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再赴任のお知らせ

2011.08.18


一時退避119日目・再赴任のお知らせ

待機中のBurkina隊員は9月上旬に再赴任出来ることが決定しました。

成田空港から、
4日に首都隊員と残り任期の少ない隊員11名が出発し、
私を含む18名が7日に出発します。

フランス語のことを思うと胃が痛いし、
長く日本に居ることで間違いなく下がってしまったモチベーションのことを思うと不安は尽きませんが、
戻れない人の分まで、残りの任期、しっかり活動に取り組みたいと思います。

もう10ヵ月も無いけど、続きから出来ることはありがたいこと。
職場に異動などが無い事を祈るばかり…

Burkinaのみんな、元気にしてるかなー?
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<仲良しのオリビア>
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by nao24d | 2011-08-18 22:00 | Japon

見送りPart2

2011.07.04


一時退避74日目・見送りPart2

今日は岩手県の災害復興ボランティアのときに出逢った
日系社会青年ボランティアのブラジル隊の出国日だった。

昨日の朝東京に着いたので、
今日成田に見送りに行ってきた。

そしたら偶然にも駒ケ根の同期、
私の生活班の班長である、
エルサルバドルの隊員N氏に遭遇。
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<班長と再会記念!>

一時帰国していたらしく、
今日任国に戻るとの事だった。

世界って広いようで以外に身近なものなのかもしれない。


本題に戻って、

ブラジル隊は30人の大所帯。
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<遠野隊+1名>
私たちブルキナの22年度1次隊が、
多い多いと言われても27名だったことを考えれば、
その人数がいかに多いかがおわかり頂けるかと思う。

でも、毎年一隊次しか無いことを考えれば、
やっぱりブルキナ22-1は奇跡的な大家族だったんだけれども。

その中で国リーダーをしているのが、
私と同じ86年組のY氏。
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<同い歳のY氏>
彼には遠野で本当にお世話になった。

今日まで国リーダーをしてるとは知らなかったけど、
ブルキナ隊の弟ポジションの私からすれば、
その年齢で30人をまとめるのは本当にすごいことだと思う。
「このゆとり世代が~」と言われながらも、彼は確かにしっかりしている。
見習うべきところの多い友人である。

彼の見送りには家族や大学時代の友人が集まっていて、
出国の瞬間はかなりジーンときた。

無事に2年間の活動を全うして下さい、それが一番の願いである。


自分のときは家族や友人が成田まで来ることも無かったし、
両親とはわりとあっさり(バタバタ)な感じで京都駅からバイバイしたので、
「別れ」自体にあまり特別な感情は無かったけれども、
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<ガラス越し>

「旅立ち」に関しては、
1年前に、同じ志を持つ仲間とそこに立っていたことがフラッシュバックして、
もう、同じメンバーでそこに戻ってくること、ブルキナで集まることが出来ないんだ、と思うと切なくて、
なんとも言えない、やりきれない想いがこみ上げてきた。
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<私たちの出国・2011.06.21@成田>

みんなに逢いたい。
去年の出国のとき、全然写真を撮っていなかったのが非常に悔やまれる…
(ブルキナ隊のは上の含め3枚しかなかった)


と、かなりしめっぽい気分になってたけれど、

空港は別れの場所でもある一方で出逢いの場所でもある。

その後見送りに来ていたY氏の友だちと親しくなり、
そのまま飛行機が飛び立つのを観れるスポットに連れて行ってもらったり、
成田山に参拝に行ったりした。
帰りの電車でも、途中まで一緒に話すことができて、
ひとりじゃ確実に落ち込みかけてたところだったから救われた。
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<テイクオフ!>
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<うっちぃとてるみぃ@成田山>
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<三重塔@成田山>

2人には本当に感謝。


そしてその後、学生時代に一緒に韓国で研修を受けた学生と飲み、
どんなに離れても想いが繋がっていれば再会できるんだな、って再確認。


次に成田を発つとき、
自分はどんな気持ちでその日を迎えるのだろう?

