C'est la vie!

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新年のご挨拶

2012.01.01


116日目・新年のご挨拶

2011年は同期旅行でスタートした。
そして退避、再赴任を経て、12年を迎えた瞬間は、
Burkinaの首都Ouagadougouで、同期と離れ、首都の隊員たちと過ごした。

協力隊員としてまるまる1年を過ごした2011年の漢字は、「絆」だったが、
私自身は、同じ人と過ごして確かな絆を築く1年だったと言うより、
いくつもの出逢いを経てたくさんの人と繋がった1年だったと思う。

昨日はまさにそれを象徴するかのような締めくくりの1日だった。

新年1発目の朝日は、Ouagadougouで自転車を漕ぎながら拝んだ。

アフリカで年を越せるなんて人生に何度もあることじゃないと思うが、
今当たり前のように感じているブルキナでの暮らしも、もうこの2012年のうちには終わってしまう、
なんて考えると、つくづく月日の流れってほんとあっと言う間だと思い知らされる。
遂に帰国の年を迎えてしまったわけである。

残った時間、瞬間を大切に、
謙虚に、些細なことにも幸せを感じながら、
日々を積み重ねて行きたい。

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<2012年元旦>

去年お世話になった全ての方へ暑く御礼申し上げます。

また今年も宜しくお願い致します。2012.1.1 Burkina Faso Ouagadougouにて
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by nao24d | 2012-01-01 23:00 | 心境

BurkinaのNoël

2011.12.25


109日目・BurkinaのNoël

25日・Noël当日。

午後職場に県下の森林官が集合。
イスラム教のお祭り事だと、大概ムスリムの県局長がごちそうしてくださるのだが、
今日はキリスト教の祝日。
一体何が始まるのかと思ったら、
クリスチャンで市内在住の既婚者の森林官の家で、ごちそうを頂いてまわる、とのこと。
先頭に立つのはムスリムだけど県局長。
なんともおもしろい習慣だ。

でも、かつてごちそう2軒でも結構きつかった思い出があるので、
今日は何軒くらいまわるのか?とおそるおそる尋ねると、5件という返答。
ペース配分しないと確実にもたない…

1件目:11月に結婚した新婚森林官のお宅
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<1件目>
旦那である森林官は不在だったのに、リ・ソース(米に野菜のソースのかかったもの)を頂くという不思議な展開。
そのまま彼は不在で、県局長が来年も良い年であるようにというような挨拶をなさって終了。

2件目:県下一番の都市Pouytengaの郡局長のお宅(Koupélaは県庁所在地だが規模は2位)
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<2件目の主>彼が毎日KoupélaからPouytengaまで通っていることに驚く。
交通はこっちが便利かもしれないけれど、住むにはあっちの方が栄えてるのに。

3件目:うちのC/Pとよく言い争いをする、自己主張の強い森林官のお宅
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<3件目>
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<3件目のごちそう>
ご飯もの続きだったので、このポテトメインの野菜多めのごちそうは助かった。
この家の主は、いつもは結構ハッキリものを言うイメージの森林官だけど、
家では子煩悩というか、写真にいろいろ残すのが大好きな良き父な感じで面白かった。

4件目:不在のため、挨拶だけして帰る。
ここをパスできたのは大きかった。お腹に若干の余裕あり。

5件目:県局職員の中でも県局長に続く階級の森林官のお宅。
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<5件目>
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<5件目のお宅の姉妹>
おめかしした子どもたちがかわいかった。
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<写真が大好きな子どもたち>
3軒目のお宅の森林官は、ここでもカメラを肌身離さず、子どもたちとも仲睦まじくしていた。

そんなこんなで、森林官の職場では見れない一面が見れたり、
かなり多くが市内に住んでいることがわかったり、
どんなを生活しているのか垣間見る事ができて楽しいツアーだった。
お腹もいっぱい!

