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活動計画

2012.02.01


147日目・活動計画

任期も19カ月終了し、残り5ヵ月を切った。
しかし、私は以前にも書いたように半年間の延長を考えている。

申請書類を出し、プレゼンを行い、本部からの承認が下りれば晴れて延長できるのだが、
今、その最初の段階の書類作成にあたふたしている。

機関誌の作業はあくまでも趣味の範囲でと考えていたけどこれはそうも行かないので、
いろいろ考えてたら寝不足にもなるし(単に要領悪いだけ?)…期限まで2週間切ってて、とにかく困っている。

一番ネックなんは活動計画で、やっぱりC/Pが代わるのは痛い。
最初やし仕方ないんやろうけど新しいC/Pとそこまでカッチリ意見が噛み合わない。

ただ、職員の異動が決まる前は、この時期になぜ活動計画…と多少は思ってたけど、
C/P代わったのもあって、この作業の必要性は俄然高まったから、
計画立案手法の資料とか見ながら、改めて丁寧に作業をしている。

ただ、いざ活動計画表にするとき、
まず第一に配属先における目標は既に決まってる。
で、自分の中で延長する理由として、具体的に「これがしたい」っていう活動がある。
それが先に来てしまうから、
2つを繋ぐボランティアの達成目標や目的達成の為の必須事項といった理由の類を、
後付けで考えているような節があって、ちょっと違うなぁと悩んでいる。

本来は配属先の目標達成に向けて、
ボランティア自身はどういう目標でやっていくか、
どんな課題、達成すべき目標、項目があるか、
それの為にすべき活動は何か?
って徐々に具体化して活動決める、ってしていくべきところなんやろうって認識があるから余計悩む。

配属先が自分に求めてる活動と、
自分がここをやらな!、って思ってる活動が全く方向性違うわけではないけど、

配属先の考えてるやり方だけではやっぱ違うんちゃう?ってとこを提案できるのもボランティアなわけで、
そういう活動をしていこうとすると、必ずしも配属先のニーズと直接的にはリンクはせん気がしたりもして…

もうちょっと具体的に言うと、
配属先から期待される活動内容は、
- 環境市民権と環境の管理に対する住民の関心の喚起と組織の形成 ;
- 環境教育及び環境市民権に対する教師と児童の関心の喚起.
やけど、

じゃあリサイクル製品はどういう位置づけ?ってなったとき、
いくら啓発してもゴミのことが改善しないから、現金収入にも繋がる方法でアプローチしてみましょう!
って思いついてやってることやから、

書かれて無いけど、配属先の目標の先にある、衛生的な街にしようとか、環境を良くしようとか、
そういうことに繋がる活動で、
配属先の本来の期待である関心の換気にも繋げれんことはないけど、
関心の換気が目的で自然発生してきた活動ではないから、そう繋げることに若干違和感を感じてしまうわけ。

この活動は「ゴミの減量」と「収入向上」を成し得る。
それは「持続的な環境の管理」ってボランティア活動目標達成のための必須事項でもある。

ただ、持続的な環境の管理が達成できたら、関心の喚起になるのかな?と考えると、
そう言いきることもできる一方で、
関心は無くても収入になるから結果的に環境が改善される活動、とも見れるし、
実際そういうイメージで計画してる活動なだけに…うーん

といった感じで悶々としてしまうのである。

まぁでもおそらくこう繋ぐしかない気がする。
もともと環境への関心を高めることより、実施者に有益なようにデザインした活動だけれど、
配属先のニーズに合うように、職人さんたちに"環境の為の活動である"と、
そこを念押ししながら、製作に当たってもらえれば、啓発のツールとなる活動とも見れるから。

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<新しいC/P Issouf(イスフ)とあぁでもないこうでもないって言ってるところ>
と、ここ数日、
そういうことを一つひとつの案件に対してじっくり考えていかなければならないという、
とんでもなく地道な作業をやりながら、
かつ、それと並行して、関係者分析から、問題のあぶり出しという流れでの活動計画も行っている。

ここを念押ししようとか、活動する上での留意点なども思い浮かぶから有意義ではあるけれど、
精神的に結構クタクタで、なんか卒論やってる気分に似ている…
でも、完成するまでの辛抱、任期延長してやりたいことやるための辛抱。。。
頑張りどころだ。
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by nao24d | 2012-02-01 13:00 | 活動・配属先

三つの「さか」

2012.01.27


142日目・三つの「さか」

被災地でボランティアをしていたとき、
朝礼で聴いた隊長の挨拶の中に"三つの「さか」"という話があった。

人生には三つの「さか」がある。
上り坂、下り坂、あともう1つわかるか?