ただワクワクしていた1年前とは確実に違うのだろうけど、
前向きな気持ちでそこに立っていたい、そう思う。
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by nao24d | 2011-07-04 23:00 | Japon

La vie du Burkina. Jour:255

2011.03.03


La vie du Burkina. Jour:255・首都Ouagadougou

協力隊員にはいろんな職種があって、
その職種によってはいろんな研修が受けられたりする。
あとバイク貸与の隊員にはバイク講習がある。
さらには部会活動(先日のゴミ処理場見学のような)なんてのもある。

そういった関係で首都や他の都市、はたまた他の国などで業務のスキルアップを図る機会が
各任期中にあったりなかったりするのである。
私に関して言うと、
これまで他の隊員の活動見学に行くことはしばしばあったが、
そういった研修の話はあまり縁の無いものだった。

しかし、今週は配属後半年にして初めて、
首都Ouagadougouに長期滞在して研修を受けている。

その内容に関しては後日触れるとして、
私が今日言いたいのは、憧れだった業務に伴う首都長期滞在を経験しているということ。

何がどう憧れなのかはっきり説明しづらいが、
なんとなく私は"研修受けに来てます!"って響きに酔っているような気がする。

だからか何だからか、
今回は最初から何としても充実首都ライフを!ということで色々意気込んでいた。

で、ちょっと地理感がついた今の長期滞在で何が出来るのか考えてみた結果、
首都のいろんなスポットの位置関係などがざっと把握できてきたので、
研修の行き帰り、その道すがら少し写真を撮ってみようという結論に至った。
(研修とは関係ないが、研修は研修でもちろんしっかり受けているのでご心配なく)

ということで、今日はそれを紹介しようと思う(一部以前撮ったものを含む)。

①2.Octobre(10月2日:Burkinaでは記念日がそのままオブジェになったり、建物の名称になったりする)
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②Stade 4.Août(これも8月4日と言う名のスタジアム)
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③Grand Lion(大きなライオン、そんなに大きくない)
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④Marina Market(Burkina No.1のスーパー)
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⑤Place des Cinéastes(映画人の場所)
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⑥革命広場(FESPACO期間だけ近づけた)
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⑦国連広場(待ち合わせの定番?)
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⑧Maison du Peuple(国民の家、ハウルの動く城が思い浮かぶ造形)
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⑨Maison du Peupleの中(格闘技やコンサートの会場で元気玉する人)
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こうして並べてみると、
観光でめちゃくちゃ調べてBurkinaに来た人にも負けない!
とはまだまだ言えないけれど、
それでも結構いろいろ見てきたんだなぁと思う。

Burkina隊員ならきっとわかるBurkinaの画。

ただ、ふと気付くのは、全部これ、独立以降に造られたものばかり。
Burkinaなんだけど、Burkinaらしくは無いような。

そういう意味で、歴史がある京都ってすごいなぁと思う。
日本らしさ、京都らしさ、歴史、新しいもの、みんなが上手く共存していて、
自分がそこで育ったということがなんだか誇らしい!

まぁでも、これが現実のBurkinaの首都のランドマークであったり、
シンボルであったり、今の姿なわけで。

これもまたいつかは歴史になるのかなぁ、なんて…
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by nao24d | 2011-03-03 23:00 | 国内イベント・観光・旅行

La vie du Burkina. Jour:147

2010.11.15


La vie du Burkina. Jour:147・La famille(家族)

あなたのたいせつなものはなんですか?というテーマで、
子どもたちに絵を描いてもらって、それを展覧会にされたり、写真集として出版なさっている
医師で写真家で、国際協力師の先生がおられる。

駒ケ根に入るまで「国際協力」という言葉にほとんど関心の無かった自分だが、
この先生のなさっている国際協力師としての活動、
医師であり写真家であるという生き方、
これには大変衝撃を受けた。