そして解散したあと…

近所の飲み屋の前を通ると…
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<既に出来上がってる人たち>
そこでも一杯つきあうことになり、
既にお腹結構タプタプなのに、今日は向こうのおごりで飲ませて頂いて、

さらに、電話がかかってきたかと思うとアニセ・エブラエルのママからご招待。
妊婦じゃないけど、重いお腹を抱えていくと、まずは、親子で同じ布で仕立てた服を着てお出迎え。
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<マダム>
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<お兄ちゃん>
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<弟とパパさん>
みんな気合が入っている。

7家族が集まってくらしているこのお宅で、まずは挨拶まわりしていると、
なんとこの2011年12月25日には、新しい命も誕生していた。
クリスチャンの家でクリスマスに産まれるなんて、なんか運命的な気がする。
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<クリスマス産まれ>
まだしっかり目も見えていないような感じだったけど、かわいかった。
みんなに祝福されて、産まれてきて良かったなぁ、と思った。

そして、ごちそうタイム。
ここでは具だくさんのサラダを頂いた、

その後は、食べた分燃やそうと、子どもたちと大はしゃぎしてきた。


と、結局6軒のお宅を周り5軒でごちそうをいただき、1軒の飲み屋でも一杯ごちそうになるという、
頂いてばかりの1日、それが今年のクリスマス、任地で過ごす、BurkinaのNoëlだった。

県局職員との親睦も深まり、
ほんの数時間前に産まれた新しい命にも触れることができ、
子どもたちとは大いにはしゃぎ、忘れられない1日になった。

この人たちの生活に、自分がこうして入りこんでいるんだなぁと思うと、
自分、ちゃんとここで暮らしてるんだなぁって、改めて実感することができて、それもまた嬉しかった。

来年のクリスマスは久々に日本で迎えるわけだが、
最近決意した任期延長が叶えば、どうやらクリスマスは帰国時研修らしい…
まぁ何も予定が無いよりは良いのかもしれないが。。。
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by nao24d | 2011-12-25 23:00 | 宗教・文化・習慣

"Noël"のミサ

2011.12.24


108日目・"Noël"のミサ

クリスマス・イヴ。
20時からミサに参加してきた。

さすがキリスト教の街Koupéla。
教会にはものすごい数のクリスチャンが集結。
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<教会前は大混雑>
爆竹が鳴り響き、見渡す限りの人混みだった。

教会の中も、見たこと無い豪華さだった。
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<豪華に飾りつけられた教会>
壁を覆うその紫の布ひとつでもすっごいお金かかってるだろうにと思うけど、
最貧国と言えど、この業界はやはり想像つかんくらいの額の寄付を集めてるんだろうな、と勝手に納得する。

でも、ちょいちょいツッコミポイントがあるのがBurkinaらしかった。
例えば…
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<ヒョウタンの太鼓"ベンドレ">
祝い事にはこれしか無いんだろうけど、ヨーロッパのミサじゃ見られないに違いない光景。
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<聖歌隊ならぬ聖舞隊?>
音楽あるところに踊りあり。聖歌唄ってるとき、一緒にアフリカンダンスが見られるのもBurkina流。
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<イエス誕生を再現した寸劇>
現地語の劇で何話してるかは不明だったけど、なんとなく雰囲気はわかった。
この「産まれた、バンザーイ」の瞬間が、テレビで言うところの瞬間最高視聴率を記録、的な感じで、
今日は終始視聴率40%記録してたけど、
ミタさんが笑った瞬間"ドーン!"の図式がそのまま応用できるような、間違いなく今日イチの盛り上がりだった。
でもここで気になるのは、バックの飾り付け。
なぜか英語だ。(それが言いたかっただけなのに前置きが長くてかたじけない)

他にも泣き叫ぶ赤ん坊の声がしょっちゅうマイクに拾われ会場中にこだまするなど、
大小さまざまな笑いに満ちたミサだったが、

もちろん厳粛なイベントらしい段取りもあった。
がしかし…
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<一番偉い神父さんのお話>
現地語で大真面目に神父さんが語っておられる間も、
合間合間に、おそらく接続詞なんだろうけど、"サーミーシー"って連発されるのが妙に気になって、
全然違う意味で、クリスマスにひとりって寂しいなぁと、頷いてしまっていたり、

結局最後まで日本人で仏教・神道育ちの私には、面白い異文化体験になってしまった感がある、
そんなBurkinaでのクリスマス・イヴ。


でもでも、よくよく考えてみると…

クリスマスって別に恋人の為の日じゃないわけで、
私は25年の人生で一番クリスマスらしい、クリスマスを過ごしている気がする。
恋人いないから寂しいな、とか、そんなこと思う必要なく、
クリスマスにクリスマスっぽいことができたから、これで今年のクリスマスは◎としよう!
(あくまで、"っぽい"ことをしただけに過ぎないが)

