっていきたいと思う。

最後にちょっと前の写真を1枚。
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<結婚式用のメッセージ>
こういうのを届けれた瞬間は、ほんとにソ-シャルメディアさまさまだなぁと思う。
髪の毛長っ。
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by nao24d | 2012-04-25 07:29 | 任地・生活

送別会

2012.03.17


192日目・送別会

今日は任期を終え帰国する隊員たちの送別会があった。

今回は1つ前の隊次と学校の先生をしている同期も帰国するということで、
いつもの送別会とは違う感覚があった。

2年前の4月に訓練所で出逢って以来、ともに協力隊員として歩んできた仲間。
退避を経てからも、戻ってこられた貴重な存在でもあったし、かなり感慨深いものがあった。

会の途中で担当調整員から自分の任期延長が決まったことが報告された。
これで12月に帰国することになり、クリスマスは東京で研修らしい。

ということは、3ヶ月後にさらに同期7人を見送ることとなる。
いざ、そう決まったと聞くと、いよいよ寂しい気持ちが押し寄せてくる。

協力隊はどこの国も3カ月ごとに隊員が入るから、
帰国する人がいれば、一方で新たに赴任する人がいるもの。

しかし、ブルキナは去年の暴動のせいで、隊員の派遣再開は来年の3月以降。
だから、ひたすら見送るばかりで、もう1年迎えることが無い状態。
どんどん静かになっていく隊員宿舎。

最大勢力の同期が抜ければいよいよ隊員は10人。
ちょっとしたことで電話をかける相手もいなくなる。

同期の帰国日まではもう100日を切っている。
みんなまとめの時期に入っている。

どんな顔でお別れするのか今は想像もつかないが、
自分もとりあえず6月20日に一区切りつけるつもりで活動し、
同じくらいの達成感を感じながら最後の瞬間を過ごせたらと思う。

協力隊の2年って、ほんとあっという間だなぁと、
いよいよ実感が湧いてきた。

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<集合写真>
最後に、帰国される22-1、21-4の隊員の皆さん、2年間本当にお疲れさまでした。
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by nao24d | 2012-03-17 23:00 | 隊員・事務所

8.mars(3月8日):国際婦人デー

2012.03.08


183日目・8.mars(3月8日):国際婦人デー

今日は国際婦人デー。
BurkinaFasoでは祝日にもされており、全国各地で様々な催しが開かれる。
私も県内のあるコミューンでのセレモニーを覗いてきた。
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<いつもお世話になっているKoupélaのマダム達>
セレモニーではコミューン長の挨拶、
女性の宣誓、
女性の地位向上を訴える劇、
県内の女性団体など行進などが行われ、多くの人でにぎわった。
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<行進>
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<気合の入った観客>

この日に合わせ、Burkinaでは記念パーニュが販売され、
皆その布を使ってドレスやシャツを仕立てるのが恒例となっており、
女性だけでなく男性も、子どもから大人まで色々な8.mars服を着ていた。
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<新米ママさんも>
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<男性も>
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<お嬢ちゃんも>
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<少年も>
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<お揃いの布で私もちゃっかり>
Burkina隊員は結構厳しい環境に置かれていることを今更ながら実感することが多いが、
こうして現地の大勢の方と同じ布でお揃いの服を仕立てることができるのは、
Burkina隊員だけの特権な気がしてとても嬉しくなる。
隊員間でお揃いのポロシャツなどを作るのや、
一部のご近所さんとお揃いにするのとは全然意味合いが違い、
全国的な話題で、そのときBurkinaにいた記念にもなるし、すごく良い思い出になる。

普段男性に産まれて良かったと思うことばかりだが、
そういう文化のあるBurkinaに来たために、
ドレスを仕立てたりするのは女性の方が楽しいだろうなぁとよく思う。
とくに、この8.marsに関しては。

夕方からは女性の家でダンスパーティー。
夜な夜なダンスが行われたらしい。
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<踊るBurkinaマダム>
中央の笑顔の女性が女性の家の代表さん。

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<エレン>
ヨーグルト屋のエレンも今日はおめかし。

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<キャバレーに集う男性陣>
男性陣は今日は立場が弱いのか?
普段なら女性もいる飲み屋さん、今日は花が無くて殺風景に思えた。