そしてつい先日、
微力ながらもこのお絵描きイベントに参加させていただきたいと、
この先生にメールを送ってしまった。
(最近こうしていつの間にか国際協力の入口に足を突っ込んでいる自分に驚いている)

http://www.ets-org.jp/index.html
→お絵描きの項目を参照

このイベントでは世界各国で共通して表れる傾向があるそうだ。

まず「たいせつなもの」と言われても何も思いつかなかった子どもは、
とりあえず風景の絵を描くらしく、これが一番多く集まるらしい。

そして次点、「たいせつなもの」として一番に挙がるのは家族と家の絵だそうだ。

「たいせつなもの」

同期の協力隊員にも聞いてみても、
やはり「家族」という答えが返ってきた。

もちろん協力隊員でなくとも、
誰にとっても「家族」は切っても切れないたいせつなものなのだと思う。

でも自分たちは帰る場所があればこそ、
世界に飛び立つことができた。

離れていても家族の支えは大きいし、
改めて家族のありがたみを実感する機会はしょっちゅうである。


最近、自分と同じ歳の協力隊員のご家族が、
ご病気で余命少ないという話を伺った。

健康あっての協力活動と言うけれど、
支えてくれる家族の健康も同様にたいせつ。

なんだかんだで荷物を送ってもらったり相変わらず親の助けを必要としていて、
ひとりでは何もできない事を実感する日々。

息子がわがままできるのは両親のおかげだと思う。
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<ときどきコメントを残してくれる父の正体と救援物資を送ってくれる母の姿>
上の写真は最近データの整理をしていて、ふと見つけた出国前日の両親を撮ったもの。
ちょっとした励みになる1枚だったりする。

もう良い歳だし、両親が健康でいてくれるかどうかは、人ごとではなくなってきた。
でもこの写真のように笑顔で、
2年間と言わず、ずっと元気でいてもらいたいと思う。

だったら心配かけるなと、突っ込まれそうだが…


さて、Burkinaの子どもたちのたいせつなものはなんだろう?
やはり「家族」の絵が多く集まるのかもしれないし、
そうだとすると、先生の意図や期待に添える絵が集められるかはわからない。

けれど、他にどういった絵と出逢えるのか大変興味深いし、
まずは自分自身が楽しみながら撮ってみたいと思う。
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by nao24d | 2010-11-15 23:00 | Au Burkina Faso

La vie du Burkina. Jour:141

2010.11.09


La vie du Burkina. Jour:141・11月のBurkina

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<現在の装備>

空は真っ青。
空気は乾き、赤い砂が舞っている。
最近は眼鏡が無いとすぐに眼が赤くなる。
点眼薬もいつしか必需品になりつつある。

手ぬぐいで鼻と口元を覆いながら自転車を漕ぐ。
自分で持ってきたものと、母が送ってくれたものとのローテーション。
ここに先日の国際民芸市で手に入れた薄いえんじ色のストールが加わる。
洗濯が少し楽になった。

いつもの道は日に日に渇き、
水溜りに悩むことはなくなったが、
今度は砂が車輪の自由を奪う。
現地の人のように赤い地面を進むにはまだまだ時間がかかる。

友人が寄せ書きしてくれた白い靴も、すっかりブルキナ色になってしまった。
これからは白い服だけでなく、色のついた服もみんなブルキナ色になるらしい。
そう言えば洗濯するときも、桶の水がすぐ赤茶色になる。
砂との闘い、鼻くそがたまって仕方ない…

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<犬もバテる>
ロバは相変わらず悠然と歩いているが、
犬は暑さでのびていることが多い。
人々は農業以外の仕事を始める時期らしいが、
果たしてこの国にどんな仕事があるのか、素朴な疑問である。

作物の収穫の時期を終えた畑は、とても殺風景なものになってしまった。
こうなると俄然、無造作に捨てられたゴミが目立ってくる。
ゴミ拾いするなら今のうちかもしれない。
砂に埋もれる前に、手を打つ必要がある。

日曜の朝、目覚めると空が暗かった。
この2週間雨の降らなかったBurkinaにほんの数分間の恵み。
雨の季節がいよいよ終わることを告げるかのような通り雨だった。
いよいよ乾季だ。
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by nao24d | 2010-11-09 22:00 | Au Burkina Faso

La vie du Burkina. Jour:135

2010.11.03


La vie du Burkina. Jour:135・援助とは?