ということで、
ひとりのクリスマスの孤独に耐えかねる人は、是非一度Burkinaへ!
尤もBurkinabéには寒いらしく(確かに朝夕は涼しい)、
これでも十分人肌恋しい季節なのかもしれないけれど、
日中気温30度で、私たちにとってはいちゃいちゃしなくても温かい(むしろ暑い)気候だし、
楽しく愉快な、ここでしか見られないミサを味えること間違い無し!

ともあれ、こんなこと書いてるとただの僻みのようなので、
"世界中のカップルの皆さん、お幸せに!"と締めておくことにしよう。

Joyeux Noël(じゅわいゆ・のえる:メリー・クリスマス)!
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by nao24d | 2011-12-24 23:00 | 宗教・文化・習慣

"Noël"の準備

2011.12.23


107日目・"Noël"の準備

フランス語圏でクリスマスは"Noël(ノエル)"と呼ばれる。

私の任地KoupélaはBurkina Fasoに於いても特にキリスト教の盛んな地域。
その日が近づくにつれ、街はどんどんクリスマスモード、浮かれた様子になっていく。

具体的には…

①キリストが生まれたベツレヘムの馬小屋の状況を再現し、カトリックの家庭の玄関先に小さな馬小屋の飾りがしつらえられる。
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<手作り感満載の中学生のお兄ちゃんと小学生の妹作の馬小屋>
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<もはや"馬小屋"感が無い作品>
家ごとに全然違う馬小屋が作られていて、それを見て回るだけでも楽しい。

②サンタクロースの人形がいたるところで売られる ③商店の飾り付けが豪華になる
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<任地一番の食料品店でも売られるサンタ人形>
このサンタ人形の髪の毛とヒゲのとって付けた感は如何なものかと思うが、
Burkinaのサンタ人形はこれ一種しかないんじゃ?と思うほどこのモデルが全国的。
私に限ると、現在まで他のサンタ人形を見たことが無い。

④女の子の髪型がやたらおしゃれになる
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<編みます>
心なしかおしとやかな感じにすら見える。
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<さらに編みます(エクステ増量中)>
普段の格好・髪型でこうやって飴のクズ咥えてたら男の子かと思うに違いない。
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<編みまくります(カラーのエクステまでいっちゃいました!)>
普段でもそうなのに、やはりこの子は美人だ、と改めて惚れぼれするレベル。悩殺。

と、こんな風に、いっつも坊主頭に近い髪型だった子も、いかにも硬そうな毛質のボンバーヘアだった子も、
みんな見違えるほどかわいらしくなるからびっくり。

さらに、街にはイルミネーションまで!
新月だけど、こんなに明るいのは1年でも今だけだろうと思う。

去年は首都で過ごしたNoël。
今年はBurkinaのもっと一般的なNoëlが見れそうで興味深い。
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by nao24d | 2011-12-23 21:00 | 宗教・文化・習慣

ふたご座流星群

2011.12.14


98日目・ふたご座流星群

私たちが観ている星たちの輝きは、何十万年、何百万年も前のもので、
そんな果てしない輝きの前に、私たちはあまりにちっぽけな存在に過ぎない。

恒星の命に比べれば、私たちの命はほとんど流星ほどの短さでしかないわけで、
そう考えると夜空の星々の前では、私たちの富や地位や名誉なんてちっぽけなもので、
怒りも悲しみも迷いも憂いも葛藤も、ほんとくだらない、大したことないものだと思えてくる。

しかし、星が落ちるが如く一瞬の人生だとしても、
数多の流星のうち、私たちの目に届くほんの一握りの箒星ように、
どうせならその刹那に、少しは煌めくときを過ごしてみたいとも思う。
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<冬の大三角に飛び込む箒星>