まさか、ですよ。

まさかの津波がやって来たんです。

現場で何があるかはわからない。
実際に、まさか、ということが起こってるんです。
またそういうことが起こらないとは限らない。
もし余震がきたら、すぐに避難をして下さい。


と、こんな内容。
7,8回聴いたから、すっかりinputされてしまっている。

「まさか」
親父ギャグだけど、
実際人生には、上り坂も、下り坂もある中で、
確かにターニングポイントやアクシデントとして、随所に「まさか」が挟まっていると思う。

他にも朝の挨拶では、
ボランティアのABC:A当たり前のことをBボーっとしないでCちゃんとやる
三つのわ:なごみの「和」・人の「輪」・平「和」(「和」2つ被ってるけど、誰もつっこまない)
三つのあ:「あ」わてない・「あ」せらない・「あ」きらめない
(その後、でもボランティアですから適当に「あ」きらめてくださいって言われて皆??ってなり、最終的に「あ」りがとうに繋がります、とまとめられるので全然3つじゃないやん!ってなるけど、やっぱりそれもつっこまない)
などなど、いろいろな話があったが、

そんなことはさておき(ちょっと懐かしかったけど)、

今日は職場でも、その「まさか」に遭遇することになった。

うちのKourittenga県局には、Koupéla郡局が併設されているのだが、
その郡局の職員が、まさかの総換えになった。
2人の同僚がKoupélaを離れ、代わりに5人が配属され…
というのは、言い換えればC/Pが県内の他の郡局に移ることになったわけだ。

残り任期あとわずか、ここからもうひと頑張り、というタイミングでだ。

今、任期延長の申請をしようとしているところで、
当初3月上旬にプレゼンをする予定が、
3日前にいきなり2月上旬にプレゼンするようにと告げられ、ただでさえ焦っていたところに、

今までの活動の理解者を失って、
新たに活動計画表を提出しなければならない、という状況。

正直かなりピンチである。

JICAに活動支援を計画していた案件も、以前のC/P不在では実施不可能。
去年の3月、首都で受けた研修の成果を、彼と一緒には発揮できないことになりそうだ。
自分一人でもそのツールは今後活用していきたいところだが、ショックが大きい。

他にも計画していたことが、新しい同僚たちと実現できるのか全然目処が立たない。
計画表、どうやって作れば…とほとんどパニック状態だ。


ほんとは県外にも異動が出来たところを、敢えて県内に残ってくれたC/P。
でも、県局長が、まさかの采配を振るったという。
私や県下の職員、皆が「まさか」だった今回のサプライズ人事。
日本の内閣の何倍も衝撃的だった。

県局長と私を除いた16人の職員のうち、
5名は今期の新採用、
7名が県内での配置換え、
1名が県外への異動となった。


去年は全然入れ替えはなかったのに。


Burkinaに来る前、協力隊員の遭遇するネガティブなアクシデントとして、そういうことがあり得る、とは聞いていたけれど、
「まさか」過ぎて、すぐには受け入れられない気分だ。

週末2日休んで、月曜から切りかえないといけないけど、
それにしても酷な現実が突きつけられてしまった。

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<ゴミ問題一緒に取り組もうとしていたC/PのSANON氏>
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<今回の配置換えで出世したことになる1つ歳下の仲良しGUIRE氏>

県内での異動だし、2人とも近所に住んでいるから、
またいつでも会えると言えばそうだけど、なんか寂しくなるなぁ。
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by nao24d | 2012-01-27 23:00 | 活動・配属先

CAN2012

2012.01.22


137日目・CAN2012

今アフリカはCAN2012に湧いている。
CANとはCup d’Afrique Nations(英Africa Nations Cup)のこと。

2年に1度、今年までは偶数年に開催されるCAF主催のサッカーの大会で(来年からは奇数年開催になる)、
今年はGabon(ガボン)とGuinée Équatoriale(赤道ギニア)での共同開催されている。

欧州リーグの有名クラブに所属する選手も、
シーズン後半を目前に控えた大事な時期であるにも関わらず、皆母国の為にアフリカに帰ってくるらしく、
それだけアフリカ人サッカー選手にとって権威のある大会らしい。

この大会に於いてのBurkina Fasoの成績は、
母国開催となった1998年のBurkina Faso大会でのベスト4進出が最高である。
当時は2002年のワールドカップ日韓大会で日本代表を率いたフィリップ・トルシエが、Burkina代表の監督を務めていた。