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<ロバと彼らが牽く車たち>
みなさんなら写真に写っている緑・茶色の2タイプのロバ車を見て、
金額的にはどちらでも買える余裕があるとするなら、
どちらのタイプを購入するだろうか?

回りくどい説明が好きな性格なので(短所だとは心得ているつもり)、
解説は少しあとにするが、
じれったいなら間を飛ばしていただけたらと思う。


2日続けて後日談になるが、
先月14日、先輩隊員I氏の活動見学をしたときのことを少し書き留めておく。

I氏が活動を共にしている街のゴミ回収を行うアソシエーションは、
UNICEFの援助で活動を始めたらしい。

Koupélaでも、Ouagadougou(ワガドゥグ・首都)でも、
ゴミ回収をするならその運搬にはロバ車が一般的。
もちろんこのTenkodogo(テンコドゴ)も例外ではない。

ただ、このTenkodogoのアソシエーションは、
援助のおかげで、Koupélaのそれよりも随分立派なロバ車を所有していた。
それが冒頭の緑の車である。
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<ロバ車(UNICEF援助)>
見ての通りUNICEFの文字が入り、蓋までついていて頑丈そうである。

Koupélaでは手前の方に写っていた茶色のタイプしかまず見ない。

自分は冒頭の光景を見たとき、
その立派な緑の車に完全に目を奪われ、
援助の入っているTenkodogoがうらやましいと思った。

多くの方も実際に何も聞かずにこの光景を見れば同じ感想を抱いたのではないかと思う。

しかしこのような質問を投げかけた時点で、
勘の鋭い読者なら茶色の車の良さを考えたであろう。

実際、このアソシエーションでは緑の車はただの置物と化しているそうだ。

つまりこの援助はあまり役立っていないのである。


ではなぜ置物となっているのか、

答えは単純。
立派過ぎて(重すぎて)、ロバが疲れるのである。
これは現場で実際にロバと歩く人なら簡単にわかることだろう。

見映えの良さなら緑が上を行くが、
それは援助する側の見栄にもおせっかいにもとれる。
ときに、立派な援助はありがた迷惑だったりするわけだ。
その良い例がこのロバ車。

このことだけでなく自己満足でやった気になってる先進国の人間には、
肝心なところが見えていないことがある。

幸いなことに協力隊員には2年の活動スパンが与えられている。
この時間を有効に使えば、
彼らにより近い目線で、本当に必要なものを見極めることができるかもしれない。

もちろん、派遣自体が無駄な援助だったと言われる可能性も一方ではあるわけだが、
自分はJICAの名ばかりの緑の車にはなりたくないものである。


国際協力において大切なこと:
自分がベストだと思う選択は、こうした方が良いに決まってる!と盲目的で傲慢な思いこみになりがちである。故に常に2番目に良いと思うところを選択していく位が良い。2nd Bestの考え。特に価値観の違う任国の人との間や、自分の良く知らない現場で何かを決断するときに有効な考え。
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by nao24d | 2010-11-03 23:00 | Au Burkina Faso

La vie du Burkina. Jour:134

2010.11.02


La vie du Burkina. Jour:134・Fête後日談

昨日のおよばれで結局お腹を下すことはなかった!
確実にお腹強くなってる♪
と報告はさておき、

今日の本題は、昨日書かなかったfêteでの一場面について。

実は土産に鶏と落花生を頂いた。
前回このジャックの集落を訪れたときもジャックから鶏を一羽頂いて、
帰ってマルシェで焼いてもらって彼と、もう一人のガルディアンと食べたのだが、
今回は彼のお兄さんが一羽下さったのである。

しかし、もらった直後にジャックがひとこと。
「お礼に写真を撮って後で現像して彼に渡してほしい。」

以前、ジャックの家族の写真を撮って、
それを現像して渡して以来、
ジャックはたびたび写真を撮ることと現像を迫ってくる。

例えば前回集落を訪れたあとも、
「あの時の写真はまだか?」
と催促してきた。

催促されたことだけでも若干不快だったのに、
彼はその後それでも現像して写真を渡したら、
「この写真じゃなくて、ほら、あの写真あっただろ?」
と別の写真まで要求してきた。
自分なりに上手く撮れたと思う写真を厳選して渡したのに、
その反応には正直萎えた。