今夜はふたご座流星群のピークだった。

ふたご座流星群の安定感は実に素晴らしい。
世界各地で流れ星観た!って報告があったけど、Burkinaでも流れる流れる♪

いろーんな人がきっと今の流れ星を観てたんだろうなぁって思うと、ひとつひとつ感慨深い。

出逢いの数だけ別れはあって、
どんなに仲良しだろうがずーっと同じところで同じ時間を共有し合うのは不可能で、
でも、離ればなれのその人も同じ星を見ているかもしれないなぁと思いながら、
なんとなーくでも空を見上げることを忘れずいたら、気持ちはずっと繋がっていられそうな気がしてくる。

今夜は良い夢見れそうだ!
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by nao24d | 2011-12-14 23:00 | 心境

新たな出逢い

2011.12.07


91日目・新たな出逢い

今日は午前中に基礎教育・識字省のKourittenga県局に行ってきた。

目的はAVSという学校での保健・衛生分野の啓発を行う部署の職員さんに会う為。

前回の環境部会で同期のW隊員が彼女の配属されている県でのAVSの活動を紹介してくれ、
小学校での活動を行う上で力強い味方になると思い訪問するに至ったのだ。

今日はほんの挨拶程度だったが、
学校の衛生状況に関するさまざまな統計があるようで非常に興味深いセクターだと思った。

ちらっと見た統計では、
県下の学校のトイレ・水道などの普及状況に関するデータが載っていて、
多くの学校がPlanという国際NGOの援助でトイレや水道を通したことなどがわかった。

家に帰ってPlanもついでに調べてみると、
うちの近所に事務所があるからBurkina中の至るところに事務所を構えてんだろうな、と今まで思っていたのだが、
それは国内たった6か所しかないうちの1つだったことがわかり(それも首都の統括事務所抜いて2番目に建てられたもの)、
この団体が任地にいるというのは、実はかなりのアドバンテージだったのでは?
と任期があと半年少しになって気付かされた。
(Planについての詳細はコチラを参照)

今さら活動の幅広げてもなぁといった感じで、
最近は今ある資源(人材もノウハウも含め)を使って進めて行くばかりだったけれど、
こういう発見もあるから(もっとも今後今日の発見を上手く活用できるとは限らないが)、
やっぱり動き回ることを止めちゃいけないと思った。

教育省とのコラボは前向きに進んでいきそうだし、
まだまだ活動のまとめに入るには早い!
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<学校にて>
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by nao24d | 2011-12-07 22:00 | 活動・配属先

NAK(Nuits Atyipiques Koudougou)

2011.12.03


87日目・NAK(Nuits Atyipiques Koudougou)

毎年年末のこの時期に開催されるKoudougouの音楽祭・NAK(Nuits Atyipiques Koudougou)。
会場には土産物屋や屋台も出店されており、辺りはお祭りムード一色。

今日はそこで私を含め15名のボランティアと1名の事務所スタッフの方、
そして現地の青少年団体の子どもたちと共にソーラン節を踊ってきた。
<"JOCV Burkina Faso ソーラン節 @ NAK 2011">
Burkina隊員にはこの動画は重いかもしれないが、
とりあえずYouTubeにUPしたのでここにも載せておく(ちなみに私は最前列で白いシャツを着て踊っている)。

現在24名のBurkina隊員のうち、観客としてやってきた2名も含め総勢17名の隊員がKoudougouに集まり、
踊っていた3分間はあっという間だったけれど、久々にJOCVのパワーを感じる1日でもあった。
退避という時期を乗り越えた仲間ということもあり、隊次を超えひとつになれたのではないかと思う。

また、終了後には環境啓発劇が行われ、
残念ながら任期短縮された環境省配属の先輩隊員の意思も受け継がれた。

これだけの人が集まったのは、その先輩隊員をはじめとするKoudougou隊員の人徳によるものだと思う。

宿としてお世話になった隊員のお宅では、
自家製ピザ(おうちに自作の窯がある)などのごちそうを頂き、
非常に楽しい時間を過ごすことが出来た。

共に汗を流したあとの『打ち上げ』というのは、
2年の任期中でもなかなか経験できないことで、
そこに参加することが出来たことを非常に嬉しく思う。

準備に奔走して下さったKoudougouのみなさんに、
また共にソーランを踊った仲間たちに、心から感謝を。
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<集合写真>
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by nao24d | 2011-12-03 23:00 | 国内イベント・観光・旅行