今年の代表は、
CAN2012のプレ大会にあたる、昨年のU-18アフリカネイションズカップで、
Burkinaが優勝したこともあり、その活躍が一層期待されている。

大会中継の時間帯になると、街のあらゆるテレビはサッカーのチャンネルに合わされる。
通勤ルートのテレビのあるカフェは、学校帰りの子どもたちの人だかりができている。
私の知らない昭和の日本の風景がここにひろがっているようで、
懐かしいのか何なのか、とにかく不思議な感覚だ。

私も今日はお隣のテレビで、我が家の警備員と観戦してきた。
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<観戦中>

同じ組にはAngola・Côte-d’Ivoire・Soudan。
上位2カ国が決勝トーナメントに進出できるが、
格上はCôte-d’Ivoireだけ、決勝トーナメント進出は堅いと言われていた。

しかし、今日早速出鼻をくじかれ、Angolaに負けを喫してしまった。

以下、完全に素人目線だが、観戦した感想を。

Burkinaは終始押していた印象があるが、ディフェンスがかなりもろかった。

特にFrance Ligue 1のOlympique Lyon(オリンピック・リヨン)で活躍するセンターバックのB.Koné・6(バカリ・コネ)が、
格下相手に余裕を見せたのか、ゴールエリア内でクリアできるボールを脚や膝でトラップした後、
曖昧にクリアしたのを拾われ先制点を許したり、
2点目もゴール前で簡単に抜かれたように見え、かなり期待外れだった。

しかも、審判の見てないところで、相手選手にグーを喰らわしていたのが、
カメラにバッチリ抜かれていて、印象も最悪だった。
彼は23歳、まだ若いから今後に期待したいところだが…

同じ23歳でもAJ Auxerre(A.Jオセール)のA.Traoré・10(アラン・トラオレ)は素晴らしかった。
ロングレンジからでも積極的にシュートを狙っていく姿勢は、
日本代表で言えば、かつての小笠原なんかを彷彿させる。
ゴールキーパーが釘付けだったFKは絶妙なゴールだった。

私と同い歳(25歳)のBurkinaの英雄、J.Pitroipa・11(ジョナタン・ピトロワパ)は、スピードスター。
左サイドをスルスルっと抜けて行く姿は、観ていて実に爽快なのだが、
フィジカルが弱く、簡単に倒されてしまうのが歯がゆかった。
こちらもFranceリーグ1部のStades Rennes(スタッド・レンヌ)の選手。

と、個人的に3人がかなり目立ったゲームだったが、
あとこれにOlympique Marseille(マルセイユ)のC.Kabore・18(シャルル・カボレ)あたりがキーマンらしい。

さてさて、次節はCôte-d’Ivoire戦。
A.Traoréの弟で、EnglandのChelsea(チェルシー)所属ののB.Traoré・19にも期待しているが、
果たして彼の出番はあるのだろうか…
関連記事:ブルキナファソ、チェルシーアカデミーの16歳を招集

しばらくは、Côte-d’Ivoireのユニフォーム着て外出するのは避けよう。
で、試合の日はBurkinaのユニフォームになるようにローテーションしよう。
帰国までに今回のBurkinaのユニフォーム(PUMA製)をどうにか入手して帰りたい。

日本で買えるんかな?

最後に、
ドイツのNGOがやってる手洗い促進キャンペーンで配られるノート。
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<ドイツのNGO WASH Unitedのノート>
この表紙を飾っているのはさっき挙げたJ.Pitroipa・11。
最初受け取ったときは全然知らなかったけど、やっぱり英雄を表紙にすればキャンペーンの効果も上がるのかな?
「飲料水、衛生、トイレ:3-0 下痢に対抗」
自分も活動がんばろ。
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by nao24d | 2012-01-22 23:00 | ニュース・出来事・事件

いつの間にか見失っていたもの

2012.01.18


133日目・いつの間にか見失っていたもの

期待のゴールデンルーキーがやって来て、
去年の新人は新人ではなくなり、
おととしの6月にやって来た私は
もはや肌が白いだけで何のフレッシュ感もない一職員になりつつある今日この頃。

なんと最近は職員のCotisation(分担金、会費)まで支払っている。
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<支払いチェック表>
使途を聞くと、誰かに何かあったときの慶弔費にされるらしいので、
Burkinaじゃ慶事も弔事も私には無いだろうなんて思ったりもするのだが…