現像は1枚250Fcfa。
これはKoupélaでなら1食お腹いっぱい食べれる額だと思う。
ただ鶏の対価だとしたら、少なくとも4枚くらいは渡さないといけないのかもしれない。

でも、あげるとか、もらうとか、
それって気持ちですることじゃないかなと思うし、
もし仮にGive and takeを要求するなら、
こちらのニーズも少しは汲んでもらいたいと思ってしまう。

もちろん彼らなりにはニーズはかなえていると思っているのだろう。
現地人の感覚ではおそらく豚や牛よりもごちそうとされるらしい鶏。
女性が男性の自分への愛情を量る際にも、
鶏をもらった、あるいはごちそうになった回数を基準にするというほど。
だから鶏を頂いたことには感謝をいなければいけないのだろうけど、
その感覚にはあいにく自分は100%の合点がいかない。
それをわかって欲しいと思うのは求めずぎなのか…

実際はニーズにかなってないだけでなく、
前回は焼く代金1000Fcfaは自分が払ったし、
彼自身もちゃっかり食べてた。
そして今回もやはり「焼いてくるから金をくれ」と言われた。

これに対し自分は、
「今日はお腹がいっぱいだったから、日をあらためてから食べたい。
ちょうど2週間後に同期が来るからその時に食べたい。」
と主張した。すると、
「逃げ出すから、今日か明日中にさばいて、一緒に食べよう。
日本人が来るときはお金出してくれれば、鶏買って来てあげるから。」
と言う。

だったら鶏要らない。

くれると言いながら、
食べるタイミングも一緒に食べる人間も決められてしまう、
おまけに写真の現像をねだられ、鶏の焼き代をせがまれたら、
多くの日本人ならうんざりするのではなかろうか。

韓国にいるとき、
「プライバシーがない」と、
少し窮屈にしている日本人がいたけれど、
自分は特に気にならなかったし、
むしろ周りに人がいて楽しかった。

ここでも、大体は人がいて楽しいと思えていた。

そんなこんなで、
干渉に寛容なつもりだったけど、

自分もやっぱり
食べたいものは、食べたいときに、食べたい人と食べさせて欲しいと思ってしまう。
写真や、焼く手間賃を要求された時点で、貰ったというより買ったような感じだが、
それが買うことよりも厄介なのは、
買うか買わないかの選択の自由も、食べ方の選択の自由も無いことである。
と、そんなことをついつい考えてしまうのだ。


今一度考えてみれば、こうなったきっかけは写真1枚だった。
その写真1枚が彼らの領域へ与えたインパクトは想像以上に大きかったのである。
だとすると自業自得、これは自分の罪だ。
確かに彼ら自身に悪気は無い。
イライラするのはお門違いなのだと思う。

ブルキナでは自分が与えたインパクトが「ねだる」で済んでいるが、
これが「ねたむ」や「うらむ」になる可能性もあったと思えば、
むしろありがたいことだとも言える。


でもなぁ、わがままだけど、
写真は気持ち良く撮って、気持ち良く渡したい。

そしてごちそうの鶏はこんな気持ちの日本人に食べさせるくらいなら、
育ち盛りの子どもたちに食べさせてあげて欲しい。

そもそもボランティアで来てるのに子どもからごちそうを取り上げるようで、
素直に喜べなかったから…


結局、
気持ちだから、と見返りを求めずプレゼントすることや、
気持ちだけで十分です、とプレゼントを断る日本人の感覚が届くかわからないが、

とにかく写真は現像しようと思うし、
鶏はジャック一家に食べてもらうことにした。

あぁ、何が正しいのかわからない。
ちょうど良い距離の取り方がわかるにはまだもう少しかかりそうだ。
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<ジャックのお兄さんとお母さん>
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by nao24d | 2010-11-03 08:32 | Au Burkina Faso