正義の味方の功罪

2011.12.01


85日目・正義の味方の功罪

あんなに戦隊モノのREDが好きだったのに、
これは善だと決めた瞬間、どこかに悪が生まれる、
悪は、善によって生み出される、と気付いたときはショックだった。

でも確かに傲慢なほどのおせっかいは、相手を否定しているだけに過ぎない。
善かれと思ってやっているにも拘わらず…

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<デスクで新聞を読む同僚>
ブルキナファソ人が本を上に上にと積み重ねるのは、
棚に立てて並べていく多くの日本人からすると、探しにくそうで、カイゼンしたくなる光景なのかもしれない。
それはどこかで、自分たちのやり方が正しいと思っているからなのだと思う。
でも、彼らは意外にあっさりと意図する資料を引っ張り出すことができ、
彼らには彼らのやりやすい方法があることを知る。

私は彼らの空間認識の仕方が日本人と違うのかもな?と思ったりしていたが、
今日他の隊員と食事をしていて、
彼らがその積み重ねる方式の中で、横に並んだ各固まりに意味を持たせていることに気付かされた。
確かに、年毎の固まりになっていたのは見た経験があったし、
各々何らかのルールで並べていたからこそのあの速度だったのだろう。

しかも、立てて本棚に並べると、まとまりを作るためには何か別の工夫が必要になるわけだ。

このとき私たちのやり方が正しいと思っていては、
彼らのやり方は悪いやり方になるわけで、彼らの方法の良さにも気付けない。
そう思っているぶんには、カイゼンはままならず、
ずーっと彼らのやり方に即した方法も見いだせないだろう。

ところで、
先進国のやり方はみんな良いのだろうか?
先進国の制度は必ず正しいのだろうか?

「ゴミはゴミ箱に捨てないと汚い」というのは、私たちの価値観でしかないのではないだろうか。
「あとで掃除するから問題ない」という現地の人の考えは間違っていると言いきれるのか?

私は正しい、あいつらはできないなんて決めつけて、
援助だからこれは善だと言って、
それは客観的な事実に基づいています…なんてこっちの物差しで線を引いた資料を引き合いにだして、
それじゃあもうほとんど暴力的に支配してるのと変わらないだろ、とも言えなくはないような気がしてくる。

自分のやり方一番主義の人間が、
他人の自分のやり方を全否定するって何か矛盾してるだろ?って思う。

国際協力の現場でそんなあまっちょろい考えじゃ何も変えられないのかもしれないけど、
だとしたら、そもそも何も変える必要なんて無いのかもしれない。

それでも何かしたいなら、
相手が自分でもっとやりやすいやり方を見つけられるように、
こういうやり方もありますよ、ってそっとささやくような、
そして、相手のやり方も尊重し、自分が感動できた部分をコピーするような、
お互いシェアし合うような関係が、
まず第一にリスペクトありきな関係が、
善悪も優劣超えた関係が、

もっと人を育てる気がする。

もっと世の中を豊かにする気がする。

援助じゃない、協力っていうのは、そういうことなのかなって、
なんとなく思った日。
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by nao24d | 2011-12-01 23:00 | 心境

日本からの来訪者

2011.11.29~12.01


83~85日目・日本からの来訪者

スタディーツアーで数日前からBurkinaを回っておられる日本人のS氏が、
この3日間Koupéla、私の家に来て、活動を見て下さった。

このスタディーツアーは日本ブルキナファソ友好協会のホームページから申し込めるそうで、
協会に参加者のアテンドを委託されているOuagadougou在住の日本人I氏から、
西出くんの活動を見学できませんか?とオファーを頂き、
正直そこまでたいそうな活動はできていないけれど、
外からの意見を聞く貴重な機会だと思ったので、こうした運びとなった。

最終日は、同任地の村落開発普及員の活動(村人とのワークショップ)を見学しだが、
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<ワークショップの様子1>
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<ワークショップの様子2>
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<ワークショップの様子3>
初日・2日目は、任地でものづくりをする職人さんのもとを訪れリサイクル製品生産の現場を見て頂いたり、
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<女性促進省職員、織物職人、S氏>
地方都市の暮らしを見て頂こうとMarché(マルシェ:市場)やCabaret(キャバレー:ローカル酒を飲める酒場)などを回ったりした。
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<ローカル酒・ドロを飲むS氏>
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<ドロティエさん>