割と勤勉と言われるBurkinaの人々だが、
女性の勤勉さは男性のそれよりはるかにレベルが高い気がする。
家事もやって、お金も稼いで、という女性が非常に多いし、労働時間が男女で全然違うと思う。
そうしたこともあって、女性の社会進出が福祉を向上させるとかいろいろ言われるけれど、
Burkinaの発展には真面目に働く女性の力が特に必要だと思う。

幸い、
実力があれば省庁の重要ポストに女性が登用されることは珍しくなく、
国際婦人デーを盛大に祝う国民性からも、女性の権利は比較的保障された国であると思う。
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<セレモニーの会場に掲げられた横断幕>
女性地位向上省の男性職員さんと掲げた横断幕にも
「155回 国際婦人デー・クリテンガ県の男性は、妊産婦死亡率の減少のために、我々の役割を果たします」
と書かれており、男性たち自身もその役割や女性の権利を認識しているのだと思う。

これからも男女が手を取り合って国を作っていってもらえれば、と思った。

ということで、とにかく今日は全ての女性にBon fête!!
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by nao24d | 2012-03-08 23:00 | 宗教・文化・習慣

セルフカット

2012.02.23


169日目・セルフカット

大学院入試の2日前、9月3日に散髪して以来、5ヵ月と20日ぶりに髪の毛を切った。
しかも産まれて初めて自分ひとりで。

Before
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<5ヵ月伸ばした状態>

After
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<自分一人で頑張った結果>

龍馬伝の影響でちょんまげにしたくて今まで伸ばしてたけど、
やっぱり短いと見通しが抜群に良い。
そして軽い、シャンプー全然使わないで済む、涼しい!

さっきドラマ「それでも、生きていく」観てたら、
瑛太がセルフカットするシーンがあったけど、あれは整いすぎ。

とくに自分は初めてだったからか、
ところどころ、いや、だいぶバランスがおかしい。

今週末のドミトリーの引っ越しのとき、同期隊員に微調整してもらおうと思う。

ま、でも、とりあえずスッキリ。
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by nao24d | 2012-02-23 23:00 | Au Burkina Faso

火起こしの哲学

2012.02.08


154日目・火起こしの哲学

人付き合いって難しいけど、
その中で共同作業していくのってもっと難しい。

「いい加減大人でしょ?」と言われても、意見が食い違うとついカッカしてしまったり、
最近気付いたけど、自分はとことん面倒だ、ってとこまで行くと、何でも放棄してしまう。

それは大人・社会人がすることじゃないわけで、
そこから抜け出せない限り、学生気分・サークル気分と言われても仕方なく、
また、背負っている責任の大きさも理解できていないと、苦言を呈されることも。
まだ言って頂けるならありがたいのだが…

えぇーいっ!何でも一人でやってしまえ!自分の思い通りに!
と独りよがりなことを思うときもやっぱりある。

でもでも、
むかーし、燃えさかる火を見て、あぁ、なんとなく人と人の関係っぽいなぁって思ったことがあった。

1本の薪でつく火と、2本の薪でつく火を比べると、
2本の方は1本+1本分の炎より、大きな炎にすることが出来る。
人だって同じで、1人の力と1人の力が合わさると、うまく行けばそれ以上の力になることがある。
そう、昔そんなことを確かに考えていたのだ。

ただ、薪で火を起こすには、空気の通り道が必要で、あまりに薪同士の間隔が狭いと火は消えてしまう。
間隔を広げ過ぎてもまた然り。
人もあまりに親しくなって距離が近づきすぎると逆にうっとうしくなったり、干渉が過ぎると関係に亀裂が生じたりする。
けれど、いつまでも避け合っていては相乗効果は期待できない。
共同作業に行き詰まるのはきっとこのせい。

上手に火をつけるにも、人付き合いにも、距離感が肝心。
なぁなぁにならず、干渉し過ぎないで、信じて見守る距離感、
人付き合いに関して、それを信頼感と言うこともできるのかもしれない。

自分がいて、相手がいて、それで一番うまくいく距離を見つけることが出来るようになったら、
自分の存在にもっと大きな意味を見出すことができるはず。

2006年秋の気づきから。
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<焚き火>
いつか、人付き合いなんてシンプルなもんだ、って言えるようになると良いな。
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by nao24d | 2012-02-08 23:00

Harmattan(ハルマッタン)