まぁでもその頭数にカウントされると言うのは、
言い換えれば、特別扱いのお客様ムードでなくなったということ。
それはある意味とても喜ばしいことなので、
そのCotisatonが誰かのハレの日に使われることを祈りつつ毎月500Fcfaを納めている。
考えてみれば大した額でもないし、いざというとき役立つ、ほんとに素晴らしいシステムだとも思う。


それはそうと、
今日、同任地の図書館隊員のところに行ったときの話。

普段から彼女の職場には多くの中高生が勉強しに来たり、
本を読みに来たり、借りに来たりしているのだが、
11時30分という時間になぜ制服を着た中高生がそこにいるのか、
少し疑問だったので、彼女にその理由を尋ねてみた。
しかし、彼女は曖昧な答え。

ちょうど横にいた高校生に尋ねると、
今日はその時間授業を担当する先生が体調不良で、午前の授業が11時までだったという。
それに、普段は12時までが午前の授業だが、
クラスの時間割によっては、この曜日は11時まで、ということもあるのだと教えてくれた。

言葉が通じるからと安易に日本人に聞いてしまいがちだったが、
最初から彼らに聞けばすぐにスッキリできる疑問だった。反省。

しかし、曖昧で全然違う適当なことを言ってた図書館隊員の彼女だが、
なぜ1年半も活動した今の時期でさえ、それを知らなかったのだろう?
…なんて、最初は思ったのだが、
そもそも彼女がそれに疑問を抱いていなかったのだとしたら、それは仕方の無いことかもしれなかった。
いや、彼女も最初はもしかしたら疑問に思っていたのだが、いつの間にかその光景に慣れてしまって、
聞かないうちにそれを当たり前のこととして捉えてしまっていたのかもしれない。

そこで、改めて考えてみると、
私自身も、赴任当初気になっていたのに、
聞ける語学力が無いせいで曖昧に解釈し、そのまま放置している疑問が山ほどある気がする、自分の職場のことに関しても。
もはや、何を疑問と思っていたのか、掘り返せないところまで来てしまっているものも多いはず。

そうならない為には、あの頃諦めずに聞けば良かったのが、まず第一だが、
でも、今なら聞ける力も多少あったりするわけで、今からでも疑問は解決していきたい。
勝手のわからない他人の職場に行って、そんなことにふと気付いた。

そう言えば、最近も森林官の階級制度、昇進・異動の話、仕事内容まで、
知らなかったことがボロボロでてくる。
語学力的に、今やっと理解できることが多いのだろう。
それに、年末、スタディーツアーにやって来た日本の方から質問を受けて、
改めて自分が得た知識も山のようにあった。彼の目を通して浮かび上がった疑問があったのだ。
まだまだ知らないことだらけなのだ、実際は。

長くここに居るおかげで知った事がある、得た繋がりがある、
でも、その一方で、慣れがアンテナを錆びつかせている、それを痛感した。

写真を撮るという行為に関しても、
赴任当初ほど、感動でシャッターを切るという回数が減っている。
築いた関係の中で産まれる写真は確実に増えてはいるものの…

このタイミングで、それらに気付けて良かった。

まだチャンスは残されている、
これからは臆することなく、いろんな事にもっとちゃんと向き合おうと思う、曖昧にせず。
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<新人と去年の新人>
活動だけでなく、人生に於いて、

いつまでも、初心を忘れず、
いつまでも、感動できる素直な心を持ち続け、
いつまでも、好奇心を原動力に、
いつまでも、謙虚に問う姿勢で…
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by nao24d | 2012-01-19 19:00 | 心境

Burkina Fasoの通貨

2012.01.17


132日目・Burkina Fasoの通貨

Burkina Fasoで使われている通貨はFranc CFA(セーファーフラン)という。
このFranc CFAはBurkinaだけでなく、
西アフリカ、中部アフリカ地域の旧フランス植民地を中心とする多くの国で用いられる共同通貨。

しかし実はFranc CFAには、
西アフリカ諸国中央銀行 (Banque Centrale des Etats de l'Afrique de l'Ouest、BCEAO) 発行のものと、
中部アフリカ諸国銀行 (Banque des Etats de l'Afrique Centrale、BEAC) 発行のものの2種類があり、
価値は同一であるが、相互に流通することはできなくなっている、という、ちょっとややこしい一面もある。
ちなみにBurkinaのFranc CFAは前者のものである。