訪れたいくつかの活動先では、
拙いフランス語しか話せないながらも通訳をさせて頂き、
S氏の質問をいくつか代わりに尋ねることとなったのだが、
機会が無いと改めて尋ねることのなかったいろいろな話をS氏のおかげで伺うことができて、非常に良かったと思う。

ものづくりをしてくれている職人さんの置かれている状況、
その技術がどれくらいの珍しいものなのか、
職人さんの活動を支援する省庁側の考え、などなど…

ここで得た情報がが今後の活動の方向性をもしかしたら大きく変えるのでは?
と思えるくらい、いろいろな発見があった。

紹介するっていう行為を通して、より理解が深まったというか、
きっと自分の方が学んだことが多いんだろうなとすら感じている。

それに、S氏は開発経済学で修士まで取得されており、
今はギャップイヤー、来年からは博士課程に進みたいとおっしゃる方で、
協力隊に参加するまでほとんど国際協力の分野に触れたことが無かった私の知らないお話をたくさんして下さった。
私はどうしても現場寄りの視点でしか話せないから、彼の学術的な視点は非常に興味深かった。
同世代の方から、そうしたお話を聞けるのは本当に刺激的で、
とても有意義な時間を過ごすことができたと思う。

S氏にとってどれだけ有益だったかはわからないけれど、
今後の彼のキャリアに少しでも役立つ学びがあったなら幸いである。
もしうちの任地のことが役に立たなくとも、少なくともBurkinaから何か持ち帰っていただければ、と切に願う。
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<博学な上、ノリまで素晴らしいバランスの取れたS氏>
S氏のこれからの活躍に負けないように、
私も学びをやめず、活動に向きあって行こうと思う。

S氏、来て下さって本当にありがとうございました!
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by nao24d | 2011-12-01 21:00 | 活動・配属先

カメラの話

2011.11.28


82日目・カメラの話

ここ数日は12月に発刊予定の隊員機関誌の制作が忙しく、
ブログの更新もおろそかになっているが、
いろんな方の文章を読んでいてちょっと刺激を受けたので、
今日は活動や生活とはあまり関係がないが、
カメラの話をしてみようと思う。

この数日、前述の通り家では隊員機関誌のレイアウトをしている時間が長い。
その中で、ある原稿に添えられていた写真が、すごくきれいだった。
何がきれいか、と言うと"青"がきれいだった。
空の青も、海の青も…

海、という時点で気付く方もいるだろうが、
これらは、そう、内陸国のBurkinaの写真ではない。
沖縄やスイスで撮られたものだった。

モロッコに行った隊員が言うにはモロッコの空は青い、海も青いらしい。
Burkinaでは撮れない青がそこにはあるのかもしれない。
事実Burkinaの空はそんなに青くない。

ただ、これは被写体だけの問題ではない気がする。

それが、カメラの問題。


あまり難しく書いても仕方ないかとは思うが、
一眼や、ある程度の高級デジカメになると、RAW(=生)というモードで記録できるが、
大半のデジカメユーザーはJPEGで撮影しているかと思う
(この話がわからない人はJPEGで記録していると言って間違いないだろう)。

JPEG撮影の際は、例えばシャッターを切ると、
画像の色温度(ホワイトバランス=WBで調整)がある数値に固定されて記録される。
WBが仮にオートだったとすると、
そのときはカメラの判断で画像の色温度が決定されるわけだ。
少し上級者なら、雰囲気に合わせてWBを変更し、
赤みの強い画像にしたり、青味の強い画像にしたりとアクセントを加えることができる。

それと同様に、彩度(鮮やかさ)、コントラストなども、オートだとカメラの判断で決定される。
もちろん、これも同様に予め設定しておくことができる。
そして、画像が出来上がる。

RAWというモードなら、WBなどのパラメータを、
撮影後にPCあるいはカメラ本体の機能を使って、自分の手でひとつひとつ決定していく(かなり細かくこだわれる)。
この作業をRAW現像という。
言い換えればカメラがオートでやっている作業を手間暇かけて自分でやるわけだ
(ちなみに私の一眼で撮った画像は9割以上この作業を経ている)、フィルムの現像のように、1枚1枚。