La vie du Burkina. Jour:133

2010.11.01


La vie du Burkina. Jour:133・カトリック諸聖人の大祝日

今日はカトリック諸聖人の大祝日。
キリスト教のさかんなKoupélaでは何か催しがあったのかもしれない。

“かもしれない”というのは、
1泊2日で首都に行って来た疲れで午前中寝て過ごしたから。
つまり何があったのかはわからず仕舞いだったということ。

無理してすぐに帰ってきたのに…

でも
「今日Fête(フェット=祝日とパーティー・祭りの意味がある)やるからうちに来い」
とガルディアンに誘われ、彼の集落へ。
ちなみに本人はイスラム教徒(親戚の中には十字架のネックレスしてる人もいたけど、宗教に関して寛容というか適当というか…)。
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<ブルキナの茶の間?>
ラマダン明けのFêteもそうだったけど、
この国の宗教絡みのFêteは日本の祭りの概念とは少し違って、
何か祭りそするわけではなく、
どうやらみんなで集まってごちそうを食べることを指すようだ。

ということで村落部で、たくさんの人と握手をし、手も洗うことなく食事をしてきたのだが、
明日の体調はいかに?
自分の環境適応度がわかる良い機会かもしれない。
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<今日のごちそう>
ごちそうになっておいてなのではあるが、
このアラシッドソース(ピーナッツのソース)はすごく美味しいが、
白い餅みたいな塊、これはあんまり好きな食べ物ではない…

それを思うとソース無しでも美味いと思える“ご飯”はすごい食べ物だと思うし、
特に抜群に美味い日本の米は、日本人の誇りだと今は真剣に思う。
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by nao24d | 2010-11-01 23:00 | Au Burkina Faso

肉の街Koupéla

2010.10.23


La vie du Burkina. Jour:124・肉の街Koupéla


Koupélaは肉の街、肉が美味しい街だと最近実感している。
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<焼き羊屋>
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<羊を焼く気さくな大将>
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<焼き鳥ならぬ焼き羊、ネギまならぬタマネギま>

今日は同期のS氏と羊の串が美味い店を訪れたのだが、
これ以外にもニワトリ、ペンタック、牛、豚、いろんな肉が買えるし、
いたるところでそれらが料理されている。
かと言って肉のせいで街が生臭いというようなことはなく、
むしろ常に食欲をそそる良い匂いが漂っている、そんな印象である。

高速バスの停留所で売られる羊の干し肉(キリシ)は街の名物になっている。

ただそれが名物と言われるのは、それ以外に何も無いからで、
2か月住んでの感想として、確かにKoupélaに特に観光するようなところはない気がする。
自転車30分漕げばいろいろあるけど、
地方から来てもらう隊員にわざわざ自転車持って来いとは言いづらい…

主要都市や外国からのバスが、首都に向かう際に通る道沿いの街なので、
みんな一度は訪れる街ではあるが、
キリシを買ってただ通り過ぎるだけというのがJOCVの共通認識になりつつある。

と、普段は肉をつまんで通り過ぎられるだけの街なのだが、
そんなKoupélaに今日は自分が配属後、初めての来訪者(宿泊兼ねての)がやって来た。

S氏に犬を届けにやって来たM氏である。
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<ようこそM氏!と言いつつ注がせている図…>
ということで今日は昼に続いて夜も鶏と羊を堪能。

Koupélaには何も無いとは言わせまい!と
必死の肉攻勢で迎えたわけである。

今後このKoupélaをBurkina東部隊員の拠点化しようと考えている自分にとって、
彼から他の隊員への口コミへの期待は大。
この肉攻勢はとりあえず成功したと思っているのだが、
あとは彼が任地に帰ってお腹を壊したりしないかだけが心配の種である…

寂しい一人の週末にならないよう、
自分が出かける時以外は
いつも人が来てくれるようなそんな家にしたい。
(反対にこっちが他の地方に行くときは泊めていただきたい!下心?)

今後も少しずつ家具を揃えて、
掃除も定期的にやって行こうと思う!