基軸通貨はユーロで、1ユーロ=655.957Franc CFAの固定レートになっており、
今の円高ユーロ安はそのまま、円高Franc CFA安でもあるといえる。

2010年のBurkina赴任当初は、500Franc CFAが100円だったのに、
今や500Franc CFAは75円くらいの価値になっている。
ちなみにそれで、任地で羊の串焼きが10本食べれる(=かなり贅沢な食事)。

援助するなら今のうち!って感じだし、
日本円を持ち込めばリッチな気分を味わえること間違い無しだが(来るチャンスです、来て下さい)、
出発の時換えてきたユーロを、帰国のとき元に戻すことを考えると泣けてくる、そんな状況。


で、赴任から1年半以上が経過した今日、
さらに、その紙幣に関して、ひとつわかったことがある(今更過ぎるが…)。

それは偽造防止の技術。
ブラックライトを当てると光る仕組みになっているのだ。
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<浮かび上がる5000・10000の数字>
透かしたら絵が見える以外にそんな技術が施されているとは知らなかったので、かなり感動してしまった。

ちなみに、ユーロとか日本の紙幣に比べ、
ありえないくらいボロボロなものを見かける率が高いが、それは扱い方の問題らしい。

なぜならもともと紙の質は日本の札ともそんなに変わらない。
というのも、以前財布ごと洗濯機にかけてしまっても、全然破れたりはせず乾けば元通りになったからである。
むしろ財布がふにゃふにゃになってかなり凹んだという。


以上、Franc CFAに関するトリビア。
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by nao24d | 2012-01-17 15:00 | 任地・生活

路線バス

2012.01.14


129日目・路線バス

2010年の6月21日に日本を発った私の協力隊員としての任期は、
2012年の6月20日まで、この日にまた日本に到着するのが本来の予定。
同期のほとんどもこのくらいの時期に日本に帰ってくる。
それまでおよそ5ヵ月。

ところが、私は現在半年の任期の延長を考えている。
それが叶えば帰国は12月の20日となる。あと11カ月。

この差は結構でかい。

任期をあと1年近く残している頃、と言うのは、
これからいよいよ自分の活動が波にのる!ってそんなタイミングなんじゃないかと思う。
他の国はそうではないのかもしれないが、特に西アフリカ、Burkina Fasoではそんな感じだと思う。

でも、半年を切ると、もうみんなの目は帰国に向いていて、
帰ったらあれしよう、これしよう、
そんなフレーズが合言葉にでもなりつつあるかのようだ。

この心境の差がひしひしと感じられる、最近。

多分、帰ったら~って話ができる隊員は、しっかりまとめの段階に入れている方々なのだろうと思う。
だから、私はたとえ6月にそのまま帰国することになるとしても、
今の段階でそういう気分には全然ならない、というかなれない。

そう思ったとき、いよいよ、あの退避の4カ月半が効いてるんだな、と実感する。

まだすべきことが山積みなのが現状。

でも、現職教員特別参加制度で赴任されてる学校の先生方は、残り日数がもう70日も無いようで、
Burkinaの現職2名は延長を選択する余地も無く活動のまとめに入っておられる。
他のBurkina隊同期も、まだまだ活動のまとめとはいかないまでにしても、6月に帰る為に必死のスパート。
振り替えになった元Burkina隊員はもっとシビアな状況で残り任期と闘っているはず。
だとしたら、やってやれない残り時間では無い、それはわかっている。

けれど、自分が残りたい、そう思う理由は、
10月末から11月にかけて行われる国際工芸見本市に参加したいから、
そこで任地のリサイクル製品の販売を行いたいからである。
その日程は自分の力ではどうにも動かせない。

今まで、駒ケ根で出逢った素敵な仲間と同じベクトルで進んでるつもりで、
折々でいろんな出来事、想いをシェアしてきたけど、
それって乗り合いの路線バスみたいな感じで、
一時期同じ空間を共有してたけれど、自分は終点まで乗ります、
みんな別の目的地で降りていきます、みたいな感じの付き合いなのかなって思う。

みんな一斉にスタート切ったから、あたかも観光バスで出発進行した気になってたけど、
たまたま始発駅から乗り合わせただけで、路線バスでしたっていうような、
話途中なのに降りちゃうんですか?みたいな感じで、たいそうあっけなく思えたりもする。