2012.02.06


152日目・Harmattan(ハルマッタン)

Harmattan(ハルマッタン):
西アフリカのギニア湾岸地方に吹く局地風。
東ないし北東寄りの風で、11月から2月までの乾季に多く現れる。
その範囲はマデイラ島よおり黄金海岸の地方にまで及ぶが、
内陸のサハラ砂漠のほうから吹いてくるために非常に乾燥しており風塵を伴うことが多い。
成因的にはアフリカ大陸上の亜熱帯高圧帯の南縁に吹く北東風であり貿易風の一種である。
(出典:ブリタニカ国際大百科事典)

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<霧じゃなくって砂で霞む道>
今日は今まで1年7ヵ月を超える任期で一番のハルマッタンが吹いた気がする。
昨日洗濯しておいたのは我ながらファインプレーだった。

我が家は窓ガラスもあって、他の隊員の家に比べ相当家の中に砂が入る量が少ないはずだが、
今日は昼には玄関付近が砂だらけになっていた。
うちの警備員も思わずマスクをくれないかと言ってきたほど。

そして、ここ数日徐々に気温が上がっていよいよ一番熱い季節がやってきたと思っていたのに、
今日は太陽の光が遮られた分かなり気温が低かった。
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<晴れているのに霞む太陽>

のどとか鼻が弱い自分にはほんと勘弁してもらいたいHarmattan。
今日はモハメッド生誕祭の振替休日で家で過ごせたから良かったけれど、
早くおさまってもらわないと明日からの仕事が辛い。

ただ、これを体験したら、STOP温暖化、STOP砂漠化、みんな真剣に考えられると思う。
先進国の皆さんには一度くらい味わってもらうのも良いかも知れない。

止んだらまずは掃除、大変だろうなぁ…
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by nao24d | 2012-02-07 06:06

三つの「さか」

2012.01.27


142日目・三つの「さか」

被災地でボランティアをしていたとき、
朝礼で聴いた隊長の挨拶の中に"三つの「さか」"という話があった。

人生には三つの「さか」がある。
上り坂、下り坂、あともう1つわかるか?

まさか、ですよ。

まさかの津波がやって来たんです。

現場で何があるかはわからない。
実際に、まさか、ということが起こってるんです。
またそういうことが起こらないとは限らない。
もし余震がきたら、すぐに避難をして下さい。


と、こんな内容。
7,8回聴いたから、すっかりinputされてしまっている。

「まさか」
親父ギャグだけど、
実際人生には、上り坂も、下り坂もある中で、
確かにターニングポイントやアクシデントとして、随所に「まさか」が挟まっていると思う。

他にも朝の挨拶では、
ボランティアのABC:A当たり前のことをBボーっとしないでCちゃんとやる
三つのわ:なごみの「和」・人の「輪」・平「和」(「和」2つ被ってるけど、誰もつっこまない)
三つのあ:「あ」わてない・「あ」せらない・「あ」きらめない
(その後、でもボランティアですから適当に「あ」きらめてくださいって言われて皆??ってなり、最終的に「あ」りがとうに繋がります、とまとめられるので全然3つじゃないやん!ってなるけど、やっぱりそれもつっこまない)
などなど、いろいろな話があったが、

そんなことはさておき(ちょっと懐かしかったけど)、

今日は職場でも、その「まさか」に遭遇することになった。

うちのKourittenga県局には、Koupéla郡局が併設されているのだが、
その郡局の職員が、まさかの総換えになった。
2人の同僚がKoupélaを離れ、代わりに5人が配属され…
というのは、言い換えればC/Pが県内の他の郡局に移ることになったわけだ。

残り任期あとわずか、ここからもうひと頑張り、というタイミングでだ。

今、任期延長の申請をしようとしているところで、
当初3月上旬にプレゼンをする予定が、
3日前にいきなり2月上旬にプレゼンするようにと告げられ、ただでさえ焦っていたところに、

今までの活動の理解者を失って、
新たに活動計画表を提出しなければならない、という状況。

正直かなりピンチである。

JICAに活動支援を計画していた案件も、以前のC/P不在では実施不可能。
去年の3月、首都で受けた研修の成果を、彼と一緒には発揮できないことになりそうだ。
自分一人でもそのツールは今後活用していきたいところだが、ショックが大きい。