しかし、繰り返しになるがJPEGの場合は、撮影前に設定は出来るものの、
撮ったものにあとから手を加えることが基本的にはできない。
もし仮に修正するとすれば、その作業は現像ではなく加工で、もとの画像に比べて劣化してしまうのだ。

つまり、RAWは現像で私好みの仕上がりに、
JPEGはある程度設定はできるにしろ、基本的にはカメラの、というかメーカーの好みの仕上がりになるわけだ(加工をしない限り)。

最近、
このメーカーの好みの仕上がり、というのが各社なかなかバラバラな気がするようになった。

それが、冒頭に挙げた「青」でより明確に差が出るように思われる。

オート任せにしたとき、
基本的にFUJI、PENTAXは鮮やかで、個人的にはかなり好みの仕上がりになる。
Canonもバランスが良い。

でもNikonはちょっと違う気がする、重いトーンになるような。

夜景には昔からCanonが強いと言われているし、
私がたまに取り組む星景写真の分野は、業界ではほぼCanonユーザーと言われる。

そうやって考えたら、
ときどき自分でもなんでNikonなんだろう?と思うことがある。

その理由としては、
最初の入口がNikonで、今更他社に移行できる経済力も無い、というのもあるが、

なんとーなくNikonのシャッター音や、本体・レンズのフォルム・デザインが好きだという、
出来上がる画と関係無い部分での好みのせいなんだと思う。
最初にNikonを選んだのは、事実、企業イメージ+そういう部分が由来だった。

カメラってやつは、
持ってなければ当たり前だが何も撮れないわけで、
持ちたくなるデザインや、撮りたくなるシャッター音っていうのは、
画素とかなんとかって画質面のスペックより重要なのかもしれない。

新聞社で採用されるカメラマンは、
カメラに詳しい人より、オートで撮りますって人の方が好まれると聞いたこともあるくらいで、
報道業界なんかでは、構図うんぬんこだわって瞬間を逃す人より、
オートでも何でもとにかく撮りまくる人が重宝されるとか…

これは完全にデジタル時代ならではの発想だが、
でも確かにある程度良いカメラになってくれば、
もう誰が撮ってもある程度のクオリティのものは写せるわけで、
そうなると、差がでるのは、その場にカメラを持ってるかどうか、
つまりここぞというタイミングでカメラを持っているかどうかということになってくる。

カメラってのは何より持ってることが重要なのである。

そう思うと私は、「青」が美しい他社の画像を見ても、
やっぱり行きつくところ自分のカメラが好きだなぁとしみじみ思うわけで、
結果、重たいし、色にはちょっと思うところがあるのに、やっぱりそれが手放せないでいる。
断然持ちたいカメラはNikonなのだ。

もっとNikonのクセを究めれば、たぶん「青」の問題も解決すると思う(JPEGでも、きっと)。
しかもフィルム愛好家がセルフプリントするように、RAW現像という作業もまんざら嫌いではない。
そんな手間がかかるところがかえって愛おしいというか…
それに音やらデザインやらが好きで持ちたいと思えるカメラだからこそ、
実際いつでも持ってたわけで、そのおかげで切りとれた瞬間も多い。

青がきれいに写せることで、そのカメラを持ちたい、そう思って、撮りたい瞬間にそう撮れているとすれば、
そのカメラがその人にとってベストマッチ。

私は"やっぱりNikon"というキャッチフレーズを鵜呑みして、舞い上がって、
いつまでも持ってたいからカメラだからいつも持っていることができて、撮りたい瞬間に撮れている。
で、撮り終わって"やっぱりNikon"ともう一度思うわけで、
それもまたある意味ベストマッチなのかなぁ、なんて思っている。


みんなの文章に刺激を受けたと言って書き始めたのに、
読み返すとひどくまとまりのない文章になってしまった…

カメラにもいろんな個性があって、
結局こうやって一口では語れない

とそんなことが言いたいわけではなかったのだが、

言いたいことがまだまだ尽きないので、ここで終わっておくことにしよう。

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<叩く男>
今日の写真ではないけど、再赴任後一番の"やっぱりNikon"な1枚(レンズ純正じゃないけど)
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by nao24d | 2011-11-28 23:00 | 心境