まぁでもそういうものなんだろうな、この先の人生も。

なーんかちょっとみんなとワイワイ帰国のこととか話してみたかったなぁって、
そういう話。


でも、今日言われたのが、
そうやって任期延長したり思い切った決断できるのは、
自分の場合、あと(=大学院への進学)が決まってるからちゃうか?ってこと。

確かに、帰国後の進路がこんなにはっきり決まってるのって、
現職の方を抜いたらわずかな人だけ。

それだけに、帰国したらあれしよう、これしよう願望より、
もっと他に目を向けてられるのかもしれない。

結局、みんなと同じとこでバスを降りない決断をしたのは、紛れもない自分。
それを忘れかけて、勝手に隔たり作ってすねかけてたっていう、情けない。

ということで、こうなったら(と言ってもますは延長申請が通ってからだが)、
その終着点で何が見えるのか、どうせならみんなとは違う景色を思いっきり楽しもうじゃないか!
と思うことに決めた!

おおきに、ちあき姉さん!
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<次降ります!>
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by nao24d | 2012-01-14 23:00 | 心境

空手教室

2012.01.12


127日目・空手教室

今日は任地の空手教室参加して来た。

Burkinabéの師範でしょ?となめてかかると、ぶちのめされるくらいの、ガチ空手教室。

日本語で「正面、礼、タタミ、礼、審判、礼、先生、礼、互いに、礼」って礼して始まる本格仕様
(正面がどっちなのかわからず、タタミもないし、審判もおらんかったけど、勢いはほんまもん)。
日本人顔負けの礼節を重んじるそのマインドに、へたれ日本人の私は圧倒されっぱなしだった。
中でも、師範が装飾品をつけっぱなしの子どもを見るやいなや即ビンタ、ってのは衝撃的だった。
他にも、脱ぎっぱなしのサンダルが畳とされるゾーンに散らかっていればお説教
(タタミと呼んでいるが実際コンクリ、土の地面より若干高くはなっている)、
稽古中に雑談多い子は途中で帰らされてもいた
(帰れって言われて日本なら帰らないことも多いけど、Burkinaの子はじゃんじゃん帰る)。

その光景をみて昔少年野球やってたころを思い出した。
あのころの指導者はこれぐらい叱ってたよなぁ、なんて。
今はどこも叱れない風潮だけど…ちゃんと叱ってくれる大人って必要やと思うなぁ、
とかって気を抜いて考えてたら、お叱り喰らいそうだったので努めて「集中、集中!」と唱え続けた2時間。

あと、順突きを、「じゅんすぅきー」とか、
下段払いが、「げだんばれい」とか、
頑張ってるねんけど微妙に違う日本語が飛び交ってて、
その解読で??ってなってるときも、結構集中が乱れてたかも。

でも、身体を動かすのは久々だったので、非常に気持ち良かったし、
精神的にも良い鍛錬になりそうだなと思う。

ただ、頑張って続けてみようかなと思う反面、
やっぱり精神的な疲労(言葉の面でもついて行く為にものすごい集中力を要する)もすごいし、
あと何より、「タタミ」が畳じゃなくって砂利だらけのコンクリやから、足の裏が激痛過ぎて結構悩む。
私の足の裏、そういう用にはできてませんから、って感じで。
でもまさか日本人の自分がタタミの上で靴履くわけにもいかずで、、、
もう一度日曜日の稽古に行ってから考えたいと思う。
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<カラテカ!>
ちなみに道着もアジアからのお下がりみたいだけど(中にはテコンドーのも混じってた)手に入る。
みんなちゃんと白帯からステップアップしてるみたいで、ほんとに本格的な感じ。

師範は5段までの全ての型をマスターしているらしいが、
師範の師匠が2段止まりらしいので、自分は初段でとまっているらしい。
師匠を超えるという礼節をわきまえない行為は、カラテカの大事にするリスペクトの精神に反する、と。
どこまで律儀というか硬派なんだ!

久々にバリバリの日本文化に触れ、感動すると共に、
やばい、日本の厳しさについていけないかも、と帰国後が不安にもなったりするひとときだった。

でも、やっぱり帰国後日本の荒波に耐えるためにも、
へたれ改善するためにも、ちょっと鍛錬すべきかな…?
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by nao24d | 2012-01-12 21:00 | 任地・生活

牛丼屋WAGAYA

2011.12.18


102日目・牛丼屋WAGAYA(追記アリ)