他にも計画していたことが、新しい同僚たちと実現できるのか全然目処が立たない。
計画表、どうやって作れば…とほとんどパニック状態だ。


ほんとは県外にも異動が出来たところを、敢えて県内に残ってくれたC/P。
でも、県局長が、まさかの采配を振るったという。
私や県下の職員、皆が「まさか」だった今回のサプライズ人事。
日本の内閣の何倍も衝撃的だった。

県局長と私を除いた16人の職員のうち、
5名は今期の新採用、
7名が県内での配置換え、
1名が県外への異動となった。


去年は全然入れ替えはなかったのに。


Burkinaに来る前、協力隊員の遭遇するネガティブなアクシデントとして、そういうことがあり得る、とは聞いていたけれど、
「まさか」過ぎて、すぐには受け入れられない気分だ。

週末2日休んで、月曜から切りかえないといけないけど、
それにしても酷な現実が突きつけられてしまった。

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<ゴミ問題一緒に取り組もうとしていたC/PのSANON氏>
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<今回の配置換えで出世したことになる1つ歳下の仲良しGUIRE氏>

県内での異動だし、2人とも近所に住んでいるから、
またいつでも会えると言えばそうだけど、なんか寂しくなるなぁ。
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by nao24d | 2012-01-27 23:00 | 活動・配属先

世界の車窓から

2011.01.03


118日目・世界の車窓から

ブルキナの鉄道を体験しようと、今日はOuagaからKoudougouまで2時間の列車の旅をしてきた。
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<サヘルの風景>
車窓から見るブルキナ。
その赤い大地には、紅葉する木も、雪化粧する木も見当たらないが、
この時期は白いおしろいをしたかのように、サヘルの砂を纏った木々を目にすることが出来る。
少し身を乗り出そうと窓を開けると、たちまち砂が舞い込み、乾季の臭いが車内にたちこめてきた。

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<鉄道車内>
鉄道の車内では席や通路が詰まっていない限り、私たちは自由に動くことができる。
大きな荷物を抱えコートジボワールに出稼ぎに行くブルキナベや、
バカンスでヨーロッパからやってきた旅行者、さまざまな人々の横顔を眺めることができる。

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<コートジビール>
1等席と2等席を繋ぐスペースにはBARがあり、
軽く食べたりお茶できるだけでなく、アルコールも揃っており、
ブルキナはもちろん、コートジボワールのビールも飲むことができる。
互いに見ず知らずの旅行者たちも、グラスを持てば国籍も肩書も関係無く、たちまち打ち解けて語らい始める。
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<車内BARのカウンター>
カウンターにはそれを見守る気さくなムシュー。
時折り陽気に客と言葉を交わしながらも、揺れる車内でしっかり料理を仕上げていく。
コートジまで37時間の長丁場、
お客の食欲をどうさばいていくのか、最後まで見守れないのが少し残念だった。


旅と言えば、この間観た映画、「モーターサイクル・ダイアリーズ」が思い浮かぶ。
この映画では、バイクが壊れて移動手段が徒歩になってから、南米を旅する主人公たちの物語が大きく動き出した。
彼らがバイクで移動していたころ「ここから、あそこへ」とすっ飛ばされていた2点が、
歩くことで出逢ったさまざまなエピソードによって、
「あそこから、○○と出逢ったこのルートを経て、ここへ」と繋がっていったように、
旅には出発地と目的地以外のプロセスにも意味があって、そこから得る感動や学びも多い。

そういう意味では、歩きには到底及ばないとしても、
高速バスや特急列車より、幾分この鈍行列車からは、得られる旅の喜びが大きい気がする。
週3便しかなく、速度がバスにも劣るため、利便性が高いとは言い難いけれど、
旅することを目的に旅をするなら、間違いなく感動的な時間を与えてくれる素敵な空間だった。

鉄道好きな旅行者や、旅好きな隊員には是非おススメしたい。
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<先頭車両・Koudougou駅にて>


さてさて、
上京しては来たけれど、なんとなく他力本願だった今年の年末年始休暇。
毎日毎日いろんな人と代わる代わる会っては、楽しませてもらったけれど、
最後にこうして自分の時間を持つことができて、すごく充実した気分になった。
幸先良いスタートを切れたかな、と思う。
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by nao24d | 2012-01-03 23:00 | 国内イベント・観光・旅行