C'est la vie!

Après cet accident...

2011.09.09


2日目・Après cet accident... (この事件の後…)

今日は再赴任オリエンテーションがあった。
その中の所長からのお話から…

今回の騒動で1番傷ついたのはBurkinabé(ブルキナベ=ブルキナファソ人)だということ。

事件の中に流れ弾に当たった子どもが亡くなってしまうというものがあった。
しかし、そのニュースは国内外でそこまで大きく取り上げられなかったという。

私たちはそれが揉み消されたのか?と思っていたが、
何かしらの圧力が働いた、というようなそういうきな臭いものではなく、
①政府の要職の辞令が相次ぎ、細々したニュースを取り上げられなかった;
②海外の特派員などの多くが国外退避を強いられ、報道に携わる人員が少なかった;
③自国の社会はこうした事態が起こる社会であるということをBurkinabéの多くが恥じていた
 =積極的に取り扱いたい話題では無かった.
などの理由からではないか?とのことだった。

この事件の後、Burkinaに残ったモノは、
"平和"と"安定"が強みだったBurkinaに対する国際社会からの"脆弱国家"という再評価。
これはBurkina史に残るであろう大きな問題だったようだ。

Burkinabéがまた平和と安定を誇れるように、
また世界からそれが認められるように、
この国の政治が、文化が、健全に発展していくことを願ってやまない。

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<マルシェでお手伝いする女の子たち>
街で出逢った見知らぬ日本人にも笑顔で挨拶してくれるBurkinabé、
以前にも増して温かい感じがして、
外を歩いてるだけで嬉しい気分になる。
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by nao24d | 2011-09-09 23:00 | ニュース・出来事・事件