昨日首都Ouagadougouに牛丼屋WAGAYAが開店した。

「わがや」と言えばBurkinaFaso在住の日本人なら誰でも知るのが、
今年初頭の騒乱の影響を受け、惜しまれつつも閉店した居酒屋「和が家」。

そう、その「和が家」の店長・飯田さんが今回新たにオープンさせたのが、
この牛丼屋WAGAYAなのである。

「和が家」というネーミングに関して、
以前、「世界の秘境で大発見!日本食堂」という番組で、
オードリーの若林が「和が家」の漢字に関して間違ってるのかどっちなんですかね?
と発言しているが、これは断じて間違いではない(飯田さんはテレビ出演歴が多い)。

我が家のようにくつろげる場所でもある日本風居酒屋、
ということで、我が家をもじって、敢えて「和(=日本)」が家だったが、
WAGAYAというのは、実は、Burkina Fasoの首都Ouagadougou(ワガドゥグ)にもかかっていて、
Ouaga屋(家)とすることもできる、もうこれしかない!ってネーミングなのである
(と、店長の飯田さんも毎回Burkinabéに説明しているらしい)。

本当は昨日のオープンに駆けつけたかったのだが、
任地で祭りがあったこともあり、今日上京してきて早速お邪魔することにした。

昨日もいらしたそうなのだが、開店2日目の今日も日本からメディアが取材に訪れており、
店は多くの日本人と、飯田さんを知るBurkinabéで賑わっていた。
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<取材陣に囲まれるWAGAYA>
(中央左側白髪の男性が飯田さん・右端のチューリップハットの方がレポーターのスマイリーキクチさん)

今後メニューは増えるらしいが、とりあえず牛丼で勝負という飯田さん。
そろそろ発行される(らしい)隊員機関誌(※①)のインタビューを見て頂ければわかると思うが、
Burkinaで調理済みのものを温めて出すファーストフードの形態がどこまで通用するか、
というチャレンジでもある。

味はまだ未完成で、迷いもあるそうだが、
現地の方の味覚とも折り合いをつけながら、今後も改良していくそう。
隠し味は飯田さんの汗と涙らしい。

それにしてもこの店で驚きなのが、
看板娘のオリビアさん。
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<新生WAGAYAの顔・オリビア嬢>(奥の女性)
いらっしゃいませー、と通されたところまでは、仕込まれたんだなぁと思って見ていたが、
風通しが若干悪く、火を扱う為相当暑い店内で、ふと、「暑いねー」と日本語で話していたら、

「今度、後ろの壁、穴あけて窓付けるからー」とのレスポンス。

一緒に行った2人の隊員と共に、一同驚愕。

実は日本に8年ほど住んでいたという、Hyper日本語ペラペラLadyだった。

東京出身の隊員と「代官山とか、あっちの方よく行ってたりー」とか話してたけど、
日本じゃ京都以外に住んだことの無い私には、言うまでもないが正直どっちの方なのかちんぷんかんぷんだった。

そんなこんなで、隊員3人ともあっさりフランス語で話す事を放棄したという。

メディアの方もめちゃめちゃ頼りにしていて、場はまさにオリビアさまさまだった。

牛丼食べたくなったときはもちろんだけど、むしろオリビアさんに会いにWAGAYA!?
テイクアウトも出来るらしいけど、日本人には1度は必ずオリビアさんと話して欲しい、そんな新生WAGAYAだった。


というわけで、もしかして、もしかしたら、汗だくの姿がテレビ映ったかも(※②)。
Burkinaのハンカチ王子とは私の事です(自称)。アハ。



~追記(2012.01.30)~
※①:機関誌p.20~23参照ぶるるへのリンクはコチラ

※②:このときの取材が放映される時間が決定。
2012.02.23 TBS系列・スパモク「世界の果ての日本人・ここが私の理想郷」19時~
自分が映ったかもしれない箇所は全然重要じゃないのでカットされてる気がするけど、
珍しくBurkina Fasoが取り上げられる機会なので、是非(でももし、映ってたらそっと教えて下さい)!
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by nao24d | 2011-12-18 23:00 | ニュース・出来事・事件

森林官との清掃活動?

2011.12.10


94日目・森林官との清掃活動?