せっかくきれいになったし、
近いうち、家の中も紹介しようと思う。
乞うご期待!
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by nao24d | 2010-10-23 23:00 | 任地・生活

La vie du Burkina. Jour:115

2010.10.14


La vie du Burkina. Jour:115・活動見学

今日は初めて先輩隊員の活動を見学させてもらった。
お世話になったI氏は
Tenkodogo(テンコドゴ)市の市役所で働く村落開発普及員である。
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<アソシエーションの女性とI氏>

ちなみに私の住むKoupéla(クーペラ)の位置するKourittenga(クリテンガ)県はCentre est(中東部)地方に属しており、
TenkodogoはそのCentre est地方の3県を束ねる地方局が置かれる地方都市である。

語学研修中に行ったKokologo(ココロゴ)という街、
首都Ouagadougou(ワガドゥグ)、
そしてこのKoupéla以外に訪れた街が無かったので新鮮だった。

Tenkodogoは栄えているけれど首都ほど排気ガスなどが気にならない、ちょうどいい栄え具合な気がする街だった。
もちろんKoupélaも住めば都なのだが。

さてさて前置きが長くなったが活動見学の話。

といっても彼自身の活動というより、
彼の関わっているアソシエーションの活動について聞かせてもらったり、
その団体の活動場所を見せてもらうことが目的だった。

TenkodogoではKoupélaよりゴミ回収のシステムが上手く機能しているようで、
それには3つのアソシエーションが関与しているとのことだった。
彼はそのうち2つの団体に関わっている。

うち1つは上手く運営されていて、
もう1つは問題を抱えている。

その原因は回収区域の違い。
ゴミ回収もタダで出来る仕事ではないので、
回収用のゴミ箱を各家庭に月500Fcfa=100円で設置してもらって、
その収益で各団体は回収活動をしている。

役所や省庁で働く人などの高所得者が集まる地域だとその500Fcfaの回収もスムーズに行われ、そこを担当する団体は健全な運営ができているのだが、
そうでは無い地域だと回収費用を踏み倒されたり、
そもそも設置に積極的な人が少なく、
団体の人間からすると割に合わない、という状況に陥る。

KoupélaのWuumtaabaというアソシエーションも、
ゴミ回収をやっているそうだが、年々その設置ゴミ箱の数が減って来ていると聞いたが、
Tenkodogoでも同じような状況に陥っている団体があったわけだ。
このままモチベーションが下がっていくと、システムの存続が危うい。

健全な運営が出来ている団体は高所得者の地域を担当していたわけで、
その団体がゴミ箱設置数を維持したり、新規のゴミ箱設置を促すために、
最初からアドバンテージがあったとも言えるが、
ただ、それだけでなく啓発活動などの努力をしていたらしい。
ちなみにKoupélaのアソシエーションからは啓発活動をしているとは聞いたことがない。

汚い生活環境の下で暮らしていると様々な病気になる恐れがある。
それを絵にして、地域住民に説明して回って、
ゴミを回収し、公衆衛生の状況を改善しましょうとゴミ箱設置への同意を求める。
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<啓発資料>
それだけのことなのだが、意外にもTenkodogoでは大きな成果があったらしい。

と、Koupélaのアソシエーションのゴミ回収を活性化していく上でいくつか参考になる点があった。

まずは省庁や市役所などで働く人から囲い込んで、
運営に対するモチベーションを上げないといけないだろう。
幸いKoupélaでゴミ回収をしている団体は1つだけなので、
今のところ団体の住み分けによる問題は無さそうである。

そして、衛生・環境教育を彼女らと実践し、
街全体でゴミ箱設置を推進、一度賛同した人を離さず、
また常に新しいゴミ箱の設置機会を伺う。
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<帳簿>
帳簿をしっかりつけて、
費用回収の漏れが無いことを確認したり、
組織の運営を記録していくことも必要である。

Koupélaでの活動の方向が少し思い浮かんできた。

忙しいのに時間を裂いて説明して下さったI氏に感謝。
本当にありがとうございました。
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by nao24d | 2010-10-14 23:00 | Au Burkina Faso