今日は先月の県局会議のときに提案した、
森林官による清掃活動の第一回目の実施日だった。

7時集合だったが、7時の時点では自分ともう一人だけ。
さすが、Burkina Time…
7時15分には同僚2人も来てくれ4人になったが、人が揃ったのはだいたい9時くらいだった。
ま、来てくれただけありがたいか(無給の休日出勤なので)。

しかし、結局私のイメージしている清掃活動=ゴミ拾いをしてくれる人はひとりもいなくて、
黙々と拾う姿を見せアピールしてみたものの、
森林官たちは県局の環境整備というか、造園作業というか、庭いじり?的な作業に没頭してしまい、
草刈り、枝打ち、間引きみたいな作業からスタートし、
最終的には私も含めた全員で、敷地内に東屋みたいなもの(屋根を四方に葺きおろしているわけではないが)を建てる流れになってしまった。
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<ニロチカを伐っているところ>

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<屋根の部分の藁を敷いているところ>
でも、Burkinaのいたるところに建っているそれを一緒に作ることが出来て楽しかったし、
ゴミもある程度は取り除けたし、
伸びっぱなしの木が刈られたり、落ち葉が一か所にまとめられたのも、清掃活動の範疇だろうな、と思ったので、
今日の今日ので良かったと思う(次こそはゴミ拾いしたいけど)。

ただ、7時から14時過ぎまでぶっ通しで作業というのはしんどかった。
また一段と日焼けし、裸でいても何か着てるみたいな感じになってしまった。
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<はだかの王様>
12月にこんな日焼けしてるの、日本じゃ考えられないよな 笑
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by nao24d | 2011-12-10 23:00 | 活動・配属先

カウンターパート

2011.12.08


92日目・カウンターパート

私のカウンターパートはBurkinabéらしくない。

PCが欲しい、カメラが欲しい、
帰るとき冷蔵庫譲ってくれ、

そういうことを、一切言わない。

飴が欲しいとすら、言わない。

でも、退避の際、私が使わないPCを彼に渡して帰ると、
彼はそれを大いに活用し、再赴任後、毎日毎日恐ろしい量の仕事をするようになっていた。
日々膨大なドキュメントを作成している。

また再赴任の際デジカメをお土産にしたら、彼はすぐさま街の環境の問題点を撮影し始めた。

プライベートの写真9;仕事の写真1ぐらいで構わないと思って渡したのに、
ほとんど逆の割合で活用してくれており、もっと良いものをあげれば良かったと思うほど感動している。

ねだって、いつまでも他者に依存することを彼は恥だと思っている。
彼は人一倍プライドを持って生きている。


衛生啓発の手法を学びに首都に行ったとき、
その研修のあとの食事の席で、レストランの不衛生さを嘆き、食べずに帰ってしまったこともあった。
無料で食事ができたので、他の参加者は何の疑問も無く食べていたのにもかかわらずだ。

また、その研修の1週間、彼は同じ服を一度も着てくることがなかった。
上下の服のコーディネートから、それに合わせた、靴、靴下選びまで徹底している。
ここまで来ると、Burkina化してしまった日本人よりも、よっぽど衛生に厳しく、清潔だと思う。

彼はNoがはっきり言える、信念をもって行動できる人である。


彼は仕事の報酬は仕事だ、と言わんばかりに働く、
働いても公務員の彼の報酬は変わらないのにも関わらず働く。

省庁のお偉いさんが、自分の為に働いていることを知っていて、
先進国のプロジェクトを呼ぶだけ呼んで、お金を引っ張ってくるだけ引っ張って、
そこで導入された技術が、方法が、ドナーが撤退したあと継続しないことについて問題意識を持っている。

自分ならば、プロジェクトを任されれば、自分たち自身で継続する術を考えていけると言う。
人の為に働けると言う。

そんな心構えの問題だけでなく、実際彼には能力がある。
口で言うだけでなく、実現できる力がある。


しかし、現状その能力を持て余している。

彼はもし大きなプロジェクトを任せてもらえれば、いつでも環境省を辞める覚悟があるという。

プロジェクトは期限が決まっているわけで、安定しているとは言い難い、と話しても、
彼はそこでしっかり働けば、次の職場が自然と見つかることを知っている。

私は、今日も彼と環境教育をしに行って、
彼の能力に感服し、またまだまだ出来るのに勿体ないと思った。

JICAが彼の能力を活かせるかどうかはわからない。
でも、なんらかのプロジェクトにかかわれば、
少なくとも彼はここにいるより、Burkinaの発展に貢献できるのではないか?と私は思う。
彼の能力が活きる機会、活躍の場が、彼に与えられないものかと、切に思う。

一ボランティアの私が言うのもおかしな話だとは思うのだが…


こんな同僚と出逢うことが出来て、私は本当に幸せだと思う。
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<自慢のカウンターパート>
今日も上下えんじ色で統一し、靴も茶色を履いてきたおしゃれなS氏。
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by nao24d | 2011-12-08 15:00 | 活動・